第25話 電車での小話
恋愛は難しい。欲に駆られて動くのとは違う。人を気遣わなければいけない。感情の欠如、いや、それは言い訳だ。怖い。自分に自信なんてなかった。それは僕の専門じゃない。
仮にあの人が明日も僕のことを好きでいてくれたとしても、どんな顔をするべきかわからない。
体の芯は熱いのに、体温はどんどん下がっていく。自分の中で完結する。それでいい、じゃなきゃ可笑しくなってしまう。
そうだ、髪を切ろう。バッサリと。美鈴に、「寄り道してくるから、今日は遅くなる。」とメ-ルを送る。返信は見ない。
リュックの奥底にあった定期券を取り出し、駅へ走る。腕時計を見ると、ちょうど家方面の電車が出るところだ。普段はあんまり運動しないから、息が切れる。もう、かなり暗くなった住宅街を、我武者羅に走りぬける。感情的になるなよと自分に言い聞かせる。でなければ泣いてしまう。
ホームについて、数日ぶりに改札口を通る。髪が乱れている。そうだ。ヘアピン、返してないや。明日、返さなくてはと顔を上げると、もう電車が駅の中に入ってくるところだった。危な、駆け込み乗車じゃ…ないよな?
「え?」
電車に乗り込んで、始めて気づく。ほんの1メートルほど先に朝霧先輩がいる。多分向こうは気づいていない。常人ならここで近づかない。プライバシーは守るのがマナー。と云うか、できればこのまま気づかれないままなかったことにしたい。
車両の隅でイヤホンとスマホを取り出す。何を聞こうか。今は洋楽の気分だから、
Bloom dreams。歌手も知らないが、イギリスで、英語がまだ曖昧なときに同じ年くらいの女の子に勧められた曲だ。
少し首が重くなってきたので、顔を上げる。
「「あっ…」」
先輩がこちらを凝視していた。ガン見である。いつから気づいたんだろう。…それから、かなり近かった。距離としてはほんの30センチほど、手を伸ばせば触れるくらいの距離に彼女はいた。
「い、いやあ、さっきぶりですね、佐々木くん。」
見るからに焦ったような顔で先輩は云う。
「…そうですね、朝霧先輩。…これ、返します。忘れていて、すいません!」
元々渡すつもりだったヘアピンを差し出す、が受け取ってくれない。なんだろうと首を傾げる。
「少しお顔を触ってもよろしいですか?」
「ん!?別に、いいですけど――」
すぐ僕の前髪をよけると、一瞬ビクンッ!と肩が動いて、固まった。
「どうかしたんですか?」
できるだけ声色を落ち着かせて言う。目の前に先輩がいて、しかも目が合っていると、やはり緊張する。心臓がバックバクだ。
「…へ!?…あっ、すいません!!!」
後ずさりする。その顔はよくわからない。少し恐怖が混じったような目にも見える。気のせいかもしれないが。
「本当に大丈夫ですか?体調が悪かったりしませんか?」
「い、いえ、大丈夫です。」
少し俯いて、またこちらを向いた時には、笑顔だった。
「もう、怖いですね。まったく。」
「は、はあ…」
「今日はどちらに?これからご自宅に帰られるのですか?」
そう言って僕の横に立つ。何を考えているのかわからない。
「え、ええ、今は親とは離れて住んでいるのですが、父さんが美容師なので、今日は髪を切りに行こうかと。」
「へえ、切っちゃうんですね、その綺麗な髪。私は好きですけど、今の髪型。」
「そ、そうですか。実はこれ、両親の要望で、伸ばしてたんですけど、僕も男ですし、思うところがありまして、今日はで。」
笑って答える。一息の間が開いて、
「それって、私と関係があったりしますか?」
「ノーコメントで。」
「…………」
「…いや、関係…あります。」
「…そうですか、そうですか!」
さも嬉しそうに、綺麗な笑みを浮かべる。
「楽しみです、短めの髪型も。できればご一緒させていただきたいくらいですが、私は次の駅で降りますので。」
「ご家族と一緒にお住みなんですか?」
「…いや、私も一人暮らしですよ。ちょっと理由がありまして。いい景色なところですよ。今度家にお越しになりませんか?」
「ええ、機会があったら、ぜひ。」
「…むぅ、いえ、やっぱり今日来てください。絶対に。」
「ええ!?今日ですか?でも僕、今から用事が――」
「じゃあLINE《ライン》交換してください。髪を切り終わったら、連絡してください。私、駅で待ってます。」
「そんな、もうかなり暗いですし、時間も遅くなると思いますよ?」
もう駅のホームに差し掛かる。
急いでLINE交換をしながら、
「いいです。ですから必ず、来てください。待っていますから。」
自動ドアが開く。
「…わかりました。でも、身の危険とかを感じたらすぐに帰ってくださいね。最近不審者もよく出ますから。その、狙われやすいでしょう?あなたほど綺麗な人は。」
最後に一杯食わせられただろうか?言い終わる頃はもうドアが閉まる間際だったし、他にも人がいたから、そんなに大きな声で言っていない。もしかしたら聞こえてなかった可能性まである。そうだったら恥ずかしすぎるだろ。
「ああっ」と一人電車の中で悶える。万が一にもそうでなかったことを祈るのみだが。
「…もう、なんでそんなに軽く言えるんですか。女慣れしてるんですか、最初は私じゃないんですか?」
独り言をぐちぐちと呟く少女は、頬を真っ赤に染めていた。
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