第105話 新たなる魔王軍
後に魔族領再統一戦争と名付けたれたこの戦争は、最後は転生した魔王アウグストリアと、吸血鬼の王ラグトウスの一騎打ちにより勝敗が決した。
吸血鬼というのは生来能力が優れており、長命で不死身に近いため、己を鍛えるという考えがそもそもない。
強ければ強いほど、さらに強くなるのは難しい。
人間がこの世界で覇権を握ったのも、そういった向上心を最も持っていたからかもしれない。
あれだ。地球で言うなら虎は己を鍛えないが人間より強い。
しかし人間が技術を重ねていって、虎をも殺す銃を手に入れたのと似たような感覚だろうか。
とにかくラグトウスは強いことは強いのだが、その強さの研鑽がされてない。
魔族と人間の思考の違いと言うべきか、魔族は最初から現場で教えられ、人間は訓練を重ねた後に現場に出る。
地球においての研鑽で、オーフィルの魔王時代よりさらに強さを増している雅香には、ラグトウスも歯が立たなかった。
「最後にもう一度、また私の下で働く気はないか?」
四肢を切り飛ばされ、もはや魔力も満足にないというラグトウスは横たわり、その胸に雅香は刀を付き付ける。
荒い呼吸のラグトウスは、血を吐きながらも答える。
「人の下で栄誉を願うなど吐き気がするわ」
「そうか」
そして雅香の刀が一閃し、ラグトウスの首を飛ばした。
戦いが終わった。
そしてこれは、新たな魔王による魔族領の統一をも示す。
勇者と魔王が戦い、共に死んだあの決戦後、魔族は完全に魔族領に引っ込んだ。
それをいいことに人間はまた身内の国家間での戦いを始めた。
魔族の間でも種族間で争いは起きたが、それでも魔王の親衛隊の存在が、他種族融和の象徴となっていた。
そして今ここに、魔王による魔族の再統一がなされたわけである。
雅香は残った吸血鬼たちに言う。
「吸血鬼たちの支配体制は、今後も今のままを許す。ただし私の命令に従わなければ、容赦はしない」
そう、雅香にとって吸血鬼が問題なのは、人間を家畜化しているからではなく、人間である雅香に従わないからである。
だが今、支配派である最強の吸血鬼ラグトウスが死んだ。
そして魔王雅香も、別に人間を優遇しろなどとは言っていない。
そもそも人間は吸血鬼にとって大切な家畜なので、無闇に血を吸いすぎて殺すことなどしない。
下手に吸血鬼の方が人間より高等だなどとは考えず、戦力を人間に提供する代わりに、血液を提供してもらっている吸血鬼というのも存在するのだ。
吸血鬼にとって人間はペットのようなものだが、賢いペットを見知らぬ他人より大切にするのは、人間にとってもよくあることなのだ。
雅香の言葉は続く。
「お前たちが忘れてはいけないのは、人間にも吸血鬼より強い者がいるし、吸血鬼より賢い者がいるということだ。ただ人間というだけで吸血鬼より下と思うことさえなければ、それでいいのだ」
オーフィルの種族間の対立は、地球における民族、宗教、イデオロギーの対立よりも、その生態からの対立が大きいだけに、本質的には解決出来ない。
別に同じ民族の同じ人種だとしても、貧富の差などによって、人はそれぞれ命に価値をつける。
正直なところ雅香は、戦争状態にあっては有能と無能で、命に価値の差をつけるのは当然だと思っている。
だが実力や能力ではなく、種族や思想などで争うことは許さない。
人間という種族単体で見たところで、その価値は能力によって定められるべきだろう。
だが物事を無駄に複雑化し、公平性を無視するような存在は、雅香にとって、健全な社会にとって害悪だ。
そういうものはスターリンのように地雷地帯の戦闘を歩かせるように利用するしかない。
何はともあれ、魔族領の内戦は、ここで大きな区切りを迎えたのである。
だが、全てが終わったわけではない。
吸血鬼の中でも融和派である重鎮が、ラグトウスの作戦について雅香に伝えたからである。
ラグトウスは竜種と契約を結んでいた。
竜は幻獣と言うよりは神獣であり、その中でも最も強大とされる種である。
国を挙げての大作戦でも討伐に失敗するような相手であり、倒すためには少数の絶対強者による戦いが、被害の大きさを考えると現実的なのだ。
個人の武力が軍を凌駕するというのは、地球などではありえなかったが、オーフィルでは珍しいことではない。
地球においても格闘技の世界チャンピオンが富と名声を手に入れることと比べたら、分かりやすいかもしれない。
「というわけで、竜殺しをしなければいけなくなった」
「契約と言っても生贄を捧げて協力を仰ぐとかそういうものだろ? 契約を解除すればいいだけじゃないのか?」
「それもあるが、この竜殺しは政治的に利用したい」
「ああ、そういうことね」
雅香の提案に、あっさりと悠斗が頷いた。
竜を殺すということは、それだけでも名声を得ることが出来るが、魔王自らが戦いに赴き竜を殺すということで、さらに魔族の間で魔王の支配が確立されるということである。
「俺は構わないんだが……」
悠斗が視線を向けたのは、ラグゼルとリューグ、そしてエリンに対してである。
「ラグゼルとエリンは来てほしいが、お前の息子はまだ少し実力が足りないんじゃないか?」
雅香としてはごく自然な判断である。
それにはっきり言うと、前衛の戦士としては、リューグは武装にもまだ不安が残るのだ。
人間にとって最大の災厄である魔王。
転生した父の友人であり同盟者であると言われても、信じられないリューグである。
元から協力する気にはなれないが、それでも自分の実力を
「リュートが行くなら、当然私は行くわ」
エリンはぎりぎり悠斗に触れない距離にいて、そのように意思を表明する。
ツンデレ状態を少しこじらせているらしい。
「今の名前は悠斗なんだけど」
「どちらでもいいでしょ」
このあたり、ああエリンだな、と懐かしく思う悠斗である。
「竜の死体を素材として提供してくれるなら、俺にも異存はない。ただ撤退する可能性はちゃんと考えておいてくれよ」
ラグゼルとしても生きた竜や、その死体から取れる素材に関しては興味がある。
ただ命あってのものだねであるので、そこだけははっきりしておきたい。
「もちろん今後のことも考えると、ここで損害を出して戦力を減らすわけにはいかない。ただ相手が相手だけに、下手に刺激するのも微妙でな」
雅香もそのあたりのリスクとリターンは考えているのだ。
ラグトウスからの生贄はなくなったが、はっきり言って竜にとって生贄などというのは、別に必要なものではない。
ただ神々が人の信仰を力とするように、人々の畏怖を生贄として食らうのは、竜にとって当たり前のことなのだ。
「そもそもどの竜なんだ?」
悠斗の問いに対して、雅香は少しだけ言いよどんだ。
「血毒竜ラルフェルだ」
「伝説の竜じゃねえか」
神話の時代から生きるという、前世の魔王であったころの雅香でさえ、あえて倒そうとはしなかった存在。
大国を単体で滅ぼしたという、竜の中でも最上級の有名個体であった。
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