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翌朝、俺がいつも通り家から出ると、目つきの悪い梨紗が待っていた。なんならその隣にはニコニコ笑っているメガネまでいた。

「オイ、なんでお前がいる」

「え〜?だってぇ、私とまつs―ったいなぁもう!」

ぶりっ子口調で喋っていた相原は途端にすねを抱えてうずくまった。隣の梨紗がローキックかましただけなんだが。サッカーなら問答無用で退場まである。

「夢乃、それ以上やったら骨までいくから」

そう言って梨紗がすたすたと歩いて行ってしまったので俺も急いで後を追う。今日は心なしか機嫌が良いような気がする。それに夢乃って……もうすっかり仲良しさんじゃん。相原のやつ、どんな魔法を使ったというんだ。パパ号泣です。心の中で。

「お前、ちゃんと友達作れんじゃん」

「そ、そんなんじゃない!ばか!」

梨紗は、顔を真っ赤にして俺をひとしきりぽかぽか(今日はこの音が似合うくらいに可愛いものだった)叩いてから顔をふいと横に向けてしまった。ちょうど顔を向けた先には痛みから復帰した相原が、完璧なタイミングで俺らに追いついた。

「え〜友達じゃないの〜?私ぃ、梨紗ちゃんとぉ、お友達になれたと思ったんだけどなぁ」

うわ〜とてつもなくうざいニヤニヤだ……だいたい「私ぃ」ってなんだよ、ゼクシィかなんかか?今月は結婚特集なのそうなの?

「キモい」

「ひっどーい!」

頰をぷくっと膨らませて可愛こぶる相原と照れながらもなんとかクールな性格を保とうとする梨紗。凸凹ゆえにうまく噛み合っているように見える二人を見て、なんだかちょっと寂しいような嬉しいような気持ちだ。これが娘を嫁に送り出すパパの気持ちだろうか……。数分間で二回もパパになっちまったぜ。

それから、俺らの学校での会話には相原が加わるようになった。これまであまり喋らなかった梨紗も、相原に煽られて会話することが目に見えて増えていった。シャーペンで俺の左腕刺すのは相変わらずなんだが、それは照れ隠しのご愛嬌ということで大目に見てやろう。


つつがなく日々は過ぎて、あっという間に週末になった。何もないってのが一番いい。平和が好き。平凡万歳。と言いたいところだけど、生憎今週末は平凡じゃない。今日は四月末なのです。何を隠そう、全日本人の愛してやまないGWがすぐそこに来てる。しかも今年は出血大サービス。聞いて驚け、夢の十連休だ。生前退位を決めた天皇陛下に感謝。日本万歳。就職先は防衛省で決まりだね。ま、とはいっても何の予定も入ってないんだけどな。目標は二四〇時間中一四〇時間睡眠といこう。

心の中で自分だけの目標を決めた俺の耳に、終礼に来た里穂ちゃんの声が届く。

「期間中は学校空いてないから注意してね〜!連休だからって羽目を外し過ぎないように!宿題もちゃんとやること!あ!そうそう、企業見学はGW明けの週の水曜日だから、くれぐれも忘れないでね〜」

「里穂ちゃんはGW何してんのー?」

「何もしないよぅ?」

クラスメイトの誰かが半ば冗談半分に里穂ちゃんの予定を聞く。なんも予定ないのかよ。それはうら若き(?)独身女性としてどうなの?という気持ちはさておき。里穂ちゃんは元気よく終礼を終える。

「それじゃあ解散!良いお年を〜」

今日は扉に頭をぶつけずに教室を出ていく。こういうときの掛け声って良いお年をでいいのか?新元号始まるし、一応年末なのか?とか益体もないことを考えていると、両隣から一斉に言葉がかけられた。

「松島くーんGWは梨紗ちゃんなんかじゃなくて私と遊ぼ〜?」

「雄太、GW中は雄太の家で補習。夢乃は来んな」

ひょっとして、これがモテ期ってやつなんじゃなかろうか。俗に言う両手に花か?普通の男子歴一六年くらいのこの俺が、女の子に取り合いをされる日が来るなんて……。違いますか?違いますね。

いやいやわかってるよ?相原は俺をからかってるだけだし梨紗は俺を監視するのが目的ってことくらいな。俺がめちゃくちゃスパムアカウントに騙されるから、幼馴染みとして気にかけてくれているのだろう。相原はなんで俺をからかうんだろうなぁ……。摩訶不思議である。わからないので俺のことが好きだということにしておこう。冗談です。頭の中くらいは夢を見させてくれたっていいじゃん。

いやね?梨紗も相原もぶっちゃけ可愛いよ?俺だってGW中に可愛い女の子と遊ぶなんて夢のようだぜ。でもこの二人は違うじゃん?可愛さを相殺できるくらい幼馴染とメンヘラクズじゃん?絶対にめんどくさいという感情が勝つに決まってる。俺は波風を立てず一〇連休を過ごしたい。俺は二人の声が聞こえなかったことにして席を立った。後ろ髪がちぎれそうなほど引かれる思いだが……痛い。あの、リアルに後ろ髪掴んで離さないのやめてもらえますか?

「俺は自宅で一人で安静にするの。二人で遊んでなさい」

「遊んでくれないとリスカした写真と『彼氏に振られた><住所公開しちゃうもんね』って文面投稿するからね」

「私は普通に侵入する」

「物騒すぎんだろ⁈」

これが新手の脅迫か、くっ卑怯な……。俺は負けじと対抗する。

「フッ……GW中は家にいると相場が決まってるんだ。男子高校生に何もされない自信があって遊びたいなら家まで来るんだな」

「ねぇ梨紗ちゃん、松島くんってヘタレ?」

「間違いない」

「オイ梨紗」

「私、雄太の部屋で二人きりに何度もなってるけどそ、そういうにょいちどもにゃいっ」

恥ずかしいなら噛むなよ……、と廊下を歩きながら思う。てか廊下でなんて話をしてるんだ。

「じゃあ大丈夫じゃん、明日から遊びに行くね?ちゃんと起きててね」

トントン拍子に話が進んでいくが、そうも単純な気持ちではいられない。俺は足を止めた。

「いやちょっと待て。落ち着け相原。いくらなんでも無防備すぎる」

振り向いてきょとんとしている相原。やがて、俺の言葉の意図を察したのかドヤ顔で笑ってきた。

「私ね、他人の感情に過敏なの」

「は?」

いきなりなんの話してんの?こいつ。

「松島くんは私のことが結構好きみたいでだいたい何言っても嫌がらないし拒まないよね。私、わかるの」

「ちょッおまッ何言って……‼︎」

相原はおもむろに近づいて来て、上目遣いに俺を見つめる。吸い込まれそうに綺麗な瞳、みずみずしい唇、やばい…これは、やばい…。

「やっぱり図星だ♪だから、松島くんは私がお願い♡って言えばなんでもしてくれるだろうし、イヤって言えばなんでもやめブフォォォァ!」

突然、相原は俺の目の前で崩れ落ちた。またオレ何かやっちゃいました?(照)

……いやいや、冗談。わかっている。こんなの犯人は一人だ。

「ゆ、ゆ、夢乃‼︎」

「っつぅ〜ごめんごめん、松島くんの反応が面白くてついつい遊びすぎちゃった」

顔を真っ赤にして相原に抗議する梨紗。相変わらず仲が良さそうなんだが、梨紗ちゃんがヴァイオレンスで雄太くん心配。

それにしても、相原は危険な奴だな、うん。ギャップってモンをよーーーくわきまえていらっしゃる。これからは気をつけないと……。

どうでもいい(よくはない)話をしながら昇降口から出る。気づけばすっかり桜は散って、葉桜の季節だ。日が出ている時間もだいぶ長くなってきて、俺らの間を吹き抜けていく風は湿気を含むでもなく、かといって乾燥しているわけでもなく、とても心地良くて、このまま四月末が一生続いてもいいかな、なんて思ってしまった。もうすぐ五月だなぁ。今年の四月は一六年と少しの人生の中で一番目まぐるしい四月だったんじゃなかろうか。しかもこの日々はもうしばらく続きそうだ。俺は前を歩きながら口論を続ける二人を見て、俺は肩をすくめる。

「やれやれ」

「「なんか言った?」」

「いえなにも!」

地獄耳かよ。こんな日々もたまには悪くはないんじゃないかな、なんて心のどこかで思っている自分がいることを自覚しながら、俺は空を仰いだ。

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