第30話



 部屋の中に朝日が差し込み、あたりが明るくなってきた頃に蒼太は眼を覚ます。


 風呂場へ行くと、魔道具で水を汲み顔を洗い、服を着替える。


 洗濯機というような文明の利器はもちろんなく、洗濯用の魔道具も持っておらず、タライと洗濯板というような原始的な洗濯道具もないため、魔法で代用する。



「清潔」



 この魔法は便利な生活魔法の中でもとりわけ応用が利くため、蒼太が一番よく使う魔法になっている。



 身支度を整えると、外へ行きエドワルドの下へと向かう。


 エドワルドも既に眼を覚ましており、蒼太の気配を感じ取ると起き上がって近寄ってくる。


「エド、おはよう。夕べはよく眠れたか?」


 頷くと顔を寄せてくる。蒼太もエドを撫でたりと、しばらく朝のコミュニケーションを図る。



 エドと寝床にも魔法をかけ清潔にし、桶の中身を片付けると新しい食事と水を出す。


「エド、今日は図書館に行って調べ物をしてくるから留守番頼めるか?」


 エドは頷き食事につく。



 蒼太は隣に座りしばらくそれを見守っていたが、半分食べ終わった頃に頭を一撫でし立ち上がる。


「ゆっくり食べてろ。俺はそろそろ出かけてくるよ」


 蒼太が門へと向かうと、その後ろをエドがついてくるが蒼太は好きなようにさせる。


 そして、蒼太が門の外へ出るとエドは足をぴたっと止める。



「見送りしてくれるのか、ありがとうな」


 エドは一鳴きし、いってらっしゃいとでも言うかのように右前足をあげる。


 それに対して蒼太も右手をあげて返す。



 門を閉じると、蒼太は魔法でないと開錠不可の魔法を使い鍵をかける。


「施錠」


 魔法でならば開錠可能だが、蒼太を上回るレベルの魔法でなければ開けることは適わない。



 蒼太は朝食として、昨日の残りの串焼きを鞄から取り出し、食べながら冒険者ギルドへと向かう。


 途中、カレナのところに行ってもいいかとも思ったが、ギルドは街の中央にあるため図書館の場所がどこにあっても移動がしやすいだろうと考えギルドへと歩を進める。



 朝早かったため、冒険者ギルドは混雑していた。


 ギルドの依頼は遠くに行く依頼もあり、場所によっては入念な準備も必要となるため早めに確認にくる。


 また、割のいい依頼を狙って早朝に来るものも多い。


 加えて、前日疲労で宿に戻ったため素材を売りにこれなかった者が売却をして、その益で買い物をしようと目論むものもおり、買取カウンターも人がいた。



 蒼太は早く図書館の場所がわかれば本を読んでいられるため、朝を選んだがその混雑ぶりには辟易とした。


 どこか空いている受付はないかと探すが、どこも人がいるため少し待つことにする。



 しばらくすると第一波といえるような波がやや収まりを見せる。


 空いたカウンターに向かうと、アイリの受付だった。


「あ、ソータさん。依頼ですか?」


「あーいや、ちょっと聞きたいことがあって来たんだ。悪いな、忙しいところに」


 アイリは横に首を振り、笑顔で答える。



「いえいえ、ひと段落したところだから大丈夫です! それでどのような御用でしょうか?」


「この街に図書館がないか知りたいんだ。ちょっと調べ物をしようと思ってな」


「調べ物……ですか。魔物についての資料や、今までに達成された依頼で変わったものについての資料などは奥の資料室にあります。ギルド所属の冒険者であれば申請すればすぐに見られます」


「ふむ、それはそれで興味はあるが、今日の調べ物はここらへん以外の国の情勢とかについてなんでな。もっと色々な種類の本が見たいんだ」


 アイリはぽんっとっ手を打つ



「なるほど、それなら大図書館がいいですね。ここを出て北東に向かうと奥のほうに大きな建物があるので、そこなら蔵書量も多いはずです」


「おー、それはいいな。ちなみに……大ってことは小もあるのか?」


 アイリは大きく頷く。


「いい所に気付きましたね。蔵書量は少なく、建物の大きさも小さ目ですが街の数カ所に小図書館があります。中には大図書館にはないものを置いてあるところもあるそうなので、後で行ってみるといいかもしれないですね」



「アイリ、ありがとうな。助かったよ」


「御気になさらず、いつでもどうぞ」


 蒼太は目的のことを聞けたため礼を言い受け付けを後にしようとする。



 アイリに背を向けると蒼太に野太い怒鳴り声が飛ぶ。


「おい、お前!!」


 男は筋骨隆々で、革の鎧を身に付け、背中には大きな斧を身に付けている。


 頭皮は剃りあげており、スキンヘッドにバンダナを巻いていた。



 蒼太は男を無視して横を通り抜けようとする。


「おい、てめえ無視してんじゃねえ!!!」


 肩を掴もうとするが、その手は空を切り男はバランスを崩したたらを踏む。


「なんだとっ!」



 男が手を出した時には、蒼太はその数歩先にいた。


「はぁ、面倒そうだからなかったことにしようと思ったのに……で、一体何のようだ?」


 ホールにいた冒険者達も何事かと二人を遠巻きに見ていた。



「ちっ、動きだけは素早いようだな……それはいい、そんなことよりてめー、何気安くアイリさんに話しかけてやがんだ!!」


 蒼太はその言葉を理解すると、小首を傾げる。


「?」


「とぼけんじゃねー! 依頼でもねーのにアイリさんと話すためだけに並びやがって、迷惑だろうが! しかも呼び捨てにしやがって、くそ生意気なんだよ!! 俺だってさん付けだっていうのに……」


 後半は声が小さくなり聞き取れなかった。



「よくわからないんだが、俺は空いてくるまで待っていたし、アイリに話しかけたのもたまたま空いていたのが彼女のとこだっただけだ。呼び捨てかどうかってのは……お前だって呼べばいいだろうが」


「また呼び捨てにしやがって……たしか登録の時もアイリさんのとこに並んだはずだ、たまたまとか嘘をついて! てめえギルドに登録したてのくせに生意気なんだよ!」


 男はCランク冒険者で普段は気のいい男だったが、アイリに惚れており彼女が絡むと冷静でいられなくなることが多々あった。


 また、普段は事務的な笑顔が多いアイリだが、蒼太にはそれとは違う自然な笑顔を見せていることも気に入らなかった。



「くらえぇぇ!!」


 男は怒り任せに蒼太へと拳をふるう。


 先ほどは男の手を触れられる前に避けた蒼太だったが、今度はその拳を避けずに顔で受ける。



「きゃぁ!」


 それを見たアイリが叫び声をあげ、見ていた周囲の冒険者も、おぉ! っと声を出す。

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