異世界秋田駅前 ~あかりちゃん呪われる~
そこは、異国であった。
完全なる、異国であった。
エルフやドワーフやハーフリングなどを含む、武器を持った異世界人、そして農家やウェーイ、サラリーマンなど雑多な秋田県民。それらのものが渾然一体となり、秋田駅前はカオスの様相を呈していた。まさに異国。いとくではない。
「うわーあっちいなー。さすがに二時間電車に乗るとお腹空くね、なんかお腹にいれよう。そうだ、タピオカミルクティー飲むべし」
あかりは陽気にそう言って出たばかりのトピコからいきなりトピコに戻った。おい、お前オーパさ行くって言ってなかったか。しょうがないのでついていくと、あかりは肩でぜえはあ息をしながら、
「はー……やべぇなや……」と小さくつぶやいた。あかりは若干過呼吸気味だ。スライムやゴブリンが湧いたときはあれだけ楽しそうにノリノリで討伐に参加したというのに。
「なした、そんた無駄に可愛い服着てウエスト締めすぎたからでねっか」
「ちーがーう! 秋田駅前やばすぎる! こんたおっかねーところだって知ってたらこねがった!」
「おめの家さイルミィいるべした。うちのババの家サいるロイともなんも変わらねーべ」
「だってマチェットとか槍とか屠竜刀ネ●トーとか装備してらべ駅前の異世界人! 銃刀法違反でねーか! 刺青も当たり前だし危なすぎる!」
屠竜刀ネ●トーて。あかり、おめゼロ年代ラノベにも強いんだな……と、思った。なんせ俺らが年齢一桁前半のころのラノベである。知っているほうが不思議だ。そう思ってなぜ知っているのか訊ねると、あかりのお父さんがあの暗黒ラノベの大ファンだったのだという。あかりのお父さんの趣味はあかりの趣味に似ている。ちなみに俺は姉貴の蔵書で読んだ。
――秋田駅前に遊びに行きたい、と言いだしたのはあかりだった。あかりは基本的に奥羽本線を鷹巣で降りるので、久々に昔みたいに秋田市サ遊びに行きたい、と騒いだわけだ。
で、結果、秋田駅前の異国ぶりを目の当たりにして、過呼吸を起こした、というわけなのである。
「はあびっくりした……頑張ってとりま緑のビル行ってみよう。オーパを攻めるのはそのあとだ」
というわけで、俺とあかりは異世界人にびびりつつ、アニ●イトとリサイクルショップの入った通称「緑のビル」へ向かった。もちろん目的地はアニ●イトである。あかりはなにやら、スマホの配信で見た面白いアニメのグッズが欲しいらしい。
しかしオンボロエレベーターで向かったアニ●イトは、完全なる閉店ガラガラであった。紙媒体やディスク媒体が主なので、物流の断たれたいまとなっては閉店ガラガラにならざるを得ないのである。どうやらあかりはそれをすっかり失念していたらしい。
「くっそお……マミさんめ……」恨みっぽい口調であかりはそうつぶやいた。
とにかく緑のビルにいてもなんにもならないので、ボロいエレベーターで一階に下りる。今度はオーパに向かうことにした。ちなみに姉貴はいまでもときどき「フォーラス」という。
オーパには異世界のファッションブランドが進出していた。なんというか、素材がゴワッとして色塩梅が地味だ。そうじゃなきゃキンキラキンかのどっちか。あかりは、
「うーん趣味じゃないなあ!」と言いながら、興味深げに異世界のファッションブランドのテナントを見て回っている。なんだかんだファッションに興味があるのだ。
「おろ? 武器売ってるよ陸斗」なんとオーパに武器屋があった。完全にRPGの武器屋の感じだ。ドワーフの髭もじゃのおっさんが武器を並べてニコニコしている。
「お兄さん丸腰だけど格闘家かい? それなら鉄の爪がオススメだよ」
いきなり話しかけられた。売られている武器を見る。まさしく鉄の爪が、金貨百枚で売られていた。どうやら金貨百枚というのは鉄製武器のベーシックな値段のようだ。
「いえ、珍しくて見てただけです。ごめんなさい」
「ああ、あんた秋田県民か。勇ましい顔してるからてっきり冒険者かと」
異世界人だと勘違いされた。ヨレヨレのユニクロのTシャツを着ているからだろうか。それともヨレヨレのユニクロのジーパンを穿いているからだろうか。どちらにせよ異世界人に見えてしまうらしい。
そうだ、と財布を開く。もう日本円はさほど入っておらず、金貨数枚と銀貨数枚が入っている。これらは米に換算できるのだが、その換算のレートがややこしくて覚えにくいうえに米の作柄によって変動するというのだから異世界はややこしい。俺はずっと数学が苦手で、中学のころはあかりに宿題を写させてもらってしのいでいた。
「うーん……この額じゃ防具は買えないか……」
「えっなに陸斗防具買うの?」あかりが食いついてきた。なにに食いついているんだお前は。
「まあ、武器はスコップでいいとして……鎧とか盾とか必要だべ」
「武器がスコップってゴブ●ンスレイヤーさんみたいでかっちょいいね」
よく分からない意見である。ゴブリンス●イヤーさんて……。
オーパのなかをウロウロする。異世界ファッションブランドや武器店防具店が点在しており、もとの日本のファッションブランドはほぼ皆無に近い。お客さんはほぼ異世界人だ。
「……こいだば秋田市サ来る理由、ないな……」
あかりが残念そうにつぶやいた。次の列車で帰るか、と声をかけると、
「あ、フォンテ秋田忘れてた。ロフトいこうよ」と、あかりは嬉しそうに言った。しょうがないのでロフトまでついていく。
秋田駅前のロフトは俺にはあんまりおもしろくないのだが、あかりみたいな美容大好きおもしろ雑貨大好きの人間にはたまらなく楽しいらしい。そういうわけでフォンテ秋田に向かう。
ロフトに入ると、すごくぞんざいにタルに魔法の杖をぶち込んで売っていたり、薬草やポーションといった回復アイテムが売られていた。完全なるRPGの雑貨屋である。でも店員はちゃんとロフトのエプロンをしており、オーパのように異世界のテナントが入っているわけではないようだ。
「うーん……ここもかぁ……やっぱり秋田駅前くる理由ないな……」
「お、なんかいい匂いのお香売ってるぞ。なになに……『これを焚くと、一定時間モンスターが現れません』だと。買ってったらどうだ」
「おおー! それはすごい! って値段ーッ!」
お香は金貨十枚の値段だった。買えるかバカケ!
「どうする? もうちょっと駅前うろついてみっか?」
「どうしようかなあ。アルヴェのゲーセンにでもいく? 久しぶりに音ゲーやりたい」
というわけで、いったん駅に戻ることになった。アルヴェというのはだだっ広いホールがあってその周りをもろもろの施設で囲んだところで、ゲーセンとNHK秋田放送局、映画館、そういうのがある。とりあえずアルヴェに向かうが、ゲーセンはなくなっていた。
あかりは秋田県が異世界に飛ばされる前は週末によく弘前まで音ゲーを叩きにいっていたそうで、アルヴェからゲーセンがなくなっていることに深い悲しみを覚えたようだった。
一階の広場ではなにやら手作り品のバザーをやっているようだ。よく見ると異世界人もなにやらいろいろと売っている。ちょっと面白そうだし行ってみるべ、と向かうと、アルヴェのホールはいまや完全に異世界人の市場になっているようだった。もう昔のように高校生がたむろしてくだらないおしゃべりをしている感じではない。
「これはちょっと面白いぞ」あかりはウキウキの顔になった。「ラックの種 金貨一枚」というのを買うか悩んでいる。んなもん食べて食中毒になっても知らないからな。
結局ラックの種は買わなかったが、あかりはなにやらペンダントを買ったようだった。手作り品にしては随分と精緻にできた、きれいなペンダントだ。
アルヴェを出て、あかりがそれを身につけてみる。
「へっへー。かわいいべ?」
「うん。似合う。あっなんか頭の上に表示されてる」
あかりの頭の上の表示を見る。ドクロのマークが出ている。詳細を見ると「呪い」とある。
呪いて……。そう思っているとあかりはいきなり麻痺った。動けなくなってピクピクしている。つついてやると回復した。
「な、なにこれぇ……呪い? えっこれ呪いの装備? あれっ外せないぞ?」
あかりは外せないペンダントを必死に外そうとしている。これはどこか、教会的なところで解除してもらわねばならないのでは。そう言うとあかりは、
「あたしんちは熱心な仏教徒です!」と予想外の方向の反応をした。おめの家仏壇ねえべした。
「そういうことでねくてや。この世界さはその……例のガ……みたいな神様みてった神様がいるわけで、教会ってもキリスト教的なのではねーんでね? 多神教の、たとえば女神様的なのとか、そういうのがいるってね?」
「あっなるほど理解。それならOK。例の神様はいやだけど」
それからしばらく、時々麻痺るあかりと、秋田駅前の教会を探した。これだけ大きい街なら、異世界人の宗教施設だってあるはず。グーグルマップも役に立たないのでカンに頼るしかない。しかし蒸し暑い秋田駅前をさんざんウロウロして、収穫はゼロである。調査●団か。
……くたびれてしまった。
「あのよ、いったん大館サ帰ってや、イルミィとかロイに相談してみたらどだべか」
疲れ切った顔であかりがそうつぶやいた。
「それもありでね? とりあえず帰りの列車サ乗るべ……」
二人でふらふらと奥羽本線のホームに向かう。大館駅から秋田駅は往復だと切符代が四〇〇〇円近い。ふつうの中高生が気軽に乗れる額ではないし、気軽に乗っていたあかりの家の財力にビビる。
列車が来たので乗る。以前のように高校生がうじゃうじゃ乗っていたりはしない。
「はあ……ホントに災難だなや……どこサ行けば解除してもらえるんだべ……」
あかりがため息をつく。二時間後、大館駅にたどり着いた。すっかりくたびれて眠い顔の俺とあかりであるが、列車を降りて階段を上り下りし、駅舎にくっついたほうのホームに降りた。
「……あのよ、もしかしてこのハチ公神社サお賽銭すればとれたりして」
なんて冗談してあかりがそう言う。大館駅の駅舎にはハチ公神社なる、小さな神社っぽい場所がある。ちゃりーん、と銀貨を投げ込みぱんぱん! と両手を鳴らす。いやお前さっき仏教徒っつったろ。日本人は神仏混交しがちだなあ、と思っていると、あかりの首にかかっていたきれいなペンダント(ただし呪いの装備)が外れた。
「あいっ!」あかりがびっくり声を上げる。ステータスからもドクロマークが消えている。
「あいしか……こんたに簡単に取れるんだかこれ……まあ宗教施設っちゃ宗教施設だものな……」俺はしみじみとそうつぶやいた。
あかりは神社が宗教施設というのがよく分からない顔だ。お前進学校の鳳鳴行ってたのに宗教関係の知識ガバガバかよ……。
「で、このペンダントどうしようか」
あかりがそのペンダントをジト目で見ている。俺は、
「お祓いにでも出せばいいってね?」と答えた。あかりは頷き、俺が姉貴を呼んで乗せてもらって帰ることにした。
姉貴は開口一番、「あかりちゃん、そのペンダントつけないの? ならちょーだい」と言いだした。もちろん、必死で止めた。
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