第10話 思わず涙がにじむ。
私はスポーツ特待生だ。
その為勉強では未だしも、部活ではきちんと結果を出さなければならない。
そしてその義務通り、私は一定の結果を出していた。
高校2年の秋。
私が所属するバスケ部は、県大会へとコマを進めていた。
私はスタメンに選ばれていて、一応此処までの全試合に出場していたりもする。
試合会場が学校と近い為、うちの学校から数人、生徒が運営の補助要員として駆り出される事になっていた。
その中には、先日生徒会長になったばかりのアイツも居る。
試合をしに来ているのだから、私は部活のメンバーと終始団体行動をしている。
アイツも会場の運営を手伝いに来ているのだから、そちらで団体行動。
今日ばかりはペア扱いされることも無い。
朝にチラリとアイツが会場に居る所を見かけはしたが、遠かったし取り立ててわざわざ寄って行ってまで話す内容も無かったので、遠くから見ただけだ。
準決勝。
その試合の残り時間1分で、事件は起きた。
点数は、こちらが10点リード。
こちらも勝つ為に必死だったが、負けていた向こうはこちら以上に必死だったんだと思う。
私がシュートを決めようと構えた時、相手が接触してきた。
おそらく本人に悪気は無かっただろう。
これは互いに体力的に限界にあったからこその、事故だった。
少しだけバランスを崩した私は、変な着地をしてしまったみたいだった。
誰にもその事を指摘されなかった為、おそらく周りから見ると分からない程度のバランスの崩し方だったのだろう。
だからこそ私は最後まで、バレずにコートに残る事が出来た。
もしも誰かに気付かれていたらきっと、残り30秒だろうがコートから下がらされていたと思う。
結局その試合はこちらがそのまま逃げ切る形で勝った。
試合が終わった頃は、「ちょっと痛いかな」という程度だった。
しかし決勝戦の20分くらい前になると、歩く度にじくじくと痛む様になってくる。
「会場の外で涼んでくる」とチームメイトに言い訳して、会場の外に出た。
幸いにも、出てすぐに人通りの無い裏階段を見つけた。
私はそこに、座り込む。
(痛くない、痛くない)
膝を抱えながら、「気のせいだ」と自分を誤魔化す。
痛めている足首は靴下を捲って確認するどころか、触ってすらいない。
そうしてしまうと私は怪我を自覚する。
そうなればきっと、痛みを誤魔化せなくなるだろう。
そんな予感じみた確信があった。
私はレギュラーだ。
先輩達を差し置いてレギュラーになっている事に、プライドも責任も感じている。
だからこそ、決勝という全国に行けるかどうかの瀬戸際で「出来ません」なんて言えない。
少なくとも監督から「降りろ」と言われない限り後には引けない。
最初は、そう思っていた。
しかしそんな気持ちも裏腹に、痛めた足首は段々熱を帯び始めている。
(ろくに動けないくらいなら、辞退した方が周りに迷惑は掛からない)
本当はやりたいけれど。
でも『チームの為』を思うのなら、それが正しい道なのかもしれない。
私は、私のエゴでチームの利を損なってはいけない。
それは私が誇りに思っているレギュラーという地位を、そしてチームメイトや沢山の控え選手を貶す事にもなる。
痛みからか、こんな時に怪我をした自分が悔しいからか。
涙が滲んでくる。
(……どうしよう)
そう思った時だった。
「――此処に居たのか」
後頭部の上から落ちてきた声は呆れていて、顔を上げればそこには肩で息をするアイツが居た。
突然のアイツの登場に、思わず私は大きく目を見開く。
するとアイツがこう、尋ねてきた。
「ソレ、どうすんの?」
顎でしゃくって来た為、ソレがどれを指しているのかは明示されていない。
しかし「ソレが一体何の事を指しているのか」と聞かれれば、思い当たる事は1つしか無い。
(チームメンバーにも顧問の先生にも、全然バレなかったのに)
コイツにだけ見抜けるなんて、そんな筈無い。
そう思ったのもつかの間、アイツが再び口を開いた。
「誰に隠せてるのかは知らないけど、俺には分かってるからな。その足だよ、足」
それは、まるでこちらの心の声が聞こえているかの様な的確さだった。
言い終ると、アイツはため息と共に私の足元へと腰を下ろす。
そして足首にスッと手を遣り、靴下の上から患部をゆっくりと力を入れながら押さえてきた。
「っ!」
痛みに、少し顔を歪めると、アイツが「で?」と聞いてくる。
「棄権するの?」
「……したく、ない」
痛がったので、もう強がりを言ったところで意味は無い。
逃げ道を塞がれて、私は小さく呟く様にそう答えた。
出来る事なら棄権なんて、しなくはない。
でもそんな自分本位な理由でチームに迷惑をかける事も、したくない。
だからこんなにも悩んでいるのだ。
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