1-26 大食い属性も追加で

「へい、らっしゃい! 何にする?」

「ここに載ってるメニューを一通り全部――アイタッ!?」


 入って早々馬鹿なことを言い出した馬鹿の後頭部を、ライトは容赦なく引っ叩く。


「俺は麦酒。こいつには適当にジュースでも出しといてくれ」

「ライト、何をする!」

「はいはい、ごめんごめん。文句なら後で幾らでも聞いてやる」


 店主に注文し直し、面倒臭く絡んできたアリサを軽くあしらう。

 アリサの顔はまるで茹でタコのように真っ赤になっており、その目もトロンと溶けてしまっている。


 誰がどう見ても、酔っ払っていた。


「お客さん。これ二次会かなんかかい? 隣の嬢ちゃんすっかり出来上がってるように見えるが」

「……まあ、そんなところだ」


 すっかり憔悴しきった顔で、店主にそう答えるライト。

 「何で声掛けちゃったかなぁ……」という後悔が、声に出ずとも丸分かりだった。


「……まあいい、丁度いい機会だ。おい、まだ意識ははっきりしてるか食いしん坊」

「誰が食いしん坊って? おじさん、この料理おかわり(もきゅもきゅ)」

「あいよっ」


 右隣に首を曲げたライトが見たのは、料理が食べ終えられた大皿をアリサが口をもきゅもきゅさせながらカウンターに差し出しているシーン。


(……あ? 目がおかしくなったか? 確か店入ってから一分も経ってねえよな?)


 ライトは自分の目をゴシゴシとこするが、目の前の光景は変わることはなかった。

 いや、今変わった。皿が一枚増えた。


「はいよっ、お客さん。注文の麦酒だよ」

「……先に頼んだ酒よりもコイツの料理が先に来るってのはどういうことだ?」

「野郎と可愛らしいお嬢ちゃんの注文だったら、どっちを優先するべきかお客さんなら分かるだろう?」

「悪りぃが俺のポリシーは男女平等なんだ」


 渡されたジョッキの中身を、悪態と同時に一気に吞み干す。


「おいアリサ。三皿目に挑戦するのは構わねえが、一回落ち着いて俺の話を聞け」

「(もきゅもきゅ)うん? これ五皿目だけど」


 五。三と四を飛ばして五と来たか。


 確かにライトには、アリサの前に大皿が数え間違いでなければ、今食べているものを除いて四枚積み重なっているのがよく見える。


「…………。まあいい……いいのか? いや、置いておけ。おいアリサ、取り敢えず一回食うのやめろ。今からお前がご執着の新入りについて面白えことを教えてやる」

「……(ピクっ)」


 「ジン」というワードを聞いた途端、七皿目を平らげようとしていたアリサの動作が止まる。

 何か重要なことを思い出したのか、硬直するその顔はやけに深刻げだ。酔いからもある程度覚めたようだ。


「おっ、何だ何だ。やっぱあいつのこと気にしてんのか」

「……そんなんじゃない。あんなセクハラ男なんかどうでもいい」

「そうかそうか。大変興味があるようで何よりだ」

「誰が――――」


 よく分からない感情のままに叫ぼうと、アリサはライトの方に視線を向けた瞬間、その眼前にとある書類の束を突き付けられる。


「何、これ……」


 渡された書類の内容を読んで、アリサが怪訝そうに顔を顰める。

 ライトが渡した書類は、ある条件によって絞られた者達の名簿。それも、


「そいつらは、ジンによって殺された奴らの名簿だ」

「ッ!?」


 アリサが咄嗟に手に持つ書類を投げ捨てる。しかしライトは、床に転がるその調査資料ゴミには目もくれない。


「ジンに殺された奴らを条件にリストアップしたわけじゃねえ。ある研究施設に秘密裏に投資していた奴らを絞ったら、それがジンが処分した連中と全く合致しただけだ」

「とある、研究施設……?」

「そこは、ジンが生まれ育った施設でもある」

「どういうこ――!?」


 声を荒げようとしたアリサを、人差し指を立てて制する。

 その指を立てるライトの目は、いつになく真剣そのものだった。


「テメエがジンを好こうが嫌おうがどうでもいい。だが聞け。この話だけは絶対に聞け」

「…………っ」


 トップクラスの法術士が放つ本気の気迫。

 その圧は凄まじく、殺気は向けられていないというのにアリサは完全に気圧されていた。


「テメエも少なからず気にしている筈だ。昼にテメエを襲った仮面野郎が、ジンにどう関係しているのか」

「それはそう、だけど……」

「じゃあ耳の穴かっぽじってよく聞け。そしてそのすっからかんな脳髄に叩き込め。今からするのは、とある一人の男の半生。それも――」


「俺が知る中で、最も悲惨な道を辿ってきた不幸野郎の物語だ」

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