AIが駆逐したのは、様々な知的労働だった。それまで主に高学歴な人々が就いていた職業の多くが消滅していき、ベーシックインカム制度が布かれた。知的レベルの高い人々は、科学や芸術の開拓など、よりクリエイティブな活動に集中することができ、新しい商品や商売を生み出して、より豊かな生活を送る人も多かった。私のような肉体労働者は、AI勃興による大量失業を免れた。AIは私のように、ホテルの客室を清掃することはできない。だから、私は一日五時間の労働で、金銭的には豊かな生活を送っている。

 しかし、心の中は空っぽだ。私は、職場と自宅を往復するだけの日々を送っていた。話し相手は、パーソナルAIであるペルパーだけ。ペルパーは約一年前、国民の安全を守るためという名目で国から全国民へ支給された。パッチ型や埋め込み型などの様々な形から選ぶことができ、常に人生のすべての事柄を記録して、健康問題や犯罪から守ってくれる。埋め込み型は、視神経や鼓膜からの情報に体内で直接アクセスする。

 私が一番オールドファッションなイヤホン型を選んだのは、なんとなくそのほうが安心できたからだ。私は古臭い人間なのかもしれない。変化を恐れる。いくら小さなものだといっても、機械を体に入れるなんて考えられない。そんなことをすれば、自分が変わってしまうような気がして。惜しむほどの自分でもないと、わかってはいるけれど。

 ペルパーを会話型に設定したのも、AIを自分から切り離すためだ。ほとんどの人は、ペルパーと話すなどという面倒なことはしない。自分の一部として使っている。使っていると意識していない人すらいるかもしれない。

 わたしは、AIを自分の一部にしたくない。会話をすれば、嫌でも自分とは違う存在だということがはっきりする。

 ほかの人からすれば、ぶつぶつとペルパーと話す私は変わり者なのだろうが、私自身にとっては、私は保守的だ。

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