第3話<俺の助手はダークエルフ>
与えられた期限は3日間。記事一本を用意すればいいという条件で、読みごたえがあれば継続的な出資を約束するという。もし期待に応えられなければどうなるのか、たずねるのは野暮な気がしたので控えたが、察するに居候を養うつもりはないという雰囲気だった。
元の世界では、警察、行政、スポーツの取材まで一通りこなしてきたので、取材の選択肢はいくつか浮かぶ。異世界とはいえ、これまで学んできた文章的なテクニックは通用するだろう。とはいえ、今回の読者はたったの1人。顧客のニーズに合った記事を提出する取材は初めてだ。
ロワから貸し出された一室で頭を悩ませていると、戸を叩く音が聞こえた。
「どうぞ」
「先ほどは失礼した」
「……あっ、えっ、いや、へへ、まぁ、気にせず」
目の前には、例の、俺を襲撃したダークエルフが立っていた。
ロワから「こちらの文字は分からないでしょう。家の者を貸して差し上げます」といわれて承諾したのはいいものの、よりにもよって彼女を寄越すとは。
名前はブリジット・コルベ―ル、年齢は29歳。俺みたいな善良な一般市民に切りかかった罪悪感が残っているらしく、神妙な表情で謝罪してきた。
もちろんあんな体験をしてビビらないわけないが、知らず知らずのうちに社会人生活で得た礼節を知らず知らずのうちに発揮してしまった。アルカイックスマイルを浮かべて波風を立てないというのは、地位も金もないジャパニーズサラリーマンにとって必須のスキルといえる。
「それにしても、父が無理な注文を付けたようだな」
ブリジットはフッとため息をついた。名前からして家族とは予想していたが、まさかロワの娘とは。どちらかといえば兄妹に見える。エルフはいったん成長の限界に達すると、老化のスピードが著しく落ち込むらしい。うらやましいばかりだ。
ロワから課された要求を説明すると、ブリジットは当惑した表情を浮かべた後に、俺の手を取った。
「君の仕事はよく分からないが、せっかくの縁だ。できるだけ力添えしたい」
「じゃあ、まずはここから最も近い街を案内してくれるかな」
「お安い御用だ」
◇
この日は、ブリジットが操る馬に乗って市内各所を見回った後、酒場で休憩を取ることにした。
街は種族の坩堝の様相を呈していた。学校でヒトがエルフやオークの子供たちに語学や数式を教えているかと思えば、市場で青果の売り子をするドワーフがいる。
一方で、多くの家々は石造りで、道路も舗装されていた。驚いたことに水道もある程度整備されており、街全体の清潔感が保たれていた。
「どうだ、なかなかのものだろう。当家が治めるこのラストラブルクは長年飢饉ききんが起きていないし、識字率も帝国随一だ」
ブリジットはエールをあおりながら、自慢げに話した。酒を飲むにつれて饒舌になるのはヒトと変わらないらしい。
聞けば、コルベール家はヒトが建国した帝国における唯一のエルフ出身貴族で、当主のロワは異種族の権利向上に尽力してきた功績が認められて、現皇帝からの信頼が厚いという。
「なるほど、貴族さまか。だからあんな豪勢な屋敷なわけだ」
「だが、一門は生きづらいぞ」
そういうと、ブリジットは思い切りエールを飲み干した。なんでもご令嬢という身分からなかなか酒場に繰り出しづらく、アルコールの禁断症状で鬱憤が溜まっていたという。脳裏に、「もしかして俺を襲撃したのはその発散だったのでは」という恐ろしい考えが浮かんだが、突っ込んで聞くと領民の今後が心配になるので、余計な言及は控えた。
「それで、書くテーマは決まったのか」
「おかげさまでネタは集まったんだけどね」
道中、ブリジットの紹介で市役所に足を運び、市長から市内で起きた連続ミード酒窃盗事件や廃工房で発生した伝染病流行の経緯を聞いた。どれも十分注目をひくような内容で、事実を羅列するだけでも面白い気がするが、ロワの要望には合致していない気がする。
「ロワさんが頭を悩ませていることって何か知っているかい」
「うーん、皇帝陛下がご高齢になられているので、お世継ぎ問題辺りだろうか」
たぶん、そうじゃない。この世界に来たばかりの者が政治問題を数日嗅ぎまわったところで付け焼刃の記事しか書けないし、そんなことはロワだって承知しているだろう。
こちらの微妙な表情に気付いたのか、ブリジットも思案顔を浮かべた。
「分からん。こういう時には酒を飲むのが一番だ。今日はおごってやるからアサノメも飲め」
「諦めるのが早いなぁ。まだ仕事中だから飲めないよ」
「ほほう、私の酒が飲めないと」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあ今すぐ飲め」
「あっ、そういうの俺の世界だとアルハラっていうんだぞ。や、やめ…」
ブリジットは無邪気な笑いを浮かべながら、俺の口に無理やり酒を注いだ。
異世界新聞記者 ~ダークエルフ助手とこの世のすべてを書きまくりたい~ ホカート @Hocart
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