タテハ蝶に転生した矢先に再び人間に戻り、運命に抗ってみせる計画論

ぴこたんすたー

第1章 恋心とは本質的な状況から生まれるもの

第1話 可憐的な発作を呼び覚ます(1)

 一層と木の葉の色が芸術的に燃え上がる10月。

 秋風が爽やかな空気を運んできて、肺の空気が満たされる。


 こうやって、この唯一ゆいいつ生物が確認されている母なる惑星で無色透明な栄養を誰の金銭的な契約もなく、無条件で交わして過ごしていることは大切なことだと思うし、地球上で生きているとは言え、必然とは感じるが半分以上は奇跡だと思う。


 そう考えると生き物とは不思議だ。


 タダでうまい酸素が蓄えられ、体内を駆け巡り、瞬時に不要な二酸化炭素として吐き出される。


 それからやがて、その二酸化炭素は植物などに吸収され、光合成により酸素を生み出す。


 我ながらこの循環のシステムは素晴らしいことだと思う……。



 ──そんなミステリアスな空想を浮かべる俺の名前は、大平洋一おおひらよういち


 太平洋のような穏やかなさざ波の男らしい将来を夢見て名付けたらしいけど、俺はそんな大層でビックな男にはなれなかった。


 どちらかと言えば内気な方で陰湿な性格だ。

 

 影からコソコソと囁かれて『アイツ、女と付き合ったことあるのか、マジでキモいよな』とか言われることもしばしばあった。


 そう、ハッキリ言って俺には女っ気はなかった。

 男女の出会いごとは俺には不要だと思っていたから。

 

 ──その理由として、俺は昔からとある悪夢にうなされながら、

女性に対して恐怖を抱いていたからだ。


 その夢の中で俺は人ではなく、空を翔ぶ生き物となり、女の周りに纏っているのだ。

 

 腹から血を流し、目玉を開けたままの驚愕きょうがくな表情で倒れた遺物に関して、無我夢中でその血をすする俺。


 今、それを思い出しただけでも気分が悪い。

 

 ──俺が生理的に受け付けないもよおしを頭から排除はいじょしようと、その記憶を追い払おうとしたときだった。


『パアーン!』


 耳から銃の空砲音が響き、鼓膜がれる音がした。


 ……そうだった。

 今はこちらに集中するべきだ。

 

 ここは九州地方、佐賀県の片隅にある麗野うれいな市、俺たちが通う春風片隅麗野はるかぜかたすみうれいな高等学校。

 

 その学校の40回目の節目となる秋季体育祭を今日に迎えていたからだ。


 今の競技は、昼前の学年男女リレー競争で二年と一年が張り合っている。


「何、あの人、足速すぎない~?」

「こりゃ、二年負けたわ。アンカーにあんな子を出すなんて反則だよね」


 キャイキャイ騒ぐ女子二人を押し退け、俺は応援座席から身を乗り出して、グラウンドに目をやる。


「何するのよ。危ないじゃない」

「何を言ってる。避妊しても出来るものは出来るぞ」

「……なっ。あんた、相変わらず失礼な発言ね。女の子と付き合ったことあるの?」

「うるさい、二言余計だ。どれどれ……」


 バックヤードに目立つ茶髪の髪。

 

 その髪が緩やかに左右に揺れる馬の尻尾のようなアクセサリーを保ちながら、物凄いスピードで走っているヤツがいた。


 そして、胸元で揺れるバレーボールのような固まり。


「お、女じゃないか……」

「今年から男女リレーになったからね。どうしたの?」


 今まで向かい側の放送座席にいたはずの黒ぶち眼鏡の女子から声をかけられてビクリと猫ジャンプしながらじける。


 まさか、彼女は瞬間移動でも出来るのか?


「あはは、そんなに怖がることないでしょ。一応同級生なんだから」


 日向夏紀ひゅうがなつきという胸元に付けたネームプレートを見せて、穏やかに微笑んでくる女の子。

 

 いつも昼休み中にするりと流れ込む緩やかな天使のような曲紹介などをする聖母のような存在。


 女とは縁がない俺でも名前だけなら知っているけど、まさか間近で見ると、こんなにガリ勉みたいな顔だったとは……。


 案外、眼鏡を外したら美少女だったとか無しだぞ!?


「──彼女は、陽氏可憐ようし かれん。今年の秋に親の都合で転校してきた一年なんだけど、運動神経は抜群でね……」


 分厚い眼鏡を支えながら、俺に深々と説明する。


 確か、俺の記憶ではこの日向さんはこの他に生徒会の美化委員にも入っていたはずだ。


 まさにキャリアバリバリOL風なパーフェクトウーマンである。


「──で、その運動能力、特に陸上部顧問の一年のクラス担任の桜木さくらぎが、彼女の前の在学校の教師から教えてもらったあの脚力を気に入って、推薦で引き入れたらしいんだけど、まさか、あんなに桁外れな速さとはね」

「……桜木は鬼のようなスパルタ教師と言われているからな。彼女も根気強く育てれば、さらにタイムが上がるかもな」

 

 俺は日向さんに言葉を投げかけながら、陽氏さんのトラックでの走りを眺めていた。


 まさに有名な画家が人物画を頼み込むかのように彼女は絵になっていた。


 本当に見ていて美しい。


 流れるようなフォームに、美少女の頬に伝わる汗の水滴が宝石を散りばめたように綺麗に輝いている。


 俺は一時の想い出があった玩具に夢中になったかのように見入っていた。

 

 それから、ものの数秒で3番手からトップに返り咲いてゴールテープを切り、その場にふらつき倒れこむ彼女。


 転校して間もないのに温かな仲間に支えられたその顔は爽快な達成感──そう、自然な笑顔が彼女を包んでいる……。


「彼女、何か他の女とは違うな」

「えっ、キャー。またボクのファンが増えちゃったね♪」

「別に日向さんのことじゃないよ」

「むっ、その発言はひどいな。ボクは傷ついたぞ。ボクは女の子なんだからそこは嘘でも話を会わせなきゃ」


 俺は瞬く間に陽氏さんの放つ魅力にとりつかれていた。


「そんなんじゃ、陽氏さんに告白してもフラれるぞ~♪」

「別にそう言うわけじゃない!」

「まあ、ムキになって。可愛いトマトちゃんね」

「それ、普通チェリーって言わないか?」

「はい、あなた。それセクハラですよ!」


 俺は彼女のきわどい表情の変化に注目しながら、改めてこちらから話を切り出し始めた。


「──いや、俺はあなたじゃないよ。俺の名前は……」

「言わなくても分かってるわ。大平洋一君でしょ」

「何だ、よく分かってるじゃんか」

「それくらい同級生だから当然でしょ」

「なるほど昼飯前か。もうすぐ昼ご飯休憩だからな」


「何か、さりげなくボクに酷いこと言ってない?」

「気のせいだよ♪」


 ──そう、念のため、言っておく。

 これは恋ではない。


 ただ単に彼女、陽氏可憐を見ただけの純粋な感想だ。


 だから何度も自分の胸に言い聞かせる。


 これは恋ではないと……。

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