真実を求めて①~秘密の特訓場~

 剣を振るう。刃が風を切る音が心地よい。生き物は素直だ。鈍い音を出せば何も反応しないが,力を込めて鋭く空気を断ち切るように振ればぴたりと虫の鳴き声がやむ。その音に驚き警戒するかのような空気感が張り詰める。

 特訓をするのにここはうってつけだ。家の裏手にある雑木林の奥には外側からは分からない開けた広場がある。季節を感じさせる虫以外は何もいない。命を脅かすモンスターも,生活のために飼われる家畜も,自分よりも力のないものを蔑む人間も。学校に通っていたころは,毎日ここに通っていた。力を付けるために毎朝トレーニングをしてから登校する。学校でからかわれ,いじめられてはいつかは見返してやると強い決意を持ってまたこの広場に来て習ったことの復習をする。トレーニングをしている間は嫌なことも辛いことも考えずに済んだ。あえて自分に厳しいメニューを課すことで,その感覚は一層強くなった。

 剣を振るう。構える。剣を振るう。構える・・・・・・。この動作を繰り返していると,自分だけの世界に入り込める。思えば,初めて剣を握らせてもらったのはじいちゃんが手渡してくれた日だった。じいちゃんはいつも部屋に呼んであやしてくれた。その記憶は曖昧だが,いつも怒って触らせてくれないお母さんがいない時を見計らって,剣を腰に提げさせてくれた。腰の鞘から刀身を抜くときの軽やかであり重厚感を感じさせる音が気分を高揚させた。手を添えて握り方を教えてくれた。あの時の優しい目。皺の寄った顔。温かい手のひら。とても大切なことのような気がするけれど,どうして忘れてしまっていたのだろう。

 これまでは思い出せなかったことがとめどなく溢れてくる。かつての記憶に浸っていると,後ろから声がした。


「もう終わりか?」

「ジャン,いつからここに?」

「数分くらい前からかな。起きたらいないから,ここだろうと思って来たらビンゴ。そんなことより,おれが様子を伺っていたことに気付かないなんて,おれが敵だったら殺されるどころか調理されて売りに出されているところだったな。まあお前の肉なんか売れやしないけど。・・・・・・それより,なんで泣いてるんだ? 失恋か?」


木の根の方に腰を掛けているジャンに言われて目元に手をやると人差し指の関節に滴が乗っていた。考えていたことと言えばじいちゃんのことだけど,悲しいだとか,辛いだとか,そんな感情はなかった。死んだと思っていたけど,それは物心のつくずいぶん前のことだったから別れを惜しむこともなかったし,会えないという感覚になったこともなかった。それに,昨日写真の中にいるよりもずいぶん若く見えるじいちゃんに会うことが出来た。あれからまたどこかへ行ってしまったけど,きっとこれからどこかで会える。そんな気がした。生きてさえいれば何とでもなる。聞きたいことや教えてもらいたいこともたくさんある。いつか,じいちゃんに会いに行こう。必ず。


「ま,朝早くからよく頑張ったな。5000は振ったんじゃないのか。剣の扱いもずいぶん上手くなった。キレも良い。もうそこらのやつに簡単にやられることもないんじゃないか。ハエがとまるような素振りをしていた数年前が懐かしいな」

「ひどいな~。さすがにハエはとまれない。仕留めることは絶対に無理だっただろうけど。それに,頑張ったけどジャンみたいに首席で卒業っていう訳にはいかなかったよ。やっぱりすごいやつがいる。でも,そんなやつらもいつかは追い越したいんだ。まだまだこれから強くなってやる」

「昔から変わらねえな。いい向上心だ。結果が伴わないから見てられなかったけど,頑張った甲斐があったな。とにかく,よく成長したよ。おれが目を離さずにいないとおちおち集中して戦えないってレベルじゃなくなったな。これだと旅に出てもそこそこやれそうだ。さ,うちに帰ってじいちゃんの書斎で日記を探そうぜ。でもその前に飯だ。なんだって身体が資本だからな。朝飯食って,身体を大きくして,パワーつけねえと。じゃないと強くなれないからな」


今,「旅に出ても」って言った? それは旅に出てもいいってことだろうか。

 お母さんにはずっと反対され続け,ジャンも力不足だと言ってお母さんの意見に同意していた。一緒にどこかに連れて行ってくれることはあっても,一人でどこかへ出かけるとなると必ずこっそりついてきていたし,危険なところに一人で行くなんてもってのほかだった。

 そのジャンが,今自分を肯定してくれた気がする。ジャンに問いかけようと思って口を開こうとしたが,よっこらしょ。と言ってジャンは立ち上がり,固まった腰を伸ばして帰り道の方向へと歩き出した。

 何が言いたかったのだろう。期待しても良いのだろうか。旅にでたい。そう強く思い始めただけに高揚した気持ちが抑えきれない。まずはお母さんを説得しなければいけない。自分がどう思っているのかは,きちんと自分で伝えないと。たとえそれがどんな結果になろうとも。

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