ソラの冒険譚〜パラレルワールドで天秤にかけられた命〜

文戸玲

ヤマタノオロチ

 むかしむかし,遠い昔のこと。一人の子どもが生まれた。

 時には力で力強いたくましい体で剣を振り,時には華奢な体で不思議な魔力を使った。その身体に秘められた力と二つの性質は,世界を変える力を秘めていた。

 人々は,時にはその子を世界を救う神の生みたまひし子と呼び,時には災厄をもたらす悪魔の血を引く子と呼んだ。

 その子が何かを成し遂げたいと強く願うとき,力は発揮される。それはこの世界を正しい方向へと導くことが出来るが,破滅への歯車を加速させることも可能である。

 どのようにコンパスが針を刺すかは,その時を生きてその道にいるものにしか分からない。そして,その時を操るものがこの世に存在することもまた確かであった。

 

 千年に一度,その地を焼き尽くすマグマを解き放つ火口の中で戦いは始まっていた。

 八つの首を持つ竜が火を噴きながらその子どものことを探している。ある首からあふれ出る炎は,燃え盛る灼熱の赤色をしており,ある首から出る炎は,凍てつく氷のような冷たい青色をしている。

 もう逃げられない。戦い,隠れるその子が見つけられるのも時間の問題だ。岩陰から出る。八つの首の一つが子どもを視界に捉える。八つの首を持つ竜の全ての瞳孔がカッと開いたかと思うと,長い首の一つが子どもに向かって伸びてきた。

 終わりだ,その場に居合わせた者がいたなら皆がそう思っただろう。ただ一人を除いて。

 竜に襲われたその子どもは,自分の意志とは別のところに力を秘めているようだった。彼はみんなの夢を背負っていた。簡単には命を諦めることはできなかった。

 子どもの身体が宇宙空間に投げ出されたかのように軽くなったのだろうか,軽やかに浮かび上がった。徐々に,二の腕に厚みが増す。体全体が大きくなったかのようだ。

 竜の首が一つが子どもに向かって進んでいる。その動きの何倍にもなる速さで,子どもは左の腰に下げた剣のさやに手をかけた。まるで同じ空間にいながら違う時間軸に身を置いているかのように,二つの生命の動きの質が違っていた。

 伸びてきた首にタイミングを合わせて剣をさやから抜いた,と同時に振りぬく。大きく悲痛な叫びと共に竜の首が一つ切り落とされた。

 子どもはその勢いのまま空中に飛びあがる。竜はその動きを見詰めてどのように反応するべきか動きを決めかねている。子どもの姿が見えなくなった次の瞬間,残る竜の七つの首が落とされた。今度は断末魔の叫びすらも聞こえなかった。

 終わった,と子どもは呟いた。体を引きずりながら,岩陰へと歩いていく。ばたん,とうつぶせに倒れた。

 その岩陰から,別の手が伸びている。伸ばした手からさらに伸びた人差し指が,子どもの額に触れた。愛に溢れたその指は,ぱたんとそのまま地面に打ち付けられるようにして力尽きた。



 ぷつりと,そこで映像は途切れた。

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