時空を越えて①〜幸せは心の中に〜


「お前さんたちの勝ちだ。これから,思う存分苦しむがよい」

「いったいどうやったら死ぬんだ。うす気味悪い」


 ジャンが腕をさすりながらヒューゴの頭を見下ろしている。


「安心せい。もうじきエネルギー切れで意識がなくなる。だが,このまま生きてもお前さんたちは幸せにはなれない。人は儚い。かつては死への恐怖から立派な死に様を求め,かつては不老不死を求めた。そして今はどうじゃ。自分さえよければ他はどうなっても良いという利己の塊となって,他の命を蝕む。悲しいかな,それは自分の魂を縛り付けるようなものじゃ」


 動かせない顔で必死に眼球を動かし,哀れむような目で三人を見渡した。その目は,深い沼の底のようで,でも三人の中から光を見出そうとしているような目でもあった。


「ごめんね。もっと早く止めてあげたかった。でも,この世界の人たちはみんな幸せになれる。思うんだけど,ヒューゴさん。幸せって,自分の心の中にあるんじゃないかな。父さんは物心つく前に死んじゃったし,学校ではいじめられていた。でも,いつかは見返してやるんだって頑張ることが出来たし,そんな自分が好きだった。今では頼りになるお兄ちゃんのような存在もいるし,一人だけど,強い友達もできたんだ。こいつ,今まで散々当たり散らしていたくせに命の危機に駆けつけてくれたんだよ! 一生の友だ! たとえその時は傷つくようなことがあっても,必ず全ては自分の幸せにつながっているんだ。・・・・・・,きっと,ヒューゴさんの故郷の人たちも,幸せのために必死で働いてくれていたヒューゴさんに感謝の気持ちを持っているし,幸せだったんじゃないかな。村の誇りだって胸張って見守っていてくれたはずだよ」


 話している間,ジャンはうなずき,バオウは無関係な風を装って聞いていないふりをしていた。ヒューゴの眼球が光っている。


「ああ,そう言ってくれるのか・・・・・・。どうかの,あの世で同胞たちに聞いてみるとするわい。いかんの,身体は機械になってしまったというのに,視界がぼやけてしまいよる。わしも欠陥商品じゃったか」

「たとえ身体をいじくっても,人の心は無くならないよ」

「・・・・・・ありがとう」


 ヒューゴは目を閉じ,動かなくなった。光るものが瞼から一筋,こぼれ出た。


「安っぽいドラマを見せられた気分だぜ。とにかく全員無事だな。この埃っぽいところから,おれは先におさらばさせてもらうぜ」


 服を払いながら,バオウは背を向けた。


「待ってよ」

「待ちやがれ」

「ミュウ」


 みんなが同時にバオウを引き留めた。ジャンが目配せする。お前が伝えろ,と目で促す。ミュウは首元で嬉しそうに体を揺らしている。


「バオウ,ありがとう。そして・・・・・・,これからもよろしく!!」

「な・・・・・・!?」

「だって,おれたちもう仲間だろ? それに,ほんとは町を出るときから一緒に行こうと思っていたんだから。バオウもそうでしょ? 仲間だと思っているから,ピンチの時に駆けつけてくれたんでしょ?」

「何言ってやがる。おれはジャンさんと一騎打ちで勝負して命を取るのが目的だ。おれ以外の奴に殺されたら困るんだよ。足手まといがいるからと言っても,今回みたいにしょうもないやつにやられるんだと思うと,いらいらしてしょうがねえ」


 なんだよそれ~,とふくれっ面になっていると,ジャンが口を開いた。


「力比べじゃバオウ君が上だな。でも,戦闘となると点でダメだ。そんなんじゃすぐに死ぬぞ。この度がひと段落したら必ず手合わせしてやる。それまで稽古がてら一緒に旅をする。そうすりゃイライラもしないし,一石二鳥じゃないか?」


 白い歯を二カッとむき出してバオウを見る。久しぶりにジャンの屈託のない笑顔を見た。心を開いている。うつむいていたバオウは,ゆっくりと顔を上げた。そして,二人を交互に見て,深くうなずいた。



「そこまで言うならしょうがない。一緒にいてやる。ただし,おれはどうしようもない状況になったら足手まといをかばいながら戦うことよりも,自分の命を最優先する。自分の命を捨ててまで誰かを守ろうとはしない。そんな冒険ごっこのつもりはない。分かったな?」


 ジャンは笑って頷き,バオウの肩に手を回した。


「そんじゃ,よろしくな。あと,ジャンさんじゃなくて,ジャンでいいぞ。おれもバオウって呼ばせてもらうな」

「いや,ジャンさんに勝つまでは変に距離感は詰めない。だから,そう馴れ馴れしくしないでくれ」


 バオウの顔が赤らんでいる。仲間と呼べる人が出来て嬉しいこともあるかもしれないが、別の所に理由があるのは明らかだった。


「バオウはジャンに憧れているんだもんね。だから気安く呼び捨てできないよね!」

「何を言ってやがるソラ! 別に憧れてなど・・・・・・,それにてめえ,ジャンさんは歴代でも断トツの成績を残して学校を首席で卒業したんだぞ。ちょっとは年長者を敬えんのか!」

「なるほどね~。かわいいところあるじゃん。よし,じゃあこの旅でみっちり稽古つけてやるよ。パワーだけじゃ越えられない壁ってものがあるからな。それに,お前センスあるよ。このままにしておくのはもったいない」


 バオウの顔が熟れすぎたトマトのようになった。よろしくお願いします,と言って軽く頭を下げた。

 出口まで案内してくれ,とジャンはバオウに言った。そんな様子を見ながら笑みがこぼれる。でも一つだけやっておきたいことがある。


「待って。ヒューゴ達を供養してからいこう」


 この言葉にみんな頷いた。ミュウを肩口に忍ばせ,手頃な場所を探していると後ろから声がした。


「待たれよ」


 気配がまるでしなかった。警戒しながら振り向くと,そこには金髪の綺麗な女の人がいた。アトラス様,とジャンは呟いた。その目は完全に恋する瞳だった。

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