第35話 朝廷
話しが前後するのだが。
天正となってから朝廷との付き合いが増えたことで、ぼくはいくつかの失敗をしていた。
その中でも大きなものが、陛下の譲位について口を出したことだ。
もともとぼくは朝廷の儀礼や慣習などには詳しくない。必要なことだとは思うが、僕は現場の人間で、雲の上のことに積極的にかかわりたいとも、関わるべきとも思っていなかった。
後見人として実力を持って支えることが重要で、朝廷は朝廷としてちゃんと運営されているならそれでよいと。
むしろ実力がある者が横から口を出すことはちゃんとした運営の妨げになるだろうと思っていた。
しかし、朝廷側は時の実力者の協力を得てきたつまり口出しをうけてきた経緯もあるために、ぼくもまた同じように口を出すと考えていたようで、そしてそれならばとぼくをうまく扱うためにすり寄ってくることもあった。
幕府とともにあったころにぼくへの陳情が止まなかったのがそれだ。
時の権力者にいいようにされてきたと思われがちだが、したたかに利用もしてきたのが朝廷、そして朝廷を支える公家衆なのである。
そんなわけなので、朝廷が抱えている困りごとについても、耳に入ってくる。
その中での特大の困りごとが、ここ何代も、陛下の譲位が為されていないことだったのだ。
古くから、天皇が譲位して上皇となるという慣例があった。
武家の歴史にもかかわりがあることなのでぼくも知っている。
陛下もすでに五十半ばを越えており、譲位を望んでおられると。だがここ何代も譲位の儀は行えていない。
理由は端的に言ってカネである。
これまでの滞っていた朝廷儀式の問題と同じであった。
そしてぼくはうかつにも、譲位しませんかと言ってしまったのだ。
陛下は大喜びで感謝状を贈ってきた。
正直こちらも驚くほどだ。
これは気合を入れて進めねばなるまいと、部下に必要な経費を計算させた。
その結果。
わからなかった。
冗談ではない。
最後に譲位が行われた時、生きていた者が既にいないのだ。
であれば譲位を行うとなれば、資料をひっくり返して調べることになるだろう。
そうなればもう後戻りはできない。
せめて大まかにどれくらいかかるのか予想を立てさせようとした。
まず、儀式にかかる費用。これは普段の儀式にかかるものと比べても盛大なものとなるだろう。なんと言っても譲位なのだ。即位と合わせてのことなのだから当然だ。一台に一度の特別な儀式なのである。
そして上皇がすまう宮の造営。
こちらも、禁裏に匹敵する機能と格式を持たせる必要がある。
院政が行われる可能性があるのだ。
うん。
今は無理だな。
というのが結論だった。
多くの戦を抱え、他の儀式を復活させ、手にいれた地の復興に、と織田も疲弊している。
もう少し落ち着くまで、そう、できれば十年ほど猶予をいただきたいところだった。
一度やりませんかと言い出しておいてやっぱり無理とは言えない。
やると言ったがすぐにというわけではないのだ。
というわけでうやむやにした。
そんな失敗談。
陛下には悪いことをしたと思うが、断行した結果織田がつぶれては元も子もない。
だから仕方がない、仕方がないのだ。
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