第4話

 いつものファミレスで、いつものメニューを前にイベントの報告をすると、彼女は予想以上に嬉しそうな様子を見せた。

「そうか、やっぱり見下されても目の色は茶色く見えるんだな」

 彼女はうんうんとうなずきつつ、ストローでメロンソーダをすする。わたしにとってはどうでもいいことだが、きっと彼女にとっては、胸が躍るような事実なのだろう。

「で、握手しちゃったんだろう?」

「はい。無理に手を取られて」

「未来は見えたか?」

「手袋してたから、大丈夫でした」

 彼女はわたしの目を見て、「ふーん」と言った。

「それはよかった。きみは誰の未来も見たくないんだもんな」

「あの、思ったんですけど」

 わたしは少し身を乗り出す。

「やっぱり、あなたも会ったほうがいいと思うんです」

「え?」

「推しに会わないなんて、もったいないじゃないですか。同じ時代の同じ地域に住んでるのに、一生会わないつもりなんですか?」

「なにを言うか。わたしは今のままで十分に幸せなんだ。会わなくたって、わたしは彼のアイドルとしての人生をファンとして支え、わたしは彼に精神的に支えられている。こんな美しい人間関係があるか?」

「それはそうですけど、ファンとして会ったっていいじゃないですか」

「そんな機会はもうない」

「出待ちするくらいなら大丈夫でしょう」

「いやいやいや」

 彼女はぶんぶんと首を振る。

「言語道断。絶対あり得ないね。どうしたんだ? いつものきみらしくないが」

 わたしは曖昧な笑みを浮かべた。

「どうしたんだろう。わたしも、彼のファンになってしまったのかもしれません」

「おう! それなら歓迎だよ! わたしは同担拒否はしないからな。きみを快く歓迎しよう。今日はわたしの奢りだ」

「いいんですか?」

「もとからそのつもりだった。わざわざ交通費をかけて、イベントに行ってもらったんだからな。デザートも頼みたまえ」

 彼女は上機嫌だったが、わたしの悩みは深まった。


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