第10話 殿中御掟
義昭さまは無事だった。
いやー、自ら敵兵を斬っちゃったわー、危なかったわー、とちょっと自慢気に話す様子は、どこか前よりも自信がついたようにも見える。
義昭さまが襲われたという話を聞いて、ぼくは大雪の中を二日で京に到着した。
当たり前だが、これはかなり早い。
だが、到着した時には阿波三好は撃退されていた。
実際に義昭さまが自ら戦わなければならないところまで追い込まれたのは事実だったけれども、幕臣の奮戦で水際で危機を脱し、畿内の親幕府大名と畿内に残し働いていたぼくの部下たちが急行したことで、包囲されることを恐れて退却、幕府方はこれを追撃し打ち破ったそうだ。
ぼくは胸をなでおろし、義昭さまを守った者たちをほめたたえた。
義輝さまの時のことを思い出し、同じ結果にならなかったのは本当に素晴らしいことだった。
しかし明確な懸念も生まれた。
義昭さまの護りが甘かったということだ。
この時義昭さまは京にある寺を仮の御所として政務を行っていた。
寺は軍事拠点でもあるが、やはり専用の城などと比べると貧弱だ。
もともと京はまもりやすい地形ではないこともある。
もし同じことが起きれば守り切れるかわからない。
なので、義昭さまのための城を造営することに決めた。
それから、義昭さまを襲った阿波三好一派の中に、美濃から逃げ出した義理の甥が参加していたことも分かった。
おのれ斎藤。まさかこんなところで出てくるとは。
生かしておいたのは失敗だったか。いや、逃げられたのだ。偉そうなことを言える立場ではない。
義昭さまにたてついた以上、許すわけにはいかない。
次に会った時は……そう考えたが、この男との因縁はもう少し続くことになる。
さて、京にやってきたついでといおうか、やるべきことがいくつかあった。
それは例えば堺の実効支配についての報告を受けたり、義昭さまに従わない者たちへの対処を相談したり、かねてよりまとめていたかつての幕府の運営のしかたを義昭さまに報告したりといったことだ。
幕府がうまく運営されていた時期の、主に将軍の立ち回り方、及び周囲が心得ておくべきことを箇条書きにした報告書を義昭さまに提出したのだ。
ついでに、この先予定されている、義昭さまに反抗的な朝倉討伐に際し、ぼくが義昭さまの代理として軍をまとめることの確認と、もうひとつ厄介な問題について言及してあった。
その問題とは、公家からの陳情の中にもあったもの。
幕臣が、寺や公家、そして朝廷のの領地を横領しているという問題だ。
それらは本来、幕府が護るべき対象である。
にもかかわらず、そんなことになっている。
原因は幕臣の収入が不足していることだと思われる。
昔から、室町の幕府は多くの直轄領を持たず、それはつまり幕臣に与えられるとちもすくなかったのだ。
現状は基本過去の幕府を踏襲する方向で進めているし、上洛で活躍した畿内の有力大名にも褒美が必要だった。だから義昭さまの政権も収入は少ないのだ。
だからぼくが中心になって献金したり、商人衆から徴収したり、比較的裕福な寺社などにも献金するように命じ、それらの収入で運営しているのだ。前例にのっとった手法なので間違ってはいないはずである。
ともあれ銭がないのでは十分に働けないだろう。ということで前述の報告書の中に、幕臣の給料をぼくが出しますと書いておいた。
根本的な解決ではないけれど、それで幕府外に対して筋が通り、幕府の役目をちゃんと果たせるのならばそれでいい。
とはいえ、幕臣に横領させるな、と馬鹿正直に書いたりしたら義昭さまが気を悪くするかもしれないので、遠回しに領地は元の貴族をしっかり確認して差配するようにと書いたのだが……どうだろう。当てつけのように思われないだろうか。少し心配だ。
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