第2話 発展
状況が全く読み込めない。昼間に痴漢で捕まった挙げ句、夜には妖怪を名乗る珍妙な生き物に遭遇する。つつがなく人生を送ると決めたはずなのに、目の前には荒波、いやハリケーン級の出来事が次々と起こっている。
「す、すねこすり。そんな妖怪聞いたことないぞ。雪女とか、ゲゲゲの○太郎に出てくるやつか」
康介は一気にまくし立てると、震える声で続けた。
「それにその妖怪が僕になんの用だ。いや待てよ、そもそもこれは夢なんじゃないか。そうだ、そうに違いない。ナイトメアにもほどがあるよ。ハッハッハッ」
自分の感情がなんだか分からなくなっている。泣きたいのか、笑いたいのか。いま自分の顔を鏡で見ることが出来たのなら、これまでの生涯で見たことのない表情がそこにあるはずだ。
「残念ながら、現実だ」
「えっ」
「たしか康介といったな。まずお前に3つ話すことがある。一つ目はこれが現実であること。二つ目はオレはお前を助けに来たこと。そして三つ目は、、、もう少し近くに来て」
「あっ、はい」
「ほぉぅわったぁぁぁーー!」
その瞬間、康介の左頬に強烈な痛みが走った。
「痛ったぁ、何するんですか」
「スッチーパンチだ」
「スッチーパンチ??」
「勘の悪いやつだな。すねこすりのパンチで、スッチーパンチ。ちなみにオレの愛称のスッチーにかかっている。これからはスッチーと呼んでくれ」
「妖怪の世界ではずいぶんな自己紹介をするんですね。で、なんで殴られなきゃならないんですか」
助けに来たと聞いていなければ、蹴りの一つでもくれてやるのに。苛立つ気持ちをぐっと押さえて康介は答えを待った。
「ゲゲゲの○太郎の話しをオレにするな。これが三つ目のお前に話すことだ」
「殴られる答えになってないですよ」
「ふふっ、スッチーはその話題NGだもんね」
「えっ、誰?」
振り向くとそこには身長180cmはゆうにこえる、大きな男が立っていた。しかしその身は貧相と言えるほどに痩せこけ、着古した着流し姿にはすねこすりとはまた違った異様な雰囲気が漂っている。そして一番の特徴はその目だ。まるでこの世の苦労を一身に背負ったように暗く沈んだ目は、寒気すら感じる。
「貧ちゃん、遅いよ!」
すねこすりは素っ頓狂な声を上げると、バシバシその男の太ももを叩いた。
「ふふっ、ごめんよ。でもスッチーは足速いんだよ。僕裸足だから早く歩けないんだ。ほらアスファルト痛いじゃん」
「出たー、貧乏神あるある!そりゃあオレには肉球があるから、どんな道でもどんとこいだけどさ」
「あ、あの説明を、色々と説明をお願いします」
先程の怒りはとうに失せ、新たな状況を受け入れるのにただただ必死だった。
「ふふっ、じゃあ僕の自己紹介から始めようか。僕の名前は貧乏神。皆からは貧ちゃんて呼ばれているんだ。でも怖がらないでね、これでも年収の3分の一までしか借金を背負わせない、良心的な貧乏神で通ってるんだから。いまコンプライアンスとかうるさいし」
妖怪の世界に法令遵守の精神が根付いているとは驚きだが、穏やかな口調に安心感を覚えた。
「ふふっ、それとスッチーはメジャーな妖怪と比べられるのがイヤなんだよね」
「だからゲゲゲの、、、あの話題はNGなんですね」
「ふふっ、そうなの。さっきまでいた妖怪バーでもその愚痴ばっかり」
「ちょっと貧ちゃん、それは言わないでよ」
膨れっ面した姿はとても可愛いのだが、それを口にすると一波乱ありそうなので、それに触れないように切り出した。
「その妖怪さんたちが、なぜ助けてくれるって言うんですか?」
「そう、それが本題だ!それを語るには少し時をさかのぼる。時を戻そう!!」
嬉々としてすねこすりは叫んだ。
その時康介は確信した。
こいつはこの状況を楽しんでいる。流行のお笑い芸人のマネをするのがその証拠だ。そしてそんな奴に自分の命運が握られていると思うと、暗たんたる気持ちにならざるを得なかった。
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