第30話 外に出ないで!

【外に出ないで!】


 ルカが言い放った言葉に、リーシャは瞳を閉じた。


 静かに彼女の瞳から、涙が溢れる。


 ルカは彼女の涙を見たことによって、激しい痛みを覚えた。


 それは、傷つけた左手などとは比べ物にならないほどの、強く激しい痛みだった。


「リーシャ···」


 ルカは、涙を流すリーシャに手を伸ばす。


 彼女はいつも優艶な笑みを、顔に貼り付けていた。今も、提示された話に飛びついてくるかと思ったが、ルカの検討は外れていたようだ。


「動くな!彼女は、オーブルチェフ帝国の女帝になるお人だーー俺は彼女を閉じ込めたりなんかしない」


 ファリドは威嚇するように自分を睨むが、ルカの瞳にはリーシャしか映っていなかった。


(リーシャ、やっぱり、外は危険なんだ)


 ルカは、これから何を口にすれば良いのかわからなかった。


 リーシャが涙を流した理由や、どうしたら泣き止むなどを考え、頭が混乱していた。


(外に出さなければ、彼女は泣かずに済んだのにーーー帝国とか、皇位継承とか···殺人とか、そんなことはどうだっていい)


 ルカにとって、それらは雑事でしかない。


 リーシャに会った日から、ずっと自分の目的は1つだけだった。



 可哀想な彼女を、閉じ込めてしまうこと。



「罪を認めたということか?」


 ファリドは念を押すように言い、剣先をより自分に突きつける。肌を突き破られることで、鋭い痛みが走ったが、ルカは決して顔を歪めるようなことはしなかった。


 リーシャだけを、見つめていた。


「···して···」


「ん?リーシャ?」


 ぽつりと彼女は呟いた。


 ファリドが訊き返した時、リーシャは俯いていた顔を上げた。涙を袖口で拭う。


「どうして、皆···私に嘘をつくのですか」


「嘘?」



 ルカとファリドは、目を丸める。

 目を赤くしたリーシャは首肯する。


 毅然としようとする彼女の姿に、ファリドは不思議に思っているようだった。



(まさか)



 ルカは、嫌な予感がした。


 彼女が涙を流した理由は、まさかーーーと、息を呑む。


(嫌だ。それだけは、嫌だ。自分はどうなっても良いが、彼女に真の真相だけは辿り着いて欲しくない)


 心中で、ルカは否定した。


 毅然とする彼女の様子を見て、ルカは叫びだしそうになる衝動に駆られる。


「リーシャ···?」


「私、もう真相はわかっています」


 ルカの嫌な予感が、的中していた。


(駄目だ。君は辿り着いちゃいけなかったのに)


 ルカが今まで行っていたことが全部無駄になってしまう。


 目を塞ぎ、彼女の視界に入れないようにしてきた、真実が明るみになってしまう。


 決して傷つけないように、決して汚れに触れることがないように、大事にしてきたはずなのに。


「ファリド、全ては嘘だったのですよ」


 リーシャが紡ぐ言葉によって、ルカは深い絶望を与えられた。


 今まで彼女を守るために積み上げてきた嘘が、彼女自身に壊されてしまう時が来たのだ。

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