1-7 あり得ない

 ジンが意識を失っても、黄金根は止まらなかった。

 主に仇なした対象を完全に滅するまで、彼らは止まらない。


「待って! もう終わったから!」


 アリサが慌てて叫び、制止させようとするが、もう遅い。

 新たに生えた黄金根も加わり、その捻じり尖った先端でジンを貫こうと――


「――止まれよ、じゃじゃ馬」


 一閃。雷が駆け抜けた。


 アリサの射撃速度すらも上回るその稲光は、一瞬の内に全ての黄金根を伐採し、解放され宙に投げ出された意識無きジンを担ぐ。


「試合は終わった。こいつは医療室に連れて行く」

「ライト……」


 間一髪で間に合ったその雷の正体は、観客席で二人の戦いを見守っていたライトだった。

 決着がついても止まらぬ黄金樹の異変を感じ取り、審判として一気に飛来してきたのだ。


「治療なら、私が!」

「アホ言うな。ユグドラシルは完全にこいつを敵視している。ほとぼりが冷めるまで、ジンとその弓は近付けるな。うっかり殺されたら溜まったもんじゃねえからな」

「っ…………」


 あまりにも的確な指摘に何も言い返せず、アリサは歯噛みしながら服の裾を握り締める。


「そうだよ〜。興奮したその子は、アリサでも完全にコントロール出来ないでしょ〜?」

「エミ、リア……」


 遅れてその場にやって来たエミリアが、「仕方ないよ」とアリサを慰める。

 先程のは事故であり、アリサに責任はないと語る彼女の言葉は、しかし逆にアリサに負い目を感じさせていた。


「……ふん」


 何も言い残すことなく、ライトはジンを担いだまま城砦の方へと歩いて行った。

 その後ろ姿を見て、これ以上はない程の惨めさがアリサを襲う。よく分からない感情がアリサの中を渦巻く。


「落ち着きなよ、アリサ〜。互いの合意で始まった試合なんだから、アリサがそこまで気に病む必要は――」

「私は、そうは思わない」


 慰めようと掛けた言葉が遮られ、エミリアが信じられないと息を呑んだ。

 意外なものを見る目で紅い少女に向けられた眼差しは、しかし次の瞬間には暖かな慈愛を帯びていた。


 そうだった。アリサという少女はそういう人物だった。

 どんなにその相手が憎かろうが、最後の最後には気を使ってしまう、根っからのお人好しなのだ。


「じゃあ、後で謝りに行かないとね〜。それでめでたく仲直りだよ〜」

「仲直りするとまでは言っていない」


 ぷいとアリサはそっぽを向くが、その突き放すような台詞の語尾に力が込められていないことを、エミリアは敏感に察していた。


 そしてアリサが見ていないことをいいことに、ニヤリと口角を歪ませて、


「にしても〜、どうしてジン君は最後の最後で動きを止めちゃったのかな〜」

「……それはきっと、私の髪を見て動揺して――」

「それはそうなんだろうけど〜、何かジン君の反応妙だったよね〜。まるで、とっても綺麗なものを見たような狼狽ぶりだったな〜」

「…………」


 アリサの呼吸が止まる。

 動揺を隠し切れないとばかりに、一瞬その拍動が跳ね上がる。


「……あり得ないよ、そんなこと」


 やっとのことで掠れた声で返答し、アリサは振り返ることなく城砦へと戻っていった。

 無意識に、その紅い髪を弄りながら。


 ◆◆◆


「……ン、……ろ。起き…………」

 

 頭が痛い。視界がボヤける。誰かの声が聞こえる。

 

「おーい、ジン。起きろ」

 

 その声で意識が覚醒し、ジンは薄っすらと目を開けた。

 ボヤけた視界が徐々に明瞭になり、自分がライトに今担がれていると気付いたのはそのときだ。

 

「……何だ? ここは天国か? いや、お前もいるってことは地獄だな」

「軽口が叩けるなら大丈夫だな。よし、後はテメエで歩け」

「うぉ!? おいコラ怪我人は大切に扱え!」

 

 急に支えを失い、バランスが崩れて地面にダイブしたジンが旧友に怒り叫ぶが、ライトはただ「HAHAHA!」と高らかに笑うだけだ。

 

「……そうか、負けたのか。あの子には負けたくなかったんだけどな」

「確かにあれは情けなかったな。あんな自信ありげにいっておいて、結果を見てみりゃ一撃も入れることなく惨敗。トワがあんなに色々助言してたのにな」

《全くですよ恥ずかしい》

「……返す言葉もございません」

 

 ジンは何とか自力で立ち上がるが、激痛でも走ったのか左胸の中央部――饅頭事変でアリサに容赦なくタコ殴りにされた部分を押さえ、苦しそうに呻く。

 そのことにライトも気が付き、納得したように頷いて、

 

「何だ、やっぱテメエ無理してたのか。どーりで動きに精細さが欠けてたわけだ」

「うるさいな……。そんなこと言い訳になるか。負けたことに変わりはないだろ」

「いや、テメエだって手加減してたじゃねえか。アレ・・を使っていれば、勝率は遥かに上がってた。あんな無茶な作戦なんか立てなくても、真正面からアリサに打ち勝てた筈だろ?」

「……そうだな。確かに使っておけば、勝てたかもしれないな」

「…………」

 

 引っ掛かるようなジンの物言いに、ライトは無言で目を細める。

 しかし憂鬱げなジンの横顔を見て、それ以上は深入りしなかった。

 故にここは話題を変えて、ジンが最も嫌がるであろう質問を投げ掛けることにした。

 

「で、本当のところを教えろよ」

「……何をだ」

「人殺しで捕まってたってアレ。本当に殺ったのか、冤罪なのか。殺ったのなら、それは大義名分のあるものだったのか、それとも利己的な動機だったのか」

 

 ズケズケと平気で人の敷地に乗り込んで来る友人を、ジンは冷ややかな目で凝視する。

 

 ライトとはこういう男だ。

 空気というものを読まず、他人の気持ちを理解しようとしない。

 いや、それ自体は分かっているのだろうが、そこに露ほども共感しようとしない。

 本来は怒ってもいいのだろうが、ジンは全くそういう気を見せずに、服の汚れを叩き落としながら立ち上がった。

 

「……ただの私怨だ。殺したことは間違っていないと今も思っているし、それを後悔しようとも思わない。そいつにも家族がいるとか、そういうのも諸々どうでもいい。ただ気に食わなかったから殺した。捕まったのは、オレが間抜けだったからだ」

 

 「ふーん」と、ライトは語るジンの顔を覗きながら、疑うように喉を震わせる。

 納得のいく答えが出たのか、それとも興味をなくしたのか、ライトはジンの顔を覗き込むのをやめ、いつもの軽快な彼に戻って、

 

「それじゃあ、歳下の女の子に記念すべき敗北をプレゼントされたジン・ソルレイド君。偉大なる先輩がホームを案内してやるよ。感謝して敬い、ひれ伏すように」

「はいはい。よろしくお願いしますよ、先輩」

「うわ、お前から敬語使われんの死ぬほどキメェ」

「ははっ、殺すぞ」

 

 旧友との久しぶりなやり取りに、ジンは軽く微笑む。

 波乱の幕開けと言うにはあまりに過激なスタートだったが、この程度はまだ序の口だろう。

 竜撃隊での生活は、まだ始まったばかりなのだから。

 

「あ、そういえば約束のブツは……」

「いやテメエ負けただろうが」

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