第39話 越前

 主力武将を数多く仕留めたことで、武田はもはや、その力を十全に発揮することはできなくなった。経験豊富で相応の地位のある武将がいなくなれば動かせる軍の規模は決定的に下がる。

 そしてそれ以上に、もともと武田家は国人が寄り集まった勢力だ。

 今の織田のように頭が一つで上意下達で動く組織ではない。

 先代の死で離散しなかったことは褒めてもいい。だが、今回、当代に同心していた有力国人の当主である武将が戦死したことで内部の団結はさらに失われるだろう。


 要するに死に体だ。


 こうしてぼくと義昭さまの間を引き裂く原因となった浅井、朝倉、武田という三つの怨敵を成敗することができたわけだ。

 ここ数年にないほど気分が晴れやかになった。


 しかしこれで終わりではない。

 それでも武田はまだ生き残ってはいるのだ。

 致命傷を負ってはいても、手負いの虎となるかもしれない。

 なので武田と因縁がある大名を煽っておく。上杉、村上などが有力なところか。他の大名にも目星をつけておこう。

 徳川も大喜びで三河遠江と取り返すつもりのようだ。

 織田としては、ぼくの跡継ぎである信忠を総大将に、実績のある武将をつけて向かわせるとしよう。確実に勝てる戦いで実績を積ませるのだ。


 そうして僕は汚れ仕事にあたることにする。


 越前。

 一揆衆に奪われた地である。

 同時に、朝倉が支配していた地でもある。

 ぼくに何度も泥をかぶらせた因縁の地だ。

 おだにとっての故地でもあるというのに、妙なめぐりあわせもあったもの。


 長島が片付き、武田を退け。

 ようやく順番が回ってきた。


 一揆衆を根切りにする。




 した。


 三河の田舎と比べると、水運を使えるので物資の集積、運搬も比較的容易であった。

 一揆衆の支配に恨みを持つものたち、国を追われた浪人などを中心にした越前衆を先陣に、海上からも水軍を動かし襲撃させた。

 一揆衆及び一揆に協力するものはすべて斬るように指示を出し、ぼくにもとには大量の首が届けられた。

 一揆衆に対しては例え武士でも一揆衆に対する対処を行った。つまり、降伏や寝返った者も斬った。


 一揆は組織である。

 だが、一揆して越前という国を得て、それからはどうだったろうか。

 主導者は坊主や一揆に味方した武士である。だが構成員の多くは百姓だ。

 ぼくから国を奪ったわけだが、それはぼくという敵を抱えたことと同じである。また本願寺からもぼくを敵とせよと指示と指導者が送り込まれているのだ。

 国を取って一年以上、そのあいだ、彼らはどういう生活をしていたのか。

 敵と戦うための体制を整えるにあたり、武士よりも優れた者はこの国にいない。そのために存在するのだから。

 武士ではない者たちが、ぼくと戦わなければならないのだから、非効率な体制にならざるを得ないだろう。

 その結果しわ寄せを受けるのは誰か。百姓だ。

 坊主はぼくと戦うための態勢を維持するため、と百姓を圧迫する。それは非効率な体制故に、武士の支配よりも厳しいものになる。

 百姓は坊主を憎む。


 内部に不満を抱えた組織は脆いものだ。

 越前はほとんど各個撃破のかたちで平らげることができたのだった。


 こうして国を取った百姓でもちゃんとした武士に敵わないと示しなおした。

 実際のところはやりようなのだが、この結果を見てもう一度試そうと思うものは少ないだろう。


 坊主は人心を安んずることを。百姓は田畑を耕すことを。才と力があるのなら別の道を選ぶのも構わないだろうが、やりようというものがある。

 皆、自らの役割をちゃんと果たすべきだ。

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