第2話 ハジマリ

 これは、僕が私になって、俺になるまでの過程の話だ。

 何もなかった僕が、目的を持つ私が、俺として生きていくことを決意する。

 これは、そんな他人とちょっとずれていて。それでいて普通の、フツウの日常だ。

 

 ある日、一つの小さな事件が新聞の一角に書かれることとなった。ある一人の女子中学生が、それも有名な企業のご令嬢が突如自殺したのだ。

 ある程度不思議に見えるはずのこのできごとは、あっさりとほかの話題の波に飲まれて消えていった。

 事件性はなく、遺書も見つかったと警察が発表したのだ。もちろん、この件はほとんどテレビなどに取り上げられることなくに幕を閉じた。

 世間的には。

 僕も何もなければ、可哀そうだとか、そんなこともあるんだな、とかそのくらいにしか思わないだろう。

 そう、何もなければ。けど不幸なことに、実際には何かあったのだ。

 この自殺した女子中学生が、僕のクラスメイトで、僕の恩人で、僕の初恋の人だったのだ。

 

 その日、僕はいつも通りに起きて眠い目をこする。そして、眠気という悪魔と格闘しながら、自室がある二階からリビングに降りてきた。

 いつものように僕よりも先に起きていた家族に、おはようと声をかける。ほとんど間をあけずに ‘おはよう優斗‘ と母からの返事が返ってくる。僕の家、十刻家はいたって普通の家族である。父親と母親、そして僕の3人家族だ。玄関からは、 ‘行ってくるよ‘ という父の言葉が聞こえてきて、母が見送りに行った。いつも僕が起きてくる時間には家を出る父。家族のために早くから仕事にいってくれていると思うと、どうやっても頭が上がらない尊敬する父だ。でも、どんな仕事をしているか教えてくれないのは、家族としてどこか悔しいものだ。たまに漏らすこの不満に、母もよく困り顔を向けてくる。

 学校に行くまで特にすることもなく、ソファーに腰掛けテレビをつける。しばらくの間は、番組を変えることでしのいでいたが、手持無沙汰になってしまったので父が読み終わった新聞に手を伸ばす。

 裏返しに置いてあった新聞をおもてにして、ペラペラと記事を読み進めていく。ものの数分で三枚目の記事に突入し、記事を視界に入れる。

 そして、僕は硬直する。

「梅原財閥に悲劇」

 この題名と、

「梅原剛社長の一人娘、動機不明の自殺。」

 という一文が目に入ってきたからだ。

 突然にして視界がゆがむ。足に力が入らなくなって、頭がふらつく。地面が突然になくなった感覚。

 梅原財閥の社長の一人娘だって?そんなの、美奈さんしかいないじゃないか。美奈さんが自殺?あの明るい美奈さんが?

 

 ありえない。

 

 論理的に証明できるかと問われれば、できない。その程度の根拠しかない。けど、直感的にその言葉が頭に浮かんだ。そう思った。

 何としてでも事実を知りたい。たとえその事実がこの記事通りだったとしても、美奈さんが自殺しなければいけなかった理由を、その動機を知りたい。

 美奈さんは僕の恩人だ。もし警察の発表が嘘で、美奈さんの自殺に事件性があったなら...

 

「優斗、どうしたの?そんな険しい顔して。」

 いつの間にかリビングに戻ってきていた母に声を掛けられ、思考が停止する。声をたどって母の顔を見ると、多少冷静になることができた。

 冷静になった頭は、僕がいま何をするべきか理解し、そしてそれを決意する。だから僕は口を開いた。

「お母さん、今日具合悪いから学校休むね。」

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