第30話 破局
義昭さまが兵を挙げた。
ぼくに対してである。
ぼくは頭が真っ白になった。
ぼくがこれまで、どれだけ義昭さまに尽くしてきたか。
幕府に尽くしてきたか。
朝廷に尽くしてきたか。
カネを、時間を、命を費やし、血と汗を流し、悪名をかぶり戦い抜いてきた。
義昭さまの名を天下にとどろかせ幕府を復興させちゃんとした政治を行えるように。
ぼくはそればかりを考えてきたといってもよい。そりゃちょっとは鷹狩りに行ったり甘いものを食べたり息抜きはしたが、そういうのは別の話しだろう。
ぼくは和睦を模索した。
ぼくが義昭さまに尽くし、将軍の地位を回復することばかりを考えていることを伝え、これからもそうであることを誓い、考え直してもらえるよう願い出たのだ。
息子を人質に出すことや頭を丸める覚悟まで伝えた。
しかし、義昭さまはこれを受け入れず、兵を動かした。
ぼくはこれを叩き潰して上洛し。
再度和睦を願い出た。
義昭さまを追い出す?
冗談じゃない。
そんなことをすればまた幕府が崩壊する。
ぼくは幕府を壊して実権を握りたいのではない。
幕府を維持することで大名を抑える箍とすることで、天下を静謐に導き、これを長く続くようにする。それが目標なのだ。
ぼくが幕府を排除しては、そのための統治構造が失われてしまう。
ぼくはだから、義昭さまに、幕府に、ちゃんとしてもらいたいだけなのだ。
そのためならいくらでも支えるし力を尽くす。そのことはこれまでに身をもって証立ててきたつもりである。
今の日本にそれだけの覚悟と実行力を持つ大名はいない。
幕府を壟断し将軍を暗殺したり、次期将軍に頼られても動かなかったり、重要なところで裏切ったり、少し幕府の重しが緩んだとたん好き勝手に戦をはじめたり、さんざん恩を受けておいて裏切ったり、和睦を斡旋しても平気で裏切ったり、イキリ散らした結果自業自得でズタボロに負けたり、幕臣にもかかわらずふさわしい行動をとらなかったり。そんな奴らばかりだ。
どうか、義昭さま。
断られたので京を焼いて朝廷に勅命を出してもらえるよう願い出た。
そしてようやく義昭さまは和睦を受け入れてくれた。
和睦条件は、義昭さまの近くにいた奸臣に、ぼくに逆らわないよう起請文を書かせること。
ぼくの感情としては斬ってしまいたいところだが、義昭さまを近くで支えていたことも事実である。勝手なことをしなければそれでよかった。
義昭さまと敵対したのが二月。
和睦が四月。
そして義昭さまが再度挙兵したのが七月だった。
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