01.黒い店

 



 カランコロンとドアベルが鳴った。陽気に客を迎えるそれは、黒を基調とした、モノクロの店内によく響いている。


『黒い店』が存在すると耳にした。そこではどんな仕事も受けてくれるんだとか。

 失せ物探しから配達、挙句の果てには護衛まで。幅広く、なんでも、やってくれるそうだ。

 切羽詰まっていた自分は、縋るような思いでその噂に頼った。そして、たどり着いたのだ、ようやく、噂の店に。


 店の中は噂の通り、殆どが黒かった。

 椅子やカウンター、テーブル、食器棚。瑞々しい緑色の観葉植物を入れる丸い鉢すら真っ黒だ。

 しかし、その黒さを明るく照らすように、店内の壁や床は白い。それが逆にいいアクセントとなっていた。


「いらっしゃいませー」


 ぼんやりと、どこか遠くにいるような気分で店内を見つめていると、カウンターの奥から声がし、そこから一人の、小柄な少年が現れた。


 150センチ程の身長を持つ、黒髪の少年だった。所々に紫色のメッシュが入った髪を顔の横、両サイドで軽く結い、余った僅かな髪を胸の方へと垂らしている。

 髪と同色の衣服はほとんど無地で、所々に紫色の線が入っているくらいが微かなオシャレポイントだった。それがなければ最早喪服である。店の黒さに合わせたような服装だ。


「まだ開店時間じゃないんですけど、なにかご用ですかね?」


 笑顔で吐き捨てた少年に、彼女は焦った。

 やばい。時間を見ていなかったと慌ててこの店──喫茶店『ダークアップル』の詳細ページを確認。開店時間夜19時と記されているそれに、くらりと目眩を覚える。


 どうしよう。出直した方がいいのだろうか。


 悩んでいると、「蓮さん」と声。見れば、屋内にいた一人の少女が、少年に寄って行っているところだった。


 桃色とオレンジ色を混ぜたような、不思議な髪色を持つ、色素の薄い水の色の瞳をした少女だ。彼女は白い衣服に身を包み、首からは雫型の、青いペンダントをさげている。

 花の形を模した飾りがついた白いカチューシャを頭にはめたその子は、寄った少年の耳にこそりとなにかを耳打ち。少年は「へぇ」と頷き、来客者である女を振り返る。


「わざわざ3日間も探し回ってくれたんだ? それは追い返すにはちょっと心が痛んじゃうなぁ」


 ギクリとした。なぜそれを知っているんだと。


 タラリと垂れた冷や汗を拭うことすら出来ずに佇んでいれば、少年は言った。「入ってよ」と。

 彼女はそれに、恐る恐るというように動くと、不可思議な雰囲気を醸し出す店内へ。屋内の埋まった一席をチラリと見てから、カウンター──少年の目の前へと腰掛ける。


「はい、いらっしゃいませ」


 二度目の、来客を歓迎する接客用語。

 彼女はそれを受け、沈黙。意を決して「あの……!」と声を発し、止められる。


「ココでは僕がルールだ」


 ひんやりとした声に、ぞわりとした。

 サッと血の気を引かせた臆病な彼女ににこやかに笑い、彼は告げる。


「ご注文はドリンクが出てからお願いするよ」


 つまりはワンドリンク制、ということだろうか?


 彼女はハッとして、無難ともいえるオレンジジュースを注文した。それを受けた少年は「かしこまりました」と恭しい態度で告げるとカウンターの隅へ。そこにある冷蔵庫を開け、オレンジのパックジュースを取り出すとそれを開封。中身を適当なグラスへ注ぎ入れ、後で氷を追加する。


「はい、オレンジジュース」


 カランと、氷と氷がぶつかった。


「で? わざわざこんな店を探すなんて、余程切羽詰まってたと思うんだけど、一体どんな用件があってココまで来たわけ?」


「あ、あの、そのっ……」


「落ち着いて話して。君の話を笑うつもりも蔑むつもりも毛頭ないからさ」


 優しい声色だった。先とは違う、本当に彼女のことを思っているような、そんな声色……。

 彼女は目尻に涙が浮かぶのを感じながら、出されたグラスを両手で掴んだ。震えるそれを落ち着かせるようにギュッと握れば、「お名前は?」と静かに問われる。


「……浅田……浅田メイ……」


「そ、浅田さん……もう一度聞くよ。浅田さんはココにどんな用件があって来たの?」


「わ、わたし、わたっ……殺してほしくてっ!!!」


 バッと顔を上げた彼女に、蓮は穏やかな表情のまま頷いた。そして、「どうして?」と優しく問いかける。


「か、会社で、イジメにあってて……ずっと、ずっと、同級の川瀬さんがねちねちねちねち陰口を……でも、それくらいなら耐えようと思ってましたっ! でも3日前、あの人、トイレに私を引きずり込んだかと思えば、も、モップを、あ、つ、突っ込んできて……っ!!!」


「……それは、それは……」


「し、し、しかも、その後、同じ部署の男の人たちに、わた、私の事強姦させて、写真撮って、それバラまかれたくなかったら会社辞めろってっ!!! 私だって、私だってこんなことされるくらいなら辞めたい、ですよっ!!! でも、でもお母さんたち心配するから、そんなこと出来ないしっ、かと言って耐え切れるかと言われたら無理だしっ!!!!」


 話してる途中、溢れた涙がボロボロと頬を伝い零れていった。多くの雫がカウンターを汚すのを視界、彼女はグシグシと目元を擦ると、顔を上げ、真剣に話を聞いてくれている少年を見る。


「お願いしますっ! 川瀬さんを、あの男たちを殺してくださいっ! お代は幾らでも払いますっ! お願いしますっ!」


「……殺し、ねぇ」


 少年は考えるように己の顎に指を当て、そして彼女を見た。「わかってるの?」と問う彼に、彼女は涙で濡れた瞳を向けている。


「この世界では死は無意味なものだ。死ねば名前も、死体も、生きていた痕跡も消え去る。残るのは情報屋と名乗る特殊な奴らの書いた新聞の中くらいのものだよ」


「わかってます。でも、いいんです。アイツらは苦しませるだけじゃ足りない。いっそこの世から消えてしまえばいいんだ……」


「……いいなら、こちらも良いんだけどね」


 少年は頷くと、紙とペンを取り出し、それに殺して欲しい者の名と勤める会社を書き出すよう指示した。こちらの提示する情報が本当にそれだけでいいのだろうかと悩みながら、彼女は紙に言われた事項を記入。少年へと渡す。

 紙を受け取った少年は記された情報を見てうん、と一度頷いた。


「これだけあれば情報はすぐ割り出せる。あとはお金なんだけど……」


 彼女は持ってきていたボストンバックをカウンターへ置いた。そしてそれを開け、中に入っていた札束を少年へと見せる。


「一千万あります」


「……ほう」


「足りないならまだかさまし出来ます。もう一千万くらいだったら、なんとか……」


「いや、これだけで十分だよ」


 苦く笑った少年はボストンバックを受け取り、それをカウンター内へ。床に置き、笑みを浮かべると、「殺し方はどんな風がいい?」と酷く明るく問いかけた。それに、彼女はこう答える。


「できるだけ、残酷に」


「かしこまりました」の声が響く。無意味なる殺戮依頼が、受諾された瞬間だった。

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