第48話 安土

 吉日。安土に築いた城の天守に引っ越した。


 我ながら立派な城を立てることができたものだ。

 戦のための城ではなく、治世のための城である。

 防衛のための煩雑な施設は最低限で、城下も広く長い道を整備してあった。

 陛下の巡幸を迎えることも予定しており敷地内にはそのための建物も用意してある。

 淡海(琵琶湖)の水利をつかえ、いざという時は淡海の四方にある味方の城と連携することになるだろう。

 もちろん、いざという時がこないよう守り役割も周囲の城にあるわけだが。


 この安土を京に匹敵する街とすることで、新たな統治機構の実行力を示す。

 また、京とは別の場所に築くことで時の権力者が戦に遭っても京の朝廷が攻撃を受けないようにもできる。

 同時に京に近いことで普段は連携することもできる。

 これらの意味で適当な場所であると思う。

 もちろん織田の都合、尾張美濃に近いということもある。


 まあつまるところ天下の静謐に向けてまたひとつ準備が進んだことになる。



 さて、そうして人が集まるようになった安土だが、人が集まることでおかしなことも起きるようになる。

 こういったことをどう捌くか、ということも政の一部だ。


 今回起きたことは、一言でいえば坊主が宗派の違いでもめたということだった。

 浄土宗の老僧に、法華宗の僧が議論を吹っ掛けたのだと。

 絡まれた浄土宗の僧は、若造に言ってもわからんだろうから上のものを連れてくれば話してやる、とこれをかわした。挑発したとも見える。

 その結果、名のある僧が安土に集まることになり、人々の間に噂が広まった。

 どちらが正しいのだろうかと。


 ぼくのもとに話しが届いたのはこのころだった。


 はっきり言って迷惑な話である。

 部下や勢力下の民の中には浄土宗を信ずる者も、法華宗を信ずる者も多くいるのだ。

 どちらかが勝ってどちらかが否定されれば、それを原因として妙な諍いが起きることも考えられる。

 ぼくとしては、宗教は民心を安んずることができるなら何を信仰してもいいと思っている。

 闘争に駆り立てるような真似をしたり、自ら武器を取って暴れたり、喧嘩を売って回るようなことがなければ。


 つまり多宗派に喧嘩を売るような真似をした法華宗の行動は迷惑だし、受けて立った浄土宗側ももう少し考えてもらいたい。


 だが、坊主にも引けない時はあるだろう。信仰に関わることについて引いてしまったら存在意義に関わる。

 だから、お互いに余計なちょっかいを出すような真似はしてほしくないのだ。


 とはいえ、できれば穏便に事を済ませたかった。

 法華宗は昔一揆をおこして暴れたことがある実績もあるし、本願寺派を敵としているのに身内にこれ以上の敵を抱えたくはなかった。


 そういうわけで大げさなことをするな穏便に済ませるようにと伝えたのだが、法華宗側が頑として譲らなかった。

 仕方がないので公平とみられる審判を斡旋することにした。

 つまり、仏教界でも権威と名声がある今日の僧を審判役として呼び、結果の如何で実力行使が起きないよう織田の兵を抑止力として配したのだ。

 そして宗論の流れを記録して後から文句をつけられないように手配した。


 宗論の結果についてはあえて述べないこととする。

 ただ、勝者となった者を賞し、この騒ぎの原因となった者を罰した。

 特に、宗派の軽重を問うような真似をした騒ぎの原因の町人。一歩間違えれば日本でも大きな規模の宗派複数の坊主や信徒を巻き込んだ大きな乱となりかねなかった。許されないことだ。

 これに煽られた僧も同様だ。坊主がやるべきことは争うことではない。


 さらに、今回結果が出たことで文句を言わないこと、他宗を誹謗しないことを負けた側に厳命した。


 以上でこの件は終了、後を引かないことを関係者に命じて話を終わらせたのだった。


 これで宗教に対して否定的なわけではなく、争わずちゃんとした役目を果たしているのならこちらも寛容に出るということが広まればよいのだが。

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