第2話 可憐的な発作を呼び覚ます(2)

「──そうか、名前は陽氏ようしさんか」


 俺は彼女が走った後の土が弾けた地面を見つめながら感傷に心が走っていた。


「何だ、おい、洋一よういち。あの次世代のニューフェイスな可憐かれんちゃんが気になるのか?」


 そこへ、俺の肩を豪快ごうかいにバンバンと叩きながら寄ってくる男子がいた。


 同級生で同じクラスのチャラ男でキザで美意識高めの雷土弥太郎いかづちやたろうだ。  

    

「分かるぜ。彼女は可愛いし、男女ともに評判が良いからな。何なら紹介しようか?」

「なっ、お前。あの陽氏さんと知り合いなのか?」

「フッ。この私の女の子情報網を侮るなよ。この学校に入った初日から可愛い子に対するアンテナは常に張り巡らしておかないとな──ってあれ、何でそんなに私から距離を取るんだ?」


「……この妖怪アンテナ女ったらしに極悪非道なストーカー。半径二メートルは離れないとヤバい病に侵されるな」

「おいおい。それは何だ。私はインフルエンザーじゃないぜ」

「……しかも、インフルエンザーB

「違うだろ、私の血液型のBと照らし合わせるんじゃないっ!」


 弥太郎が俺の体操着の襟元を掴み、ロデオボーイのように激しく振る。


 もう10月という気候の中、まだ昼前の日差しは強く、その振動と一緒に俺の頭にプラスアルファでダブルパンチされ、クラクラで目眩めまいを覚える。


 ……って、俺の頭の表現力は中二病かよと思わずツッコミたくなる……。


****


「──全校生徒の皆さん、お疲れ様でした。お昼になりました。これから午後1時までの一時間は昼休憩のお時間になります。ゆっくりと食事をして静養せいようした後に午後からの体育祭のご活動にご参加下さい」


 そこへ、スピーカーからの日向ひゅうがさんの凛々しい声量の波紋はもんが広がり、薄汚れた体操着の生徒たちが昼食を求めて散っていく。


「──さあ、私たちも行こうぜ」

「だから何でお前までついてくるんだよ──どうせ俺の母さん目当てだろ」

「ノン、違うな。大平香代おおひらかよさんはお前の母限定ではなく、みんなのリアルアイドルだ。それから彼女はいつまでも18歳のままだ」

「何だよ? 母さんもアラサーのおばさんだぞ。ちょっとその設定は無理すぎないか? それにさ、最近は少しふとっ……」

「おっ、おい。洋一、後ろを」


 一体どうかしたのだろうか。

 弥太郎が恐ろしい顔に満ちている。


「ははっ、何を慌ててるんだよ。俺は幽霊なんて信じないたちだからな」

「いや、違うって……」


 はっ?

 俺は背後からゾクリと悪寒おかんを感じた……。


「誰がおばさんだって……?」


 後ろにとりついていたのは背後霊などではなく、肉眼ではっきりと分かる人間の骨格。


 その固まった俺の体勢からタワワンとした固まりが俺の後ろから頭におぶいさる。


「か、母さん!?」

「……それに今、太ったって言いかけたよね?」

「いや、あれは太巻き寿司のワードで……」

「だから嘘をついてもバレるのよ。そんな悪い子はお姉さんがお仕置きしちゃうからね」


 うっ、頭に乗っている物体が重すぎて首がどうにかなりそうだ。


 そりゃ、こんだけの巨乳の持ち主ならな。


 それを見ていた弥太郎がうらやましがってジロジロとこちらを拝見はいけんしている。


 おい、苦しいんだから見てないで助けろよな。


「──まあ、それはそうと、今日も新しい友達を連れてきたんだよ♪」


 ピンクの花柄がポイントな紫の浴衣を着た母さんが俺から二つの重石を外して、俺たちに手招きしている。

 

 相変わらず社交的でフレンドリーな親だな。

 また、早くも友達を誘ってくるとは。


 しかし、母さんは弁当を作って俺を応援しに来たのではないのか?


 しかもこの体育祭の時に……。


「──はい、紹介するね。陽氏可憐ようし かれんちゃん♪」

「はああ? 何だって!?」


 そんな気が動転した俺を横目に、桜の木の下に敷いたレジャーシートに、律儀りちぎに正座していた例の転校生が立ち上がる。


「……初めまして、陽氏可憐と申します」


 陽氏さんがご丁寧に頭を下げ、そして穏やかに挨拶あいさつをする。


「ど、どうも洋一です……」


 その真摯しんしな対応に俺も内心あたふたしながら、お辞儀を返す。


「可憐ちゃんとはさっきさ、登下校門で知り合ってね。今日は親がいないからコンビニでパンでも買うからと言ってたからさ。

──なら、一緒に仲良くご飯食べよと誘ったのよ♪」


 どこまでも楽観的な母親だ。

 本当に俺とは考えが根本的に違う。


「やっぱり、ご飯はみんなでワイワイしながら食べないとね♪

さあさっ、座って♪」

「──それではお姉さん、この我輩も横によろしいでしょうか?」

「まあ。弥太郎君、いらっしゃい。イケメンも大歓迎よ。どうぞ♪」

「いや、今日は香代さんは一段とお綺麗で」

「うふふ。いやだわ。誉めちぎっても何も出ないわよ、ふふ。

──あれ、ボーと突っ立ってどうしたの、洋一?

さっさとしないと食べる時間ないわよ」

 

「……ああ、分かった」


 どうして俺の気になる女の子がこうやって今、ここに座っておしとやかに一緒に食事をしているのか。


 これは単なる偶然なのだろうか?


 俺はそんな混乱を極めながらも割り箸を掴み、重箱のお弁当たちに手を伸ばすのだった。


 ──そう、ここから俺の決して平坦ではない物語が始まる……。

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