第28話 トヤマ 少年の、初陣

 町唯一の酒場を貸し切ると、町の代表を含めた住民たちを説得するため、彼らを可能な限り呼び集めた。

「随分と集まったな」

 ボールスが丸太のように逞しい腕を組み、感嘆する。俺たちの提案に真っ先に協力の意を示した彼は、町を東へ西へと奔走して有力者と話をつけ、今日の開催までこぎつかせてくれた。その厳つい顔には疲労の色がうかがえるが、内心はほっとしていることだろう。

 五十人分ほどの席しかない酒場のホールには、町の住民が五百人以上も集まっている。実に町の人口の半分を集めたことになる。この会議で彼らからの支持を得ることができれば、それはすなわち、町の総意を得たと言っても過言ではない。

 住民たちは所狭しと床に座り込み、暗い顔でぼそぼそと何事かを囁き合っている。信頼しているボールスがどうしてもと言うからと、無理にでも集まった彼らからの印象はあまりよろしくなく、彼らは先ほどから猜疑の目で俺たちをジロジロと見ていた。

「時間だ、そろそろ始めようか。まだ用紙をもらっていない人がいたら手を上げてくれ」

 カウンター席の対面。壁の前に作られた壇上に俺は立ち、開会の宣言をした。

 本来はこういった大勢での会議はマーリンが担当すべきだろう。オカヤマ国議会の議長である彼女ならば、堂々とした提案をこなし、言葉巧みに彼らの理解を得ることもできるだろう。

 だが、今回はそのようなわけにはいかない。俺が王となるためには、俺が彼らの先頭に進んで立たなければいけない。直接彼らと向き合い、威風堂々と提案し、彼らからの信頼を手にする必要がある。お飾りのように横にちょこんと座っているだけでは、ただの神輿になる。

 開会宣言に五百人の視線が一斉に集まる。これから行うことの重大さに俺の頭の中は白くなりかけ、心臓がせわしなく鼓動を繰り返し、全身を駆け巡る血液が体温を上昇させていく。

(飲まれるな、今日のために皆で頑張ってきたんだ! 失敗なんか絶対しない!)

 退きかけた弱気な心を蹴り飛ばし、臆せず一歩前に出た。

 何十人かは顔見知りがいるが、まずは自己紹介から始めた。当然、自分はトヤマ(富山)出身の者であると付け加え、町に無関係な余所者ではないと主張しておく。不思議と、人は同郷と知るだけでも警戒心を和らげるクセがある。現に集まっているうちの何割かは開会前とは目の厳しさが変わり、「まあ、ちょっとだけでも耳を貸そうか」と姿勢を改めていた。

「今回集まってもらった理由はひとつ、『どうかこの町を捨てないでほしい』――このひとつだ。この地域に住む多くの人にとっては、ここが生まれ育った故郷のはずだ。その生まれ故郷を捨てるという辛い選択を、俺はあなたたちに取って欲しくない」

 議題を掲げた途端、何人かが「また無茶なことを言う」と白けた目を見せた。中には声を出して否定する者もいた。大方、この会議の内容も、「町を捨てるのを止めて、みんなで頑張りましょう」程度の説得か何かだと思ったのだろう。

「勿論、町の置かれている状況は俺も知っている。現実的に考えれば、この地域一帯を捨てて他の場所に移り住むという案が有力だろう。――だが、それは最善の案じゃない」

 壇上の机から指示棒を手に取り、三メートル四方ほどの白い布が張られた壁を叩いた。

 途端、白い布を淡い光が照らした。布の形に沿った光には、大きく黒文字が映し出されている。文字には今回の議題と、俺が話すべきポイントのいくつかが簡潔に書かれていた。

 光の元をたどれば、白い布の張られた壁と向かい合うように置かれたテーブルが。テーブルの上には木製の木箱が置かれている。箱の上面はガラス張りとなっており、その上には文字の書かれた薄紙が敷いてある。壁に映る文字の内容と、薄紙の内容は同じだった。

 映写機――《プロジェクター》だ。箱の内部には魔力を蓄えた照明用の石が納めてある。ガラスを透過した光が薄紙を透かし、木箱の上に設置された反射鏡を介して白い布を照らし、薄紙の文字を写しているのだ。

「渡したプリントを見てくれ。ああ、大雑把な流し見で構わない。――何か色々と小難しいことが書いてあるだろ? これが全部、この町を捨てなくて済む理由と、その方法なんだ」

「ほう」と誰かが息を放った。町の救済プランの要点をいち早く理解した人間が、既に何人か現れたらしい。彼らは疑りの瞳を期待感に塗り変え、話の続きを待っていた。

「こちらが用意した、この町を救うプランは大きく分けてみっつある。ひとつ、町での生活を保障する経済援助のプラン。ふたつ、より強固なダムを完成させるための設計プラン。みっつ目はプリントには書かれていないが、これは後で触れることにする」

「まずは経済援助のプランからだ」と、俺は指示棒を振るった。プロジェクターの隣に座っていたランスロットが、プロジェクターに敷かれていた薄紙を次の薄紙へと差し替えた。

「現在の町の暮らしに関して言えば、俺が語るよりも、あなたたち自身の方がよく知っているはずだ。――そこのあなた、今の暮らしはどんなものですか?」

 住民の中から男を一人選び、発言を促す。選んだのは町の経済状況に詳しい商人だ。

「……最悪だ。無駄を一切減らしても、それでもまだ足りない状況だ。まず食料が足りない。着る服どころか、夜の寒さをしのぐ毛布も足りていない。今日明日を過ごすだけでやっとだ」

 言葉に苦味を加え、男は嘆息した。現状を再確認することによって、より辛く惨めな気分になったのだ。彼につられて、他の何人かが現状の酷さを口にした。

「経済援助ってあんたは言ったよな。こんな寂れた町に一体、何処の誰が援助してくれるって言うんだ? 余程の豪商じゃなくちゃ無理なことだぞ」

 男は肩をすくめて答えを求めてきた。俺は堂々と彼の言葉に答えた。

「《湖畔の国、シガ》と、《天下の台所、オオサカ帝国》の商人たちだ」

「シガ……オウミの商人か!」

 男が目を見張った。

「それにオオサカの商人だと……!? 日ノ本三大商人のうちのふたつが、この町に援助してくれるっていうのか……!?」

 町の商人たちがにわかにざわついた。

 シガの《オウミの商人》とは、日ノ本三大商人のひとつに数えられる優秀な商人たちの総称だ。「オウミ商人三方よし」とは彼らの商いの理念を表す言葉で、「売り手よし、買い手よし、世間よし」という意味がある。商売の利益というものはただのおこぼれであり、売り手だけではなく買い手の都合も考え、商売を通じて地域社会そのものを発展させるという考えだ。その理念を汲み取れば、オウミの商人がこの町を救うことも、特別おかしなものには聞こえない。

 そして同じく日ノ本三大商人である《オオサカの商人》だ。オウミの商人と気質を同じくする彼らは、《天下の台所、オオサカ帝国》を支える屋台骨である。彼らは人情を重んじ、かと思えばしたたかな交渉術を駆使するという商人の鑑と呼べる商人たちであり、その経済力とオオサカ国民特有の行動力にかかれば、この町の貧困状況など一瞬で覆すこともできるだろう。

「俺たちも一度、オウミの商人に経済援助を頼もうと思ったことはあるが……その時はツテが足りずに無理だった。そいつにまさか、オオサカの商人まで加わるなんてな……」

 町の商人たちは残らずどよめき、プリントに書かれた詳細な内容に目を通し始めた。乗り気ではなかった最初の時と比べ、あからさまに話に興味を持ったようだ。

「こいつはまさか、ボールスのおやっさんが嫁さんの実家を頼ったのか……?」

「いや、そいつは俺じゃない。そこにいる嫁さんの妹がやってくれた。皆はとっくに知っていると思うが、俺と嫁さんは駆け落ち同然で家を出たからな。俺自身にツテはまったくないぞ」

 痛いところを突かれたようにボールスは苦笑した。途端に集まる住民たちからの視線に、ランスロットは愛想の良い顔で手を振ってみせた。清楚という言葉そのものが形を得たような彼女の姿に住民たちは思わず呆け、そしてそれと対比する悩ましげな肉体に鼻の下を伸ばした。

 オオサカの商人との架け橋となったガウェインの方も人気だ。早速、町の商人たちに声をかけられた彼女は、「自分はオオサカ帝国の皇女である」と事実を述べるのだが、それも「やっぱりオオサカ人はジョークがうまいな」と真に受けてもらえない。

(よし、いけるぞ……!)

 確かな手応えだ。このまま畳み掛けるべく次の矢を放った。

「援助の詳細はプリントの後半部分にまとめてある。詳しい取り決めは後日行うことになるだろう。――さて、次はダムの建設に関するプランだ」

 指示棒を振るい、ランスロットに合図する。次に表示されたのはダムの設計図だ。

「何人かはこれを見ればわかるだろうが、これは前回建設したダムの設計図だ。こいつは確かに素晴らしい改良の施された、とても優秀なダムだとは俺も思うが、それでも足りなかった」

 言葉に無念さを滲ませる。ダム建設に関わっていた労働者たちからもため息が漏れた。

「基礎設計には問題がない。だがあの竜の力から耐えるためにはもっと工夫がいる。それもただの工夫じゃ駄目だ。――だから俺たちは、こうすることに決めた」

 設計図を叩く。ランスロットが即座に薄紙を差し替え、新たな設計図が映し出された。

「な!? こいつは……今度のダムはマギテスの技術を使う気か!?」

「おいおい、なんて設計をしてやがる! 基礎もまったく無駄がねえじゃねえか!?」

「あれは自動修復の力を持ったマギテスの紋章です! それに物体の強度を底上げするマギテスも組み込まれています! とてつもない完成度だ……あれならいけるかもしれません!」

 労働者と、町にいたマギテス使いたちからざわめきが起きた。

「これは俺たちと、オカヤマから呼び寄せた技術者たちとで考案した新型のダムの設計図だ。こいつには、《大都会、オカヤマ》の最新建築技術の全てが注ぎ込んである」

 俺がオカヤマの名前を出した途端、住民たちから「お~!? あのオカヤマの!?」と納得の歓声が上がった。どうやらこの世界では、オカヤマというものは日本でいう東京みたいなポジションらしい。「オカヤマの技術ならしょうがないな!」とか、「オカヤマはやっぱすげえや!」とか、彼らの発言にはオカヤマの技術に対する全幅の信頼が篭っていた。

「クソッ……こんなもんを見せられちまったら、体がウズいて仕方ねえ……!」

「だが、こいつを作るのには人手が足りないぞ!? 特にマギテス使いだ、そいつはどうする気だ!?」

 ダムの設計に携わっていた労働者から怒声にも似た声が上がった。俺は彼らの鬼気迫る勢いには流されず、落ち着いた反応をみせた。

「確かに、この町のマギテス使いだけでは手が足りないだろう。だから彼女と、彼女の弟子たちを頼ることにした」

 壇上の横に座っていたマーリンを手で示す。マーリンは静かに席を立ち、一礼した。

「マーリン・神具耶だ。私はマギテスの腕には少々の覚えがある。私はいわゆる旅の者であるが、縁あって諸君らに力を貸したく思う。私の弟子ともども、此度のクロベ川治水には全力を尽くす所存だ」

 短い挨拶だったが、彼女の名前を耳にした途端、住民の何割かは息を呑んだ。

「マーリン・神具耶……あの《灰色の魔女》か!? オカヤマで宰相をやっているとか聞いた覚えがあるぞ!? なんでそんな大物がこんな所に!?」

「そんな人が俺たちに力を……。話がうますぎる……ニセモノじゃないのか……?」

「失礼な! 私はオカヤマの魔術大学院で学んでいましたが、彼女のご尊顔は何度も拝見しています! 彼女は本物のマーリン・神具耶先生です!」

 どよめきと疑いに、町のマギテス使いの若者が叫んだ。彼は「私を覚えていらっしゃいますか、マーリン先生!?」とマーリンに問いかけた。マーリンは見る者を安心させる柔和な笑みを浮かべ、頷いた。

「勿論だ。君は第四十期生のトレル君だな? 君の卒業論文は覚えているぞ。小型化したゴーレムを人が入り込めない場所に潜り込ませ、遠隔操作で探査や人命救助を行うという案は実に興味深いものだった。今もその案は君の後輩たちが受け継ぎ、日々研究がなされているぞ」

 彼女からの暖かい返事に、マギテス使いの若者は感極まったらしく、大勢が見ている前で涙を流した。その様子を明確な答えとして、労働者たちは瞠目した。

「悔しいが、今のところケチはつけられねえ! さあ、次のプランはなんだ!?」

「今度はもっとすげえのを用意してあるんだろうな!?」

 最早彼らの目には期待感しか映っていない。「早く聞かせろ!」と腕を上げて急かす人間まで現れる始末だ。俺はあまりにも順調すぎて、危うくほくそ笑みかけてしまった。

(いや、次が一番重要なんだ! 気を抜くのはまだ早いぞ!)

 より一層と気を引き締め直し、決意の表情で指示棒を振るった。

「では、次のプランだ」

 プロジェクターに映し出された新たな文字に、住民たちは一人残らず息を止めた。

「――あの『竜を退治する』。これが、俺の用意した最後のプランだ」

 俺は壇上を叩くように両手を突き、宣言した。

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