3章

第19話 雪の密室の犯人

【雪の密室の犯人】


 アレクセイが死んだ夢を見るのは、何度目だろう。


(···また、この夢ですか···)


 リーシャは、自分の視界に広がっているのは「夢」であると認識していた。


 雪原の中、アレクセイや、使用人達の死体が転がっているのだ。彼等がアレクセイの書斎で死んでいたのは、確かにリーシャの記憶の中に残っていた。




 彼らが殺されたのは書斎であり、彼等が殺されたということも、確かな事実である。


 父の遺体には、書斎に飾られていた大剣が刺さっていた。


 まだ生々しい血の跡が、白い雪にじんわりと広がっていくことに、リーシャは背筋に冷気が走っていくのを感じた。


(···私、意外とトラウマになっているのですね···)


 夢の中のはずなのに、寒いと感じる。


 足先、指先、そして頭から冷たさが徐々に広がっていき、寒さからは逃れようがない。夢の中でも動けば良いはずなのに、足が棒のようになっており、動けないのだ。




(···雪の、密室···)




 リーシャは動けない状況ながら、冷静に目の前の光景をそう認識する。




 降り積もった雪の上を歩けば、必ず足跡が残る。




 アレクセイや使用人達が他殺であるのなら、雪の足跡が必ず残るはずなのだ。多くの推理小説でも、雪が降り積もる中、家屋の中で被害者は殺され、犯人は足跡を”残さない”ことが多い。




 雪に閉ざされた家が、事実上の密室となるわけだ。


 どう犯人は足跡を残さずに、被害者を殺したのか、それを読者は推理しなければならない。




(私は殺していません。私は、ちゃんと覚えています)




 同じ家屋にいた家族が犯人であることもある。




 だが、リーシャは殺していない。




(···あの時、1人の足跡だけはありましたね)




 雪が降り積もるラザレフ邸で、自分を連れ出す際に――足跡が残されていたのを覚えている。




 夢の中でも、あの時のように、背後から抱きしめられた。




 力強く抱きしめられ、リーシャは自身の胸がざわめくのを感じた。夢の中であっても、彼の存在は自分に温度を伝えてくる。その温かみにすら、自分は静かに恐怖した。




 自分が今まで触れなかったものが、そこに存在するかのように錯覚してしまう。




「あぁ、リーシャ···」




 恍惚とした声が、背後から聞こえた。




 彼は、自分の目を塞ぐ。


 ふさがれた目は暗闇に染まり、何も見ることができない。




「ボクは、君を手に入れるためならどんなことだってするよ」




 囁かれた声音は、狂気を含んでいるように思えた。




 そう感じるのは、リーシャが確かに見た、たった1人の足跡の記憶が関係している。




(だって、彼が本当に私を手に入れるために行ったことなら···正気の沙汰とは思えない)




 ――ルカが、アレクセイや使用人を殺して、リーシャを誘拐したとしたら。


 考えないようにしていたが、その可能性は極めて高いのだ。彼が嘘をつくことや、何より雪の中の足跡が証明している。




 外部から来たのは、彼だけだった。




(ガリーナも、彼が単身でラザレフ邸に入ったと証明している···)




 ルカが犯人だったら、自分は誘拐犯どころか殺人犯の手の内にいることになる。ゾッとしない考えに、リーシャは夢の中で彼の腕の中から逃れようとする。




 決して離されない腕の中で、自分はどうしたら良いのだろう。




 視界を真っ暗に閉ざされたまま、自分には、何ができるだろう。

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