第18話 本当は呼ばれたかった、一緒に歩みたかった

「さて、気になる中身はと……」

 

 最後のステージの借り物競技にぶっちぎりで一番乗りした俺は、グラウンドに大量にばらまかれた手紙から1枚だけを引っこ抜き、中の内容を読む。


 はたして、その内容とは……。


『アニメソングが好きな美少女』


 また、前回に似たこの手の内容かよ。

 だから探す方は大変なんだって……。


 ただのアニメが好きな女子なら幾分いくぶんか気がやわらぐが、姿が美少女でアニメが好きとなるとちょっとイタイ想いをする羽目になる。

 

 今までの美少女のイメージを覆し、何も知らなかった周りの連中から、コイツはそのルックスで男選びには困らないだろうに、二次元が好きなヲタクの仲間と後ろ指を指されて過ごしていくかも知れない。


 そう考えると非常に心がんでくる。


 だが、なりふり構ってはいられない。


 俺は闇雲に美少女を探すが……何人もの女に囲まれていたり、一人かなと見かねていたら男連れだったり、テントの中でマニアックなアニメの話をしている箇所には美少女らしき人はいないし……。

 

 はて、前回はどうやってこの危機を乗り越えたのだろうか?


「あの、すみません……」

「何だよ、今は忙しいんだよ!」

「きゃっ、ごめんなさい……」


 俺の大声でピクリと肩を震わす少女。


「ああ。ああー!」

 

 その少女と目が合い、俺は感激の声をあげる。


「なっ、何なのよ……びっくりするじゃん。どうしたの、洋一よういち君?」 

「いるじゃないか、ここに放送委員の美少女が!」

「はあ、何を言ってるの?」

日向ひゅうがさん、今からアニメソングを教えるから覚えてくれ」


 俺は眼鏡を外した日向さんに熱血ロボットアニメの歌を歌うことにした。


「萌えあがろ、萌えあがろ、萌えあがろ、メイドロボ~♪」


 このさい、音程や音痴など関係ない。

 ようは彼女の心に響けばいいんだ。


「どうだ。アキバ戦士メイドロボの歌なんだが、この歌詞を覚えたか?」

「何なの、洋一君。それを歌えばいいのかな?」

「ああ、ゴールラインにいるあの眼鏡の先生に披露ひろうすればオッケーさ」


 何も知らない日向さんが素直に言葉に従い、俺の手を握る。


 あとは直線上にあるゴールを目指すのみだ。


 だけど、時は遅かったらしく俺たちはビリのままゴールした。


「萌えあがろ~♪」


 眼鏡がなくて、目が悪いせいか、それに気づかない日向さんが覚えたアニメソングを、その先生の前で熱唱しても何の役にも立たない。


「何、あれ。ひょっとしてあんな真面目な放送委員がヲタクなの。ウケル~」


 周りからさげすまされ、軽蔑の眼差しで眼鏡をかけ直す日向さんを笑う連中に腹が立ってくる。


「マジでムカつくな……ぶん殴るぞ」

「暴力は駄目だよ。洋一君」


 それに彼女も気づいたようで、俺が殴りかかろうとする拳をやんわりと引き止める。


「何だよ、あんな反応をされて、日向さんは何とも思わないのかよ!」

「……だからって、力任せで解決するのは良くないよ」

「日向さんは分かってないな……。

──まあ、いいか」

「そうだよ。何事も平和的に物事を解決しないと……じゃあ、ボクは戻るね」


 彼女は俺にやんわりとした微笑を浮かべ、放送席のあるテントへと戻っていく。


「日向さん。ありがとな」

「うん、どういたしまして」


「それでは次の演目を始めます!」


 俺は彼女の声を後ろに感じながら、2年のテントへとリターンする。


 もし、相手が日向さんじゃなかったら今頃大変な騒ぎになっていたかも知れない。

 

 俺は彼女の存在に改めて感謝した。


「んっ?」


 その時だった。

 背後から殺気らしき良からない視線を感じたのは。


 その視線は可憐かれんだった。

 俺の瞳を冷酷な瞳の色で見つめ返している。


「どうかしたのか、そんな怖い顔して?」

「洋一さん、可憐は待っていたのですよ。

あなたから誘われるのを」

「何のことだ?」

「だから、あなたから借り物競技で誘われるのをです……」


 ああ、そうか。

 可憐は俺を待っていたんだ。

 俺はその言葉に胸が締めつけられた。


「洋一さんは女心というものを理解していますか?」

「無茶言うなよ、俺はエスパーじゃないぜ」

「……そういう所が駄目なのですよ。はあ……。洋一さんのお母さんに見せたかったのに」

「何をさ?」

「可憐と洋一さんは昔からの知り合いで、その仲を洋一さんのお母さんにも納得してもらいたかったのに、どうしてそうやって物事をややこしくするのですか……」


「……アニメソングが好きな女子としてでも良かったですので、可憐を連れ出して欲しかったです」


 そうか、それで可憐は俺の母さんと二人っきりで登校したのか。


 母さんに打ち明けた彼女の好きと言う感情。


 どうして今まで俺は彼女の気持ちが分からなかったのだろう。


 ただ向こうは好意があるとその意図を聞かずに勝手に思い込み、いつも一方通行で俺から好きとして行動していたのが悩ましい。 


「俺は鈍感だな……」

「いえ、別に鈍くてもいいのです」


 可憐が頬をほんのりと火照らせながら、俺の胸に急に抱きついてくる。


「……こうやってゆっくりと可憐だけを好きにさせていきますから」

「駄目だよ。可憐、みんなが見てるって」

「それもそうですね……」


 可憐が俺から離れ、ガッカリした仕草を見せたが、すぐに、別の提案を思いついたらしく両手のひらをポムッと愛らしく合わせる。


「だったら、洋一さん。お昼ご飯ご一緒してもいいでしょうか」

「俺はいいけど母さんが許すかな?」

「大丈夫です。可憐たちがラブラブなことは、すでに伝えてありますから」


 それから可憐と離れた後も演目は着々と進み、昼休憩の合図を夏紀さんが告げる。


「さあ、私達も休憩に行こうぜ」


 ふと、隣にいた弥太郎やたろうから声をかけられる。


「ああ、どうせお前は俺の母さん狙いだろ」

「まあな、香代かよさんは魅力的だからな。あれで旦那がいなければなあ……」

「もう、潔く諦めろ」

「分かってるさ、それに本命なら別にいるからな」


 俺の言葉に一瞬だけ弥太郎が影がかかった顔つきをしたような気がした……。


****


「母さん、昼ご飯を食べに来たぞ」


 俺達は母さんの知り合いから、何とか母さんが決めた弁当の場所取り場を教えてもらい、ようやく、ここへとやって来れた。


 そこは土が盛り上がった高台のような場所で、短く刈った草の原っぱが広がっていて、なおかつ、ここからだと生徒たちのいた運動場が一望いちぼうできる。


 おまけに俺達だけの貸しきり状態のようで周囲には人はいない。


「いい場所じゃないか」


 俺と可憐は運動靴を脱ぎ、母さんが敷いたであろう青の大きなビニールシートに座り、辺りを見渡した。


 ちなみに弥太郎は何か飲み物を買いにいった。


 しかし、どこを見ても母さんがいないのが謎だった。 

 その代わりとしてシートの上には五段重ねの重箱だけが平然と置いてある。


「洋一さん、何かありますね」


 その重箱の蓋にメモ用紙みたいな紙が貼りつけてあるのに気づく。


「何だろうな?」


 俺は紙に書かれた黒い文字を目で追った。


『洋一、ごめんね。バイトの子が風邪で急に休んだから緊急で出勤になりました。可憐ちゃんと仲良く食べてね』


「母さん、今日は有休だったのにか?」


 俺は可憐に母さんの状況を説明した後、なぜ有休なのにと、首を傾げながら重箱の弁当箱をゆっくりと開ける。


 中から広がる七色の食材の詰め合わせ。


 そりゃ、こんな凝ったおせちのような手の込んだおかずなら、わざわざ俺に手渡しするのも納得がいける。


「さあ、いただこうか。可憐」

「でも弥太郎さんがまだですよ?」

「心配するな。自販機に飲み物を買いに行っただけだろ。すぐに戻ってくるさ」


「──そう、すぐに戻ってこれる。このようにさ」

「……やっ、弥太郎?」


 可憐に勘づかれない小声な彼の言葉と共に、俺の背中からズブリと鈍い痛みが伝わり、何か温かいものが流れてくる。


「なっ、何のつもりだ……」


 俺の背中に深々と刺さった鋭利な刃物。 

 恐らく家庭科室にある果物ナイフだろう。


じゃねえよ。お前にだけは彼女を渡したくなかったんだよ」


「……転入する前から私が先に目につけた女だったんだからな」

「ぐっ、お前が可憐を殺した犯人だったのか……」

「いや、可憐はこれからだ。先にお前から殺って絶望的な状況で彼女の命を奪うのさ」


 弥太郎がそのナイフを掴み、俺の体から抜いて嘲笑あざわらう。


「やっ、弥太郎、お前。自分が何をしているのか、分かっているのか……」

「そんなことはどうでもいいさ。

もう彼女と1つになれないならこうするしか手はない」


 そう言って俺の異変に勘づいた可憐がこちらに振り向こうとした時、弥太郎の素早い攻撃で腹から鮮血を飛び散らかして、俺の前へと倒れる。


「かっ、かれん……ごめんな……」


 赤い体操着の上から、さらに赤く染まった可憐を抱きしめながら、俺の胸から感情がこみ上げてくる。


 だが、そんな感情は痛みと共に消えてなくなった。


 俺は、またしても可憐を救えなかったのだ。


「可憐、私はこれからもずっとずっと君を愛してるよ」


 閉ざされる意識の中で、狂った性癖の弥太郎が俺から可憐を奪い、その彼女を優しく抱きかかえるのを目にしながら……。

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