外伝 環状列石と異世界の神

環状列石と異世界の神(上)

 退屈だ、と言いながら、姉貴はきょう何杯目になるかわからない白湯を飲んでいる。退屈……っていってもなあ。秋田県北部には面白いものなんてなんもないのだ。


 家にはミツ祖母ちゃんに届けものを頼まれてバスでやってきたロイもいて、姉貴の顔をドキドキしながら見ている。頭の上の状態異常のアイコンはとれる気配もない。


「マーヒーだなあ。ドライブにでもいくかぁ」姉貴はそう言ってあくびをする。ロイが、

「どらいぶ?」とよく分からない顔をする。車で遠くまでいくことだ、と姉貴が説明する。


「ドライブ、ですか。面白そうですね」ロイはなかなか乗り気である。

「でもなー。秋田県北部に見に行って面白いところ……あ。大湯の環状列石にでも行ってみるか。あそこは楽しいぞ~。資料館の縄文時代の遺物とかな」


 ……それは姉貴が楽しいだけではなかろうか。俺も面白いのか、さっぱり分からない。そう思っているとスマホが鳴った。あかりから電話だ。

「陸斗ー? 生きてるー? 暇だからそっち行っていい?」俺は都合のいい暇つぶし相手になっているらしい。あかりに姉貴がドライブに行きたがっていると伝えると、


「環状列石……ってなんか遺跡みたいなやつでしょ? うーん……」と、あかりは考え込む。

「どうした陸斗。あかりちゃんか? 切田屋の天ぷらそばご馳走するから来てもらおう」


「姉貴が、切田屋の天ぷらそば奢るって言ってるけど」

 素直に伝えるも、県南出身のあかりはよく分からないようなので、鹿角にあるめちゃめちゃにおいしいそば屋だと説明する。我が家では切田屋のそばはたまにしか食べないご馳走であることも説明する。


「まじか……いく。最近家庭菜園の野菜ばっかでさ、おいしいものサ飢えてらんだ」

 というわけで、姉貴のドライブへの参加者が一人増えた。


「キリタヤ? テンプラソバ? なんですそれ」

 ロイもわからないようなので、すごくおいしい麺にエビやキノコのフライをのせたものだ、と説明する。理解してもらえたようだ。


 姉貴の車で家を出て、道中あかりを拾って大湯の環状列石を目指す。俺たちの住んでいる大館から、鹿角市大湯にある環状列石までおよそ四十分ほど。姉貴の車は古いのでCDプレイヤーとラジオしかなく、あかりの持ち込んだポケモンのサントラCDを流すことになった。


 あかりはあっさりロイと打ち解け、ドライブをエンジョイしている。

 大館市の端のほうにくると、リンゴ畑やナシ畑が増えてくる。セキュリティぐだぐだの無人販売所や、宅急便で送れるらしく宅急便ののぼり旗の経った直売所も目に入る。まあ、異世界の気候ではりんごは育たないし、宅急便だって秋田県外には届かないのであった。


「……思ってたより遠いね」あかりはそうぼやくと、学校が休みなのでやっているらしい可愛いネイルを気にした。俺が、


「イルミィは?」と訊ねると、

「イルミィならうちの父とモンハンに夢中だよ。『ドラゴンを人間の手で倒せるなんて!』って言いながら古龍と戦ってる」という返事が返ってきた。


 なんでも、イルミィはお姫様なため、魔物にまともに出くわしたことがないのだという。それで、自分ででっかいドラゴンと戦えるモンハンに夢中らしい。


「アイルーが可愛いって言ってた。異世界には猫はいないんだって」あかりは、爪につけたキラキラのラメがはがれかかっているのを気にしている。俺が、

「マニキュア少々剥げてもだれも気にさねよ」と言ってやると、

「んだな。陸斗とロイだものな。女友達と遊んでら時は気になって仕方がねーども、陸斗だものな」と変に納得されてしまった。やっぱり俺は都合のいい友達らしい。


とにかく、最近できたらしい新しい道路を、姉貴の車はかっ飛ばしていく。

「マミさん、環状列石ってそんなに面白いんです? 石でしょ?」

「石だな。だけど資料館が面白いし、遺跡そのものも黄金の太陽みがあってとてもよい」

「黄金の太陽……ああ、父のコレクションにあったな。父が『しったげ面白いんだぞこのゲームは。スイッチでリメイク出ねえかな』ってずっと言ってたやつだ」


 よくわからないが姉貴はそれから数分、ゲームボーイアドバンスの黄金の太陽二部作がいかに神ゲーで、DSで出た続編が残念だったかを語り続けた。しかし、姉貴の横顔をじっと見ていたロイが、


「あまり雑に『神』という言葉を使っちゃいけませんよ。怒りに触れます」

 と姉貴をたしなめた。姉貴はなるほどという顔をして、


「みだりに神の名を呼んではならない、ってやつかあ……たしかに現代の日本人は、神というものを信じないゆえになんにでも神ってつけるね。神セブンとか神対応とか神ってるとか」


「神を信じない、となると……ばっちゃ様が毎日熱心に拝んでいる、あの花の描かれたキラキラの箱は神ではないのですか?」


 おそらく仏壇だ。俺は「それは仏様という」と説明した。ロイは困惑した顔だ。


「神のほかに拝むものがいるんですか? ううむわからない」

「ようするに祖先崇拝だと思ってもらえればいい。死んだ人間は大昔の偉大な哲学者の弟子になるんだ」

「その偉大な哲学者の弟子というのは、神のようにあがめる価値があるんですか?」


 ロイの質問は現代日本人の宗教意識の低さをズバリと突いてくる。俺は、

「えーっと、祖母ちゃんの場合、哲学者の弟子をあがめている……というより、死んだ祖父ちゃんに挨拶してるんだよ。今日も一日守ってくれ、って」と、そう答える。


「哲学者の弟子に、人間を守る力があるんですか?」

 なんだか仏教だけに禅問答みたいになってきたな。俺は、


「そこは知らないけど、祖母ちゃんが拝みたくて拝んでるんだから、いいじゃないか」

 と答える。


 ――あたりの風景が、田んぼやリンゴ畑でなく、そば畑になってきた。

「なーんかヘンピなとこだねえ!」と、あかりが身も蓋もなくそう言う。そう、事実ヘンピなのである。ド田舎だ。


「この田舎道をしばらく行くとあるんだなぁ環状列石」

 姉貴がしばらく車を走らせると、「大湯環状列石」と書かれた看板が見えた。それに沿って曲がると資料館が見えたので、車をとめる。


「まずは資料館の見学といこうか」姉貴は車を降りて、資料館のほうに歩いていった。結構立派な建物だ。正式名称は「大湯ストーンサークル館」というらしい。入ると姉貴が入館料を払ってくれた。


 資料館には、ストーンサークルに使われている石を持ち上げてみることができる展示があったり、ストーンサークルと太陽の運行を説明する模型――まあ異世界にいるので冬至も夏至も春分も秋分もないのだが――が展示されていたり、土器を修復する工程をパズルにしたものがあったりして、思った以上に面白かった。まさに姉貴の大好きなやつだ。


 発掘の様子の写真なども展示されており、大館市内の高校生も発掘に参加したらしい。なかなか興味深い。また、世界中のこの手の石を並べた遺跡の写真もあるが、明らかにイギリスのストーンヘンジには大負けしていると思う。


 資料館自体はさほど広くなく、一周してから外に出る。記念撮影用の模型であかりの写真を撮ってやる。インスタにUPする気だ。映えんぞこれは。

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