4-5 ラブコメ的疑問発動す
「あのさあかり、ごめんな」俺は、素直に謝った。
「……なにが?」あかりはよく分からない顔をしている。
「俺さ、勇者になりたいとかわけの分からないこと言ってさ、実際ここは俺の姉貴のせいで異世界に飛ばされてさ、それで……あかりは就きたい仕事につけないし、それにきれいな冬の祭りも観らんなくなったし……小正月っていうのか? 県南のほうのぼんでんとかそういうのもそうだし」
「ぼんでんっていうのは男性器のシンボルなんだよ」
ぶふぉっ。あかりの口からあらぬ言葉が出てきて俺は盛大に噴いた。
「神社は女性器なの。言わんとしてることはわかるな?」
なんでそんなこと知ってるの。冬になると喧嘩ぼんでんだの川を渡るぼんでんだの、秋田市を中心に巨大な棒状のかざりである「ぼんでん」を神社に届ける祭りがニュースになったものだが、まさかそんな意味深なものを象徴していたとは……。
「ぼんでんはいいんだ。続けて」
あかりはそう言って笑う。俺は、
「冬のきれいな祭りとか、あと桧木内川堤の桜とか、あかりは秋田県全体が故郷だから、そういうきれいなものをたくさん知ってて、だから……この世界に来て、すごく悲しい思いをしてるんじゃないかなって思って、なんか申し訳なくて。ごめん」
素直に詫びる。あかりはあはははーと陽気に笑うと、
「陸斗のそういう、変に素直なとこ好きだよ」
とカジュアルに好きだと言ってきた。こ、これはラブコメの波動というやつか。でも前置きに「変に」がついているところをみるとあんまり喜ぶタイプの褒められ方ではないかもしれない。
あかりはちょっと寂しそうな顔をした。
「さみしいよ、そりゃ。きれいな冬のお祭りが見られないのはさ。大館だってあるじゃん、あの歯サねっぱるアメちゃん売ってるお祭り」
「アメッコ市だな」アメッコ市のアメが歯にはりついて、何本乳歯が抜け、何回銀歯がとれたか数えたわけではないが、俺もアメッコ市のアメは歯サねっぱるという印象だ。
「あれもさ、街の街路樹の、なんの葉っぱもないところにさ、アメの花が咲いてきれいだなって思っててさ、あれもないのかーっておもうと寂しいよ」
あかりはそう言うと、えへへ、とはにかんで笑う。
「でもさ。鳳鳴って進学校じゃん? ファッションのこと勉強したいって進路調査に書いたら、先生が東京の絶対無理な大学勧めてきてさ。ほらあたしそこそこ頭いいし。だからガリ勉のあかりちゃんになって陸斗とかほかの友達もあきらめて、勉強するしかないのかなって思ってたんだ。その大学なんだかんだ行きたかったから。でも、秋田県から物理的に東京いけないじゃん? だからさ、ずっと陸斗と友達でいられるって思ったらうれしくて」
お、おう……。
圧倒的ラブコメの波動……。
「それにさー勉強に時間とられてオーパとかエガミとかいけないのいやじゃん」
「え、エガミってあの県南の、やたらCMの発音がいいブティックか? お前あそこで服買ってんの?」
「うん。品がよくて大人っぽいもの置いてるんだよ。でももう秋田県に日本のものなんも入ってこないからオーパもエガミも服売ってないか……しょうがない去年の服を着るしかない」
「俺なんかユニクロのTシャツ、ここ三年夏場はずっと三着のローテーションだで?」
あかりは真面目な顔をして、
「だめだよ陸斗。ファッションを放棄したときすなわち人間性を放棄したときだよ」
とよくわからない説教をかましてきた。
説教をかました顔のまま、じっと俺を見ている。
これは、その、キスとかするのか。
その、えっと、キスとかするのか。
思わず顔をそらす。あかりはきゃははとサイコパスみたいに笑って、
「陸斗耳まで真っ赤だ」
と、余計なことを言ってきた。
「い、いいだろ別に……」
「ライトノベルのお色気展開は飛ばして読むんだっけか」
「ど、どうでもいーべしたそんたらことよぉ」
「あははー照れてるー。おもしろーい」
おもしろがらないでくれ。おもしろがられる側は恥ずかしくて死にそうなんだから。
「陸斗はなんも悪くないよ。悪いのは調子こいて秋田県を異世界に飛ばしたマミさん」
その通りなのであった。悪いのは圧倒的に姉貴なのであった。
「陸斗は優しいから、自分が悪いって考えちゃうんだ。でも本当は悪いことなんてなんもしてない。きっとずっとずっと誤解されっぱなしで生きてきたんだろうね、犬を助けようとしたときみたいに」
やっぱりあれ誤解されてたのか。実際に言われると本当に悲しい。
「あたしはさ、すごくせまーい世界に住んでた。欲しい本やゲームはなんでも買ってもらえる、その程度の世界。ゆくゆくは大学に入って就職して結婚して子供育てて死んでいくだけの世界」
あかりはふいにそんなことを言いだした。
あかりはそこまで言って言葉を切って、沈んでいく夕陽と、空の濃紺と橙の混ざる当たりを見上げてから、
「でも陸斗、陸斗が『人は殴っていい』っていうモデルケースを見せてくれたから、いまあたしはなんか吹っ切れた気分で生きてるよ。握力めっちゃ弱いから冒険者にはなれないけど」
「そう……か」俺はまだ顔が熱い。
「陸斗、陸斗はさ、優しいし人にこびないし、面白いし、文学の素養もあるし、オタク話も受け入れてくれるし、なんていうかホントに、『生きているだけで褒めてくれる陸斗BOT』って感じで大好きだよ」
「え、そ、それ……褒めてるのか? ちょっとよく分かんねーんだけど」
「そこは陸斗の感じ方次第でね? 受け取り方は自由だ。照れ臭いためにもうなんも言わね」
あかりは縁側から立ち上がると、膝立ちで家の中に入った。俺も続く。イチジクのタッパーウェアはゆくゆくなにか詰めて返却することにした。
「あーそろそろ帰らなきゃ。うわもうこんな時間」
あかりは半ズボンの尻をぱしぱしして、ゴーレムを倒したときに飛んできた砂を払う。
しばらくしてあかりのお母さんが迎えに来た。イチジクの甘露煮のお礼を伝えて、イルミィは俺の祖母と一緒でして、と説明した。
あかりが帰っていくのを、なんとなくせつなく見送った。さて、イチジクのタッパーウェアになに詰めよう。考えていると姉貴が帰ってきた。
「どうした? ラブコメ的サムシングはあったか?」
俺はただ、「よせ」とだけつぶやいて、あかりの言葉をかみ砕いた。
これは「好き」っていっていたのか? 俺が鈍感すぎて分からない。そもそも俺はあかりと釣り合わない。
俺は、これからしばらく、あかりに不可解な感情を抱いて過ごすことになってしまったようだった。あかりは、俺が好きなのか?
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