8

翌日。GW一日目。午前一〇時三〇分。起床。雨がしとしと降っている。ジメジメした朝は起きれる気がしない。眠るに限るな。こんな雨の日には流石に梨紗も相原も来るまい。それではおやすみ。

……結局この日は惰眠を貪り尽くし、俺は何もしなかった。なんか妹が下で騒いでたみたいだが何も知らなかったことにした。

さらにその翌日。GW二日目。本日の起床は午前一〇時七分。カーテンから漏れる朝日が暖かく俺を照らす。微睡みつつ軽く目を開ければ、なんとまぁうららかな陽気。嗚呼、これほど平和な朝だろうか。いやない。今日は生涯最高の、またとない二度寝日和に違いない。寝るぞ。俺は寝る。俺を執拗に揺らすチビなんて見ていないし気づいていない。「お兄ちゃん大変なのー‼︎」という声なんて聞こえない。何にも聞こえなー

「なんかお兄ちゃんの彼女だって人が来てるんだけど。あの人昨日も来てたよ?梨紗ちゃんを差し置いていつの間にあんなに可愛い彼女さん作っt̶̶̶̶̶ 「いやちょっと待てぇ⁈」

世の中とは得てして思う通りにいかないものである。てか誰だそんなご無体なことを申し上げる御仁は‼︎昨日騒がしかったのはそのせいかよ!心当たりは一人しかいませんけどね⁈

俺は急いで寝間着を脱ぎ捨てて他人に見せられる服装に着替え、赤兎馬顔負けの速さで階段を駆け下りる。こんな朝っぱらから何の用だってんだ‼︎

玄関には、俺が予想した通りの少女が呑気に突っ立っていた。

「はァ……はァ……なんの用だ相原……」

「あ、松島くんおはよ〜。遊びに来てあげたの。二日も私に会えなかったら寂しいかなぁって」

「で、本心は?」

「梨紗ちゃんからかおうかなって」

「殺されても知らんぞ……てか本人の家行けばいいだろ。どうやってこっち来てからかうんだ」

「難儀だねえ梨紗ちゃんも」

「はぁ?」

「いやいやなんでも。そんなことより私と遊ぼうよ〜」

「はぁ……ガキじゃあるめえし何して遊ぶんだよ……」

俺は頭をかきながら大仰なため息をついたが、それを既に予測していたのか、相原は最高にあざとい顔をしていやがった。

「松島くん、お願い♡」

……クソッ、これに対する耐性を持っている人間は是非とも対策を教えてくれ。俺は自分の頬が赤くなっていくのを感じながら、それを相原に悟られないようにそっぽを向く。

「ったく仕方ねえなぁ。……まぁテレビゲームとかあんだろ。とりあえず上がってくれ」

「ふふっ、ありがと♪」

俺は頭を抱えながらくるっと回る……と野次馬が二頭。いやらし〜い顔でこっちを見てニヤついていやがる。

「あらあら、雄太くんったら可愛い子連れてきちゃって〜もうすっかり大人なのねぇ」

「梨紗ちゃんに怒られないかしら?雄くん、修羅場になって刺されてもママ知らないからね」

「ねぇちょっと松島くんあの可愛い生き物何⁈」

三者三様、違うことを言われて返答に困る俺をよそに、家に上がってきた相原は、目を輝かせながら優衣を指差した。というかひどい親だな。息子が刺されるところをみすみす見ているだけだってのか。

 そんなことを思っている間も相原は構うことなく俺の腕を揺らしてくる。そういうの可愛いからやめてもらえますかね?世の勘違い男子高校生はみんな意識しちゃうので。なんとか相原のホールドから抜け出して、手短に答える。

「ん?あぁ、妹だけど」

「うっそやだ超可愛い!どうやって松島くんとDNA分けたの?優衣ちゃん何年生?私はお兄ちゃんのクラスメイトの相原夢乃って言います!夢乃ちゃんでも夢乃お姉ちゃんでも好きに呼んで‼︎‼︎‼︎」

「じゃあ夢乃ちゃんね!」

「きゃ〜〜‼︎可愛すぎる!」

相原は優衣に抱きついてほっぺたをすりすりしている。うちの妹が大層お気に召したらしい。男であればどんな羽虫でさえこんなことをしたら即喉笛を噛み切ってやるところだが、女なら許そう。てかお前、今俺のこと遠回しにディスったよな?可愛いDNAなんかこっちに分けられてもいらないんだからね!俺は負け惜しみも込めて精一杯肯定をしてやる。

「ふふん、そうだろうそうだろう。うちの優衣ちゃんは世界一可愛いんだ」

「えぇ……松島くんもしかしてシスコン?ごめんそれはちょっと引くわ」

「ちょっとお兄ちゃん!女の子の前でほかの女の子褒めちゃダメって習わなかったの?」

「ひでえよ⁈」

最近妹の様子がちょっとおかしいんだが?俺に冷たいんだが?ほっぺたすりすりさせてくれないんだが?まぁ最後のはさておき、まさか妹にダメ出しされる羽目になるとは思わなかったぜ…。悲しむ俺を華麗に無視して、相原は優衣を連れて階段を上って行ってしまった。

「雄くん、梨紗ちゃんにもちゃんと話すのよ?お母さんは何があっても応援するからね」

「だからそういうのじゃねえっつの‼︎」

「あらそう?はい、じゃあこれお菓子とお茶ね」

母さんは何食わぬ顔で俺にお菓子やらグラスやらの載ったお盆を手渡してくる。一転してなんとまぁ淡白な親である。息子に可愛い彼女がつくなんて微塵も予想してないようだ。

「優衣ちゃんもいるんだからあんまりその……エッチなのはダメだからね?」

「やらねぇよ‼︎」

前言撤回!野次馬根性溢れる親だわ。



「おーい、お菓子とお茶持ってきた……ってお前ら、何してる」

母さんとの問答もひと段落して階段を上り、自室のドアを開けると、俺のクローゼットを大っぴらに開き、なにやらもぞもぼごそごそと漁っている優衣と相原の姿があった。

「優衣たんがお兄ちゃんの面白いもの見せてくれるっていうから」

「どうしてお前は次から次へとトラブルを持ってくるんだ…」

「夢乃ちゃんあったよー!」

そう言って優衣が取り出してきたのは小さめの段ボール。おい待て優衣ちゃんそれはいかん。

俺の心の叫びをよそに、優衣は残酷にも幾重にも封印してあったテープやら包みやらを破り取り、段ボールを無造作に開きなすった。

「あったー!お兄ちゃんのノート!」

妹が段ボールの一番上から取り出したノートの中には、なんとも読みにくい字ででかでかと「天地開闢の書」と書かれてあった。

「優衣ちゃん待て待ってくださいちょっと待てぇ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

「あははっ‼︎夢乃ちゃんパース‼︎」

俺は大急ぎで机にお盆を置き、妹に飛びかかった。が、間一髪のところで妹は相原にノートを投げ渡していた。俺は妹に覆いかぶさる形となった。エロゲならこの後うんぬんあるのかもしれんが、妹は妹。それ以外のなんでもない。てか、そもそもそんな悠長に考えてる場合じゃねぇ‼︎なにせあのノートは中学二年生の頃の俺が熱に浮かされて書いたものであって、つまりだな……。

優衣の投げたノートを相原はしっかり受け取り、「どれどれ……」とノートを開いてぱらぱらと読み始めた。

「ふむふむ。『我は輪廻転生の業にありながらその運命から逃れし者。我がアートマンの記憶は自由自在に阿頼耶識からその受信が可能であり、従って我、松島雄太の前世、及び来世の記憶は全て共有されている。』ぷっ何これ……w」

「おいっ‼︎」

笑いをこらえきれない相原。俺は相原からノートを奪い返して、それを抱え込んだままその場にうずくまった。

「まだいっぱいあるよ〜?これが『華炎の魔導書』でしょ?それでこっちが『調査日記』で〜」

優衣は傷口に塩を塗るどころか熱したデスソースを塗りたくるが如くの所業を続ける。いやマジで段ボールの中身全部ひっくり返すのはやめてお願い。

「優衣……GW中に宿題いっぱいあったでしょ……それやってきてお願い……」

「あーーーーーー‼︎忘れてたーーーーー‼︎」

妹は頭を抱えてとてとてと俺の部屋から去っていった。これで元凶は消え去った。俺は急いで散乱しているノートを片付けることを試みる……が時すでに遅し。相原は俺のノートを傍に積み上げてパラパラと目を通してはくつくつと笑っていたのだった……。


俺が必死に捕まえようとするのを飄々と躱して、一通り俺のふさがったかさぶたを剥がした挙句中身をほじくり出した相原は満足したのか、ノートを返してくれた。

「うぅっ……アタシもうお婿に行けない……」

「いや〜ごめんごめん。面白くてつい……」

相原は、ちょっとばかりの謝意が感じられる口調で話しつつ、段ボールに再び封印を試みる俺の後ろ姿を眺めているらしい。

「それにしても良いもん書いてるね、思い出し笑いが……wくっ……w」

「お前は殺す。絶対に殺す」

「まぁまぁ、そんな物騒なこと言ってないでさ。今度なんかお詫びに言うこと聞いてあげるよ。エッチなのでも良いよ?」

「垢バレした時にはあれだけ嫌がってたくせにか?」

「あの時はさぁ……ほら、松島くんのことまだ信用してなかったし」

「信用した相手ならエッチなことされても良いってか」

「いやヘタレ松島くんがそういうお願いしてこないっていう信用ね?」

「ひどい言われようだな……」

まぁ、ヘタレであることもそういうお願いなんか恥ずかしくてできないことも認めるがな。気を取り直して、俺は相原にして欲しいことを思いめぐらせて、そういえば一つ梨紗以外の女友達にお願いがあることを思い出して相原に問うてみる。

「じゃあ、GW中どっかで買い物に付き合ってくんねえか」

「ん、別にいいけど。何買うわけ?」

「いやまぁ、梨紗の誕生日が近くてさ、何かプレゼント買おうかなって。いつも勉強教えてもらったりしてるし。そういうのも諸々含めてさ」

 俺は段ボールに一通りブツを詰め、テープでぐるぐる巻きにしながらぼそっと呟いた。こういうことを改めて口に出すのはなんだか恥ずかしいな。相原が後ろにいて助かった。

「それで別の女連れてデート?」

「お前なぁ……」

「まぁいいけど」

思いのほかあっさり承諾してくれた相原。こいつやっぱ根はいい奴なんだよな……多分。

「梨紗ちゃんもほんとに空回るねぇ……」

「ん?なんか言ったか」

「いやいや、ところで松島くん」

「なんですかまだなんかありますかねこの部屋」

「うん。あった」

相原は半笑いで返答したように聞こえた。俺はこの部屋にあるであろう見られたくないものを一通り思い起こしてから特に思い当たるものも……いや、あるな。一つだけある。絶対に見られてはならないものが。『それ』は確かに相原の近く、いや、正確には相原が座っているベッドのマットレスの下だったり、本棚の隙間だったり、リスクを分散させるべく沢山の場所に忍ばせてあるはずだ。

ところで、動物は自分のエサを住処の近くに置くと聞いたことがある。俺もまた動物なのだから、自分の住処に近いところにはもちろん俺の一番好みのエロ本が隠されているはずだ。どんなタイプが好みかって?んん……それはまぁ、振り向いてみればわかるだろう。俺は大きく深呼吸を数度してから、ゆっくりと相原の方を向いてみた。

するとそこには、予想通り困り笑いを浮かべてなかなかに自分と近似性のある、いかがわしい本を手に持つ相原の姿があった。俺は即座にいたたまれない気持ちになって背中を冷や汗が伝う。小学生くらいの時に好きだった由紀ちゃんに、友達に、俺が由紀ちゃんを好きだってことを本人に伝えられた時の気分だ。……いつの間にか俺の身の上話になっちまったな。男子は誰しも一度はそういう経験があると思うけどどうだろう。

そんな意識調査はさておき、俺は天井のライトを仰ぎながら、儚げにつぶやいた。

「もぅマヂ無理。 リスカしょ……」

「それはキャラが逆だよ⁈って……あーーーー……えーーーーーっとぉ……」

悲しみにくれている俺をよそ目に、相原の態度が突然変わる。まるで蛇に睨まれた蛙のようだ……ん?俺は記憶の引き出しを探った。我が家に訪ねてきそうで、相原が蛙になる相手を俺は知っている。そしてその蛇が苦手なものも。

ギ……ギ……と音がしそうなほどゆっくりと俺はドアの方を向いて、、そして目の前に現れた脚から少しずつ、少しずつ上を見る。するとそこには案の定、顔を真っ赤にして酸素を求める魚がごとく口をパクパクと開閉している梨紗の姿があった。そういう時は普段通り接するに限る。俺は梨紗検定準二級なんだ。

「あー、おはよう、梨紗。いい朝だn―」

間違いでした。最後まで言い終わらないうちに俺の頭に梨紗のサッカーボールキックが炸裂する。ボールは友達ってな。俺ボールじゃないけど。

「ゆ、ゆ、夢乃になんてもん見せてんの⁉︎バカ!変態!死ね!」

エロ本の表紙の女性と相原を三度見比べて、半ばヒステリーを起こしたママのようにこちらを見ている。梨紗の息子はさぞかし将来は大変な目に合うんだろうな……。

「待て……これには深いわけがあるんだ……」

「黙れ」

今にも事切れそうな俺の必死の弁明を一瞥して、梨紗は相原の元へ駆け寄る、

「夢乃、大丈夫?変なことされてない?」

「う、うん特には……」

「こ、これは私が責任を持って処分するから。それにしても雄太は長髪できょ、巨乳の子が好みなの……ぐぬぬ……」

「俺がなんだって?」

「お前に話しかけてない」

俺の家なのにこの仕打ち、酷くない?俺はGW二日目にして完全に叩き壊された平穏な連休にお悔やみを申し上げつつ、なんとか梨紗から受けた蹴りから回復して起き上がる。

「はぁ……そんで君は俺の安眠を妨げて何しにきたのかね」

「言ったでしょ?ほ・し・ゅ・う」

「マジずら?」

「私、冗談は言わない」

ふふん、と自慢げに無い胸を張る梨紗。そりゃ確かにGW中にやるべき課題とかいって見たくもない量の英語と数学の課題が配られたが……休み期間中の宿題ってのはやらずに踏み倒すところからがスタートだと思うんだが……どうやら梨紗は俺の思惑を察したらしい。

「課題終わるまで何もやらせないから」

「え〜?私、松島くんとエッチな本の読み合わせするつもりだったのに」

「ば、バカなこと言うにゃ!」

「おぐっ」

梨紗は相原に怒ったはずなのに俺に八つ当たりしてきやがった。コボルスキみぞおちフォリシッッッッ‼︎……みぞおちは痛いです。

「と、とにかく雄太は課題終わるまで何もしちゃダメ!夢乃は優衣ちゃんと遊ぶか静かにしてて!ゆ、雄太に手出しちゃダメ!」

「ふふっ。はーい」

含みのある笑みを浮かべながら相原は俺の部屋を後にした。少し遠くから「優衣たん、テレビゲームしよ!」「大乱戦スマートシスターズあるよ〜!」「ほんと?やるやる!」と声が聞こえてくる。そのスマシス俺のだぞ。


「えっと円の接線は……」

「違う。この点を通るんだからこれで方程式を作って……」

「んんん?」

「一次方程式の立て方、覚えてるでしょ」

「っあー、わかったわかった」

相原に(不本意ながら)起こされてからかれこれ一時間と少し。一階からは相原と優衣の楽しげな笑い声が響いてくる。俺は梨紗に課せられた、『数学の課題を半分終わらせる』という本日のノルマを終了せんとする山場に差しかかっていた。

「この調子なら昼までには終わりそうだな」

「うん。雄太、前より解くのが早くなってる」

「お、本当か?そりゃあ良かったぜ」

「うん。だからとっとと終わらせよ」

「おう、任せとけ」

俺は笑って頷いた。幼馴染とはいえ、褒められると素直に嬉しいもんだ。しかも梨紗はご丁寧に自分の分の宿題を進めつつ、俺が終わるのを待ってくれている。よくできた幼馴染だよほんと。


梨紗に言われた課題をしっかり終わらせて、昼飯を食って、ついに俺は自由を得ることができた。梨紗も俺がノルマを達成したことが予想外だったらしくて驚いていた。普段俺そんなに勉強してないかな。してませんね。はい。監獄から解き放たれた俺はとりあえずリビングに降りてスマシスを遊んでいる優衣に声をかけた。

「優衣、相原強い?」

「夢乃ちゃん超弱―い!」

「松島くん!優衣たんCPUより全然強いよ!」

「そりゃ単にオメーが弱いんだよ……」

てかCPUに勝てないの?お前。ゲーム下手すぎるでしょ、とは口に出せない。だってそれに引けを取らないくらい弱いやつを俺は見たことがある。どうやらそいつも階段から降りてきたようで、その姿を目ざとく発見した優衣が声をかける。

「あ!梨紗ちゃん!梨紗ちゃんもスマシスやろ!」

「いや、私は……」

「安心しろ梨紗、どうも相原はお前と張れるくらい下手くそらしい」

「は?別に私下手くそじゃないし」

「梨紗ちゃんもやろ!ね?」

「もう……仕方ないなあ」

優衣のお願いには勝てないらしく、梨紗はしぶしぶといった体で了解したが、俺は梨紗の口の端が少し上がっているのを見ていた。なんだよ、楽しみなんじゃねえか。


それから数日、似たような日々が続いた。午前中に惰眠を貪り、昼過ぎに相原が優衣を甘やかしにきて、危険察知センサーでも付いているのか梨紗がやってくる。日々、梨紗に言われたノルマをこなし、終わればスマシスをやる。ちなみに、相原は二日目で宿題をやっていないことがバレて俺とともに梨紗の監視下に置かれた。俺の当初の予定であった一四〇時間睡眠という名の王道楽土は跡形もなく粉砕され、残り全ての日を睡眠に費やしても目標は達成できそうになかった。もともと達成する気もないんだが。

そんで、GWも気づけば七日目だった。そうそう、やっぱり梨紗と相原はすげえ弱かった。小学六年生の優衣と戦って勝率が一五%くらいなもんだ。そうこうしているうちに五月に入って、元号が変わった。テレビ中継していた種々の儀式も一応見てはいたもののあまり実感はわかなかった。元号の変わり目なんてそんなもんなのかね。

「そんなもんでしょ」

「そんなもんだねえ」

「人の回想に入ってくんな。元号変わったってのにお前らはなぜ懲りずに我が家に来るんだ?」

「やることないからねぇ」

「安心して。今日のノルマをクリアしたら課題は全部終わり。雄太は晴れて自由の身」

とまぁ、あいも変わらず我が家に入り浸る女子が二人。こいつら俺をおもちゃにして遊ぶ以外にやることがないあたり、ほんとに友達がいないらしいな。

「とりあえず梨紗が怒る前に宿題終わらせるか……」

「頑張ってね〜」

ひらひらと手を振る相原。こいつ、勉強をしてないだけで要領はかなり良いらしくて、俺の二倍くらいのペースでぽんぽんと課題を進め、昨日で全部終わらせやがった。世の理不尽を嘆きながら階段を上る俺の後ろで楽しそうな声が聞こえる。

「夢乃ちゃんあそぼー!」

「もっちろんだよぉ優衣たん♡なにする⁇なにする⁇⁇⁇」

「スマシスは後で四人でやるから今はマオリシスターズやろ!」

「いいよ〜〜〜〜‼︎」

キャラ変わりすぎだろ。優衣を甘やかしていいのは俺だけなんだかんな‼︎


「梨紗、ここわかんねんだけど」

「これは分詞構文だから、訳し方があって…」

「はー、そうなのか」

「これ、去年の二学期やったはずなんだけど」

「ちゃんと覚えてる覚えてる、うんうん懐かしいなぁこれ‼︎」

「ほんとは三学期だけど」

「おのれ謀ったな⁈」

「バカなこと言ってないで早く終わらせれば?今日はスマシスの決着つけるから」

「ん?あぁ」

決着もクソも、俺はGW中、優衣には負けてやることがあったにしろ梨紗と相原は(日頃の恨みを込めて)全ての戦いにおいて秒殺していたはずなんだがな……。

「ま、覚悟しておきなさい」

不思議がる俺の顔を見て梨紗は鼻で笑っている。なんかあんのか?ちょっと不安になってきたな……。


それから小一時間ほどして、やっとの思いで問題集の最後のページまでたどり着いた。

「これで終わりか……!」

「……うん、よくできてる。お疲れ様」

「いやーちょうど英語ができないところ多かったし助かった。サンキュな梨紗」

「べ、別にいい……けど……」

自分のの宿題はとっくに終わっているはずなのに、最後まで面倒を見てくれた梨紗に俺は素直な感謝の気持ちを伝えた。毛先をみょんみょんさせる梨紗。珍しく照れが仕草に出てる。こうも照れられるとなんだか恥ずかしいぞ……。照れを隠すべくことさら明るく梨紗に告げた。

「そうと決まれば下行ってスマシスやるか!」

「……ん」

揃って立ち上がり、俺と梨紗が下へ降りて行くと、足音を聞きつけてか優衣がとてとてと階段の下で俺らを迎えにきていた。

「終わったぜ」

「思ったより早かったね」

「お兄ちゃんスマシス大会だよ!ビリは優勝者の言う事なんでも聞くの!」

「乗った‼︎」

「ちょっと梨紗なんでそんなやる気だしてんの?」

日頃の俺への恨みですかそうですよね。今まで負け続けてきたのに俺に勝てるとは思えないので、恨みを晴らすのは別の時にしてもらおう。

「てか相原、面白そうな顔すんな。絶対お前の入れ知恵だよなそうだよな⁈優衣に変なこと教え込んだら永久出禁にするからな‼︎」

「はいはーい」

「お兄ちゃんはやくー!」

俺からの誹りを物ともせずテレビの前へ向かう相原、異様にやる気を出す梨紗、楽しそうな優衣。かくして、松島家にてスマシス大会が開催される羽目になった。


「ルールは簡単!四人で二回戦って、各回ごとにライフは一つ、四位は〇ポイント、三位は一ポイント、二位は二ポイント、一位は三ポイントで合計点数の高い人の勝ちです!」

「ですっ!」

説明する相原と同調する優衣。だから何でお前が計画してんだよ。あと優衣ちゃん可愛い。

「それでは早速始めるよ!はい座った座った!」

強引に話を終わらせてどすっと床に座り込む相原。こいつ、よく考えたらここ数日Tシャツにジャージ、サンダルと中々我が家に馴染み始めていやがる。……いやジャージて。年頃の男の子の家に来る服装としてはいささかラフすぎるのでは?ここはスーパー銭湯か。

「松島くんの家じゃなくて優衣たんの家だと思ってきてるから。しかもお風呂いただいたことないし」

「心を読むなっつの」

そんなに表情に出てるんだろうか……と心配になってきた俺をよそに優衣達は心底楽しそうに準備をしている。

「梨紗ちゃんやろー‼︎早く座って‼︎」

「うん。優衣ちゃん、そんなに急がないで」

梨紗と優衣はソファーに座ったらしい。我が家のソファーは三人がけだが、三人で座ると少し狭いくらいのものだ。流石に梨紗と密着するわけにもいかないので(そんなことすると優勝できねえ)、相原の隣の床に俺は座り込んだ。

「梨紗ちゃんの隣じゃなくていいの⁇」

「勝てなくなっちゃうだろが」

「やっぱりヘタレだ」

「いや、物理的にプレイヤーが行動不能にされちゃうから……」

「お兄ちゃんたち、なに変なこと言ってるの?じゃあ始めるねー‼︎」

俺と相原の激しい舌戦を「変なこと」で一蹴する優衣。お兄ちゃんはそろそろ妹に嫌われないか心配です。

何はともあれ、このスマシス大会、相原か梨紗がビリになるのは目に見えている。かといって俺が勝つのも忍びないからな……。ここは優衣を接待スマシスで優勝させておいてから俺は二位か三位に落ち着くのが妥当じゃなかろうか。

とはいうものの、こいつらが弱すぎるだけで俺もスマシスはさして強くない。隼人と歩とやったりするとあっさり負けて二人のハイレベルな争いを眺めていることもしばしばだからな。あいつらうますぎる。

うまく立ち回れるだろうか、と考えながら俺はいつも使ってるボケモンの青と黒の狼を選択する。こいつが出てた映画が一番好きだ。多分十回くらい見てる。俺が作戦を練っている間に残りの三人はといえば黙々と準備を進めていた。目に炎が宿っている。やっぱりビリは嫌だよなぁ、うんうん。

ロード画面から切り替わり、テレビから『Ready?』と音がして各々が選んだキャラが画面に表示される。俺は慌てて画面を注視した…が隣に座っている奴が肩をちょんちょんと叩いてくる。ええい鬱陶しい。こういう時は無視するに限る。

「松島くんや」

「……」

「ねぇってば」

「……」

「ね〜ぇ〜」

「なんだよ」

再三の声かけにこっちが折れて相原の方を向くと、普段と同じように若干の上目遣いでこっちを見ている相原がいた。

ただ一つ、普段と違っているのは相葉が普段とは違って制服ではなくTシャツという無防備な格好をしていたことだった。こちらに顔を近づけるため、上半身が前屈みになっている。つまり何が言いたいかというと、Tシャツの胸元が重力で下に垂れ、合間から肌色の山脈がバッチリと視認できる体勢だった。

透き通るように白い肌と、体勢を変えたことによってはらりと落ちる琥珀色の髪。こいつほんとに髪きれいだな…。普段使いの服なのか、我が家とは違う洗剤の香りがふわっと漂って、いつものリビングの匂いと混ざる。なんか背徳的な気分になってくるな……。いかんいかん。妹の前でこれ以上の醜態は晒せない。心を落ち着けて、俺は目をそらそうと努力した。

「なっ……おまっ……ちょっ……何してっ……」

予想以上にか細くて頼りのない声が俺の喉を通って出てくる。てか裏返ってるし。男子高校生は無力。だいたい目をそらせるわけねーだろ。シナプスが電気信号を流して俺の目をそこに釘付けにするよう命令していた。これが乳ロサイエンスか。すごいぜ。    

……いやマジでなに考えてんのこいつ⁈どうやら相原はここまで全て計算していたようで、ふふんとこっちを見て笑った。

「この前の研究成果だけど、松島くんはTシャツを着てる子が好きみたいだねえ?」

こいつ、いつの間に俺のエロ本を……ってあの時かァ〜〜……。悲嘆に暮れて肩を落としたとき、「ハァッ!」と物騒な音がする。そ、そうだ!スマシス!もう始まってるんだった‼︎‼︎とりあえず今はスマシスに集中しなければ……。

そう思って顔を背けて画面を見ると、ちょうど俺の使っているキャラが無残に吹き飛ばされているところだった。

「ル、ル○リオ〜〜〜‼︎‼︎」

「いえーい松島くんの気をそらして真っ先に倒す作戦だいせいこーう!」

「いやーん、お兄ちゃんえっちー」

「夢乃!優衣になんてこと教えてんの!バカ!雄太も!」

三人は声こそあげるものの全員が画面に集中している。相原が○リン、優衣が○―ビィ、夢乃がメ○ナイトを使っているらしい。丸っこいもんばかりだな。そんなことより優衣に嫌われてしまうかもしれない方がショックだ。お兄ちゃんもう生きていけない。

俺が絶望に打ちひしがれていると、優衣のピンクの丸いやつが岩へと変化して二人を吹き飛ばして『GAME SET!』と小気味良い音がリビングに響いた。

「やったー!優衣の勝ち!」

「バカな……」

「あちゃー、やっぱ勝てないかー」

「待て、色仕掛けは反則じゃないのか?」

「引っかかる雄太が悪い。死ね」

辛辣だぜ……。涙目になる俺を優衣がよしよししてくれた。優衣しか信じられないよもう。俺の哀れな姿を一瞥しながら梨紗は相原を羽交い締めにしてソファーに座らせた。

「ゆ、夢乃も変なことするんじゃないの!ソファー座って!」

「はーい」

されるがままにソファーに座る相原。これで床には俺一人、ソファーに梨紗と妹と相原が座ることとなった。

「クソ、次は負けねえ」

俺は自己暗示をかけるようにつぶやいた。俺は強いんだ、俺は勝てるんだ、ほかのトラップになんか引っかかるものか、と思っていると不意に後ろから声が飛んでくる。

「雄太、頭邪魔だからもう少し後ろ下がって」

「お?こうか」

「もう少し」

言われた通り後ろに下がった俺の左右を何やら黒い物体が通り過ぎたかと思うと、突如目の前で交差してこちら側に迫ってきた。

「ぐっー……うっーァッー……ぐるじ……梨紗、これ、息できn―『Ready? Go‼︎』

んなッ……人が呼吸に苦しんでいるときに戦闘開始だと?Ready? Go‼︎じゃねえぞコラ。準備できてねーよ。おいちょっと待て。

しかし現実は残酷である。時は俺を置き去りにして進んでゆき、丸っこいの三匹が気高き蒼い狼に襲いかからんとしていた。くっ、相棒のためにコントローラーを動かさなければ……。俺は薄れゆく意識の中でコントローラーを握って戦闘を試みる、が努力虚しく相棒は(正確には梨紗と相原のキャラもまとめて)優衣の○―ビィのハンマーで場外に吹っ飛ばされていた。

「やったー!」

「優衣たん強―い!」

「そんなバカな……」

「ゴホッ、ゲホッゲホッ……はぁ、はぁ……」

俺のビリと優衣の優勝が確定して愕然とした梨紗の足は俺の首を三角絞めから解放して、なんとか失神寸前で気道の確保に成功した。大きく深呼吸をしてから異議の申し立てを始める。

「いや落ち着け、色仕掛けと現実世界での暴力はルール違反じゃないか?」

「「「そんなルールないよ?(けど)」」」

「うっ……」

あっさり論破されてしまった。ぐうの音も出てこない俺に、目をうるうるさせながら優衣が迫ってくる。

「お兄ちゃん、優衣のお願い聞いてくれないの……?」

「任せろなんでも聞くぞ何がいい?」

「ダサ……」

「チョロっ……」

うっせー、別にいいだろ、というか叫びは心の中にとどめておく。こいつら俺をおちょくるときは信じられないくらい簡単に仲間になるからな。キュアパッションもびっくり。それに俺の順位が想定外なだけで当初の予定は達成されてるんだからな!

「じゃああとでコンビニでハー○ンダッツ買ってきて♡」

「任せろ」

五月になったからお小遣い貰えてるもんね、優衣に貢ぐことなんてなんでもないよ!

「……私も甘やかせ、ばか」

「なんだって?」

「なんでもない!今日はもう遅いから帰るって言ったの!」

今日は午後になって二人が来たのでゲームも始めた時間が遅く、時間を見ればもう五時過ぎだった。

「あ、明日は家族で出かけてるから。夢乃に変なことしたら殺す」

「お前はいつから俺の飼い主になったんだ」

「へ、変なこと言うな!」

そういうと相原はバタンと扉を閉めて帰っていった。

「なんだってんだ?」

「はぁ、バカだなぁ松島くんは」

「お前もかよ、なんなんだ藪から棒に」

「なんでもありませーん。私もそろそろ帰るね」

「あ、そうだ相原、明日暇なら前約束してた買い物付き合ってくれよ」

「はぁ……ほんとばかだねぇ、まぁいいけどさ。そんなに時間かからないんでしょ?一時過ぎに津田沼駅ね。それじゃ」

やれやれ、といった風に大袈裟にため息をついてからひらひらと手を振りつつ梨紗と同じように扉から出て行く相原。何にため息をついているのか俺はさっぱりわかんねえがとりあえず行ってもらえるらしい。感謝感謝。

「おにーちゃーん‼︎アイスー‼︎」

「わかったわかった、今買ってくるから」

妹に急かされ、俺はいそいそと近所のコンビニに出向くのだった。これ、実はほとんどパシリなのでは……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る