第2話 夜会での推理ゲーム

 自分の人生は、完璧だった。


 子爵令嬢としての地位、伯爵家の長男の婚約者。


 自分には過ぎた肩書であるとは自負しつつも、手放すことはどんなことがあってもありえないと思っていた。



 まさか、全てが壊れるとは、想像していなかった。


 ◇◇◇


 淡い雪が降る中で、夜会は開かれていた。



 窓の外の景色を珍しがることなく、夜会に招かれた人々は荘厳な音楽に合わせて踊ったり、お喋りに夢中になっていた。



 もうすぐ、本格的な冬が来る。-10度の気温になることも珍しくない帝国では、冬が来る前に貴族たちはこぞって夜会を開く。集まっている人々は、外の寒さなど忘れたかのように、薄手のドレスに身を包んでいる女性達も多い。


「じゃあ次は、推理ゲームをしましょう」


 タキシードを着ている1人の男性が、楽し気に提案した。彼等は静かに雪が降る窓辺を背後にし、カードゲームやボードゲームで遊んでいるメンバーだった。男はタキシード、女性達は色とりどりのドレスに着飾っている。


「推理ゲーム?探偵になるの?」


「そう、推理小説の主役になったつもりでね」


 提案者である若い男性が言うと、ソファーに腰かける女性達は「面白そう」と、キャッキャッと顔を見合わせてはしゃぐ。彼女等の胸元や指には、豪奢な宝石類が輝いている。


 女性達の中で、1人だけ「へぇ」と誰とも顔を合わすことなく、涼やかに笑う少女もいた。


「じゃあ、早速問題を出そうか。この間、俺も参加した夜会で聞いた話なんだ」


 提案者の男性が言うと、男性の周りに集まっている人々は目を輝かせる。



「男が茶に入った毒で死んでしまった。犯人は誰?


1、男のためにカップを用意した下女。しかし用意する途中、彼女が毒を注いだのを、誰も見ていなかったと証言者は言う。


2、男のカップにお茶を注いだ使用人。しかしお茶を用意する時、彼女が毒を混入させる様子はなかったと証言者は言う。


3、男にお茶を運んだ貴婦人。しかし彼女が運ぶ途中、お茶の水面が揺れたのを、誰一人も見ていなかったと証言者は言う。さぁ、犯人は誰だと思う?犯行方法も一緒に言ってくれ」


 男から聞き終わった後、誰もが悩むそぶりを見せた。ソファーに腰かけた女性達は顔を見合わせる。


「貴婦人かしら?だって毒を注いだのを見たとは、証言者は言っていないわ」


「いや、2つ目よ。お茶を飲んで死んだんでしょう?お茶を注いだ人物が1番怪しいもの」


 女性達は面白がって口を動かす。その様子を、提案した男性はにやにやとした顔で見つめた。


「犯行方法も言ってくれたまえ。さぁ、わかる人はいるかな?ウェールズ連邦で流行っている探偵さながらの推理をして欲しいな」


「そんなぁ。現場を見ることもなく推理ができる探偵になれなんて、無理ですわよ」


 男性に1番近い位置にいた、水色のドレスを着た女性が笑う。



「間違いなく、1でしょうね」



 はっきりとした声で、ある少女が言い放った。


 少女にしては少し低い声音だ。誰とも顔を見合わせることもなく、静かに男性の話を聞いていた少女に、視線が集まった。




「それは···ラザレフ子爵令嬢、どうして?」




 落ち着いた素振りで、男性は言った。




 彼女は、この夜会の主催者であるラザレフ家の、ただ1人の娘だった。


 輝かしい黄金の長い髪に、切れ長の碧眼。愛嬌があって可愛いというよりか美人タイプで、浮かべている優艶な笑みの印象からか、優し気な雰囲気の少女だ。


 鮮やかなドレスを着ている者が多い中で、肩を露出した漆黒のドレスは珍しく、彼女に大人びた印象を抱かざる得ない。




「1の犯人が、予め毒をカップの中に塗りつけておいたんです。そうすれば、「毒を注ぐ」必要なく、男を殺せますよ。あはっ、面白い言葉遊びですね」




 リーシャ・ラザレフは、面白そうに眼を輝かせ、男を見た。彼女の言葉に、男は呆然としていた。彼が返事を出せないことが、この問題の答えであると理解し、同じソファーに腰かける女性達は羨望の目を向け、軽く拍手が起こる。




「すごい。リーシャ様、どうしておわかりになったんですか?」




 提案者の男性が感嘆する。




「推理小説とは、読者に与えられた情報の範囲で、犯人が決められるべきです。今伺ったお話しでは1つ目の描写だけが、明確な表現が避けられていましたもので」


「わぁ、探偵みたいですね」


「いえ、ただ単に推理小説が好きなんですよ。俗物的な読み物が好きで、お恥ずかしいですがね」




 彼女は同世代の少女にも丁寧な口調で話した。謙遜をする彼女の口調に、皆が好感を持つようだった。




「リーシャ様なら、我が国の今世代最大のミステリーも解けるのではないですか?」


「今世代最大の、と仰いますと――」




 女性が言ったことを、リーシャは分かっているようだった。


 我が国の、と言ったことによって、集まっていた皆が、同じことを思い浮かべている。



「ええ、前皇帝であるオルロフ家一家が殺害され、アデリナ皇女の遺体が見つからなかった事件ですわ」








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