1-9 初任務II
「……納得いかない」
うんざりとした表情で、アリサは本日何回目かのその言葉を恨み言のように垂れ流していた。
「仕方ねえだろ、他ならぬ隊長の出した条件だ。軍人だったら文句を言わずに黙々と働きやがれ」
「じゃあ、ライトは何とも思わないの? これは訓練じゃない。立派な実戦。それなのに、こんな得体の知れない変態痴漢狂が付いて来ることに!」
「いい加減その不名誉な呼び方やめてくれないか?」
場所は、帝都の外縁部に広がるスラム街。
二つの城壁を越えた先に展開される非正規の街並みの中を、ジン達三人は歩いていた。
本来であればこの指令はライト一人で向かう筈だったのだが、何故かジンとアリサも同行するように命じられたのだ。
『うちにも頭の固い連中は何人かいてな。正規の軍人以外からの引き抜きにはそれ相応の理由がないとあいつらも納得しないんだが、まあ任務を何個か軽くこなしたっていう実績を示せば、そいつらも文句言えんだろ。取り敢えず軽めの依頼から選んどいたから、頼んだぞ』
ジンとアリサが同行するよう言われた任務の内容は、「スラムに存在する最大規模の密売組織の摘発」。
何処からどう見ても初心者向けの内容ではない。それ専用に集められた憲兵のチームが何十日も掛けて動く特大プロジェクトを、おつかいと同じ軽さで「頼んだよ☆」て。
《予め証拠は押さえてあったそうですが……》
(まあこういうのって、一番大変なのは摘発までの証拠集めって聞くし、割と優しめなのか)
ジンは「あれ、これって意外と大変でもない?」と段々心が平常に戻っていくが、これは感覚が麻痺しているだけであって、数十人規模の組織の摘発にたった三人で向かわされるのはどう考えてもおかしい。ブラックにも程がある。
「それで、オレは何をすればいいんだ?」
「元々俺一人で片すつもりだったから、やることなんざ特にねえよ。
ライトはとうとう無視出来なくなったのか、ジンにではなく、三歩下がって付いて来ているソレに振り返った。
夏場だというのにぶかぶかの厚手のローブで全身を隠すという、非常に目立つ不可思議な恰好をした大先輩の少女を。
「こ、これは、その、ライトは事情を知ってるでしょ!」
「知ってるから多少は許そうと思ったが、流石にアホだろ。もう十分笑ったから、ちゃんとした格好に着替えていいぞ。――痛ッ! このっ! 無言で蹴るんじゃねえ!」
冷たく言い捨てるライトの脛をアリサがげしげしと蹴り続けていく。
話の内容から察するに、どうやらアリサも好き好んで着ているわけではないようで、顔の表面に流れる大粒の汗が大変痛ましい。
「落ち着け二人共。そろそろ目的地に着くんだ。今から騒いで注目されたら不味いだろう」
「いや、こいつのこのヘタクソな変装のせいでもう大分人目についてるぞ」
「それを面白がって最初から注意しなかったお前にも非がある。アリサは見ての通り常識が通用しないんだ。動物に芸を教える感覚で優しくギャフンッ!?」
「誰が動物?」
アリサの本気の拳が白髪頭に炸裂し、ジンが両手で頭を押さえながら地面を転がっていく。
一見可愛らしい乙女の攻撃だが、その拳は柔な鉄板程度であれば普通に貫通する威力を秘めている。
「おまっ……ちょっとこれは洒落にならない威力……!」
「ごめん。常識が通用しないから」
「テメエらこそ落ち着け。アリサも次問題起こしたらエミリア呼んで基地に強制送還だ」
「……むぅ」
納得いかないとアリサは頬を膨らませるが、ライトはシッシッと軽くあしらう。
悪意なく挑発するジンと、煽り耐性ゼロのアリサ。
ライトからしてみれば、どう考えてもこの二人を合わせて任務に行くのは間違いだとしか思えない。前途多難に過ぎる。
そんなこんなで、三人はスラムの中でも特に大きい酒場に到着した。
『傭兵ギルド スカルホーン』。
スラム街一の大きさを誇り、同時に非公式の傭兵ギルドを運営しているという、帝都一曰く付きの酒場。あまりに大き過ぎるが故に、スラムの中でも過疎地の方に建てられている。
ジン達はここに来るまで変てこな店や違法な風俗店は沢山見たが、ここまで胡散臭そうな場所は初めてだ。
酒場の入口でライトが足を止めて後ろの凸凹コンビの方に振り返る。
「俺はこれからここの頭と話して来るから、テメエらは店の中で待機してろ。決してテメエから騒ぎを起こすなよ? オイコラお互いを見つめ合うな。テメエら両方に言ったんだよ」
「「そんな馬鹿な!?」」
「黙れ馬鹿共。……ハア、まあいい。とにかく気を引き締めろよ二人共。もうここは敵の本丸なんだからな」
二人にそう忠告すると、ライトは酒場の扉を開けて中に入っていく。
こうして、ジンの初任務が始まった。
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