第102話 魔人の王

 魔人族というのは一般的には、地球で悪魔と言ってぱっと思いつくようなイメージに近い。

 なお実際の人間の悪魔に定型というものはない。頭が二つあったり獣の姿をしていたり、それこそ天使と同じ姿であったりする。

 だがオーフィルの魔人族と言えば、青みがかった黒い肌に、両手両足の先は剛毛で覆われ、背中には蝙蝠の羽を持ち、頭からは二本の角が生えている。

 肌の色や角の形で部族が分かれてはいるが、生来の能力に得意不得意はなく、地球で言う人種の違いほどの違いもない。

 違いがあるとすれば、魔人族は部族ごとに差別などは行っていないことだろうか。


 新魔王軍は吸血鬼の都市に向かい、その正門の前に集結した。

 普段は交流のために開けられた門も、さすがにこの状態では閉じられている。

 城壁の高さはせいぜい20mほどで、越えようと思えば越えられないことはない。

 ただ魔法による結界があるので、下手に侵入しようとすれば弾かれて爆散するだろう。

 もちろん雅香や悠斗であれば、力ずくでの突破も可能である。

 しかしこの戦争の目的は、都市を陥落させることではなく、魔人族と吸血鬼を屈服させることだ。

 それも魔族にとっては分かりやすい方法で。


 なお都市の中にいるダークエルフの最精鋭2000人は、既に士気を失っている。

 2000人の精霊使いが、エリン一人に抑え込まれているからだ。

 凡百のダークエルフでも、50人もいたら傑出した精霊使いには勝てる。

 だがエリンは一人で、その精鋭たちを抑え込んでいる。


「なんか昔に比べてすごく強くなってない?」

 悠斗の言葉にもエリンは、ツンと顔を反らす。

「少し訓練すれば、この程度にはなるわ」

 そうは言うが、エルフには訓練とか鍛錬という言葉はない。

 なぜならその悠久の寿命の中で、技術というのは勝手に育まれていくものだからだ。

 だからこそエルフは、100年以上も生きていても、20年と生きていない人間に負けたりする。

 実際エルフにおける星人は100歳なのだ。


 だがそんなエルフが、しかも生来の能力に優れたハイエルフが、18年間自分でも鍛えたと言える訓練をしたのである。

 素質が突出しているだけに、その成長曲線は凄まじかったと言っていい。

(俺が死んだのが原因なんだろうな)

 エリンが努力という、エルフには存在しない概念を獲得したのは、おそらく悠斗の力になれなかった過去が理由になっている。

 まさにツンデレと言うべきであるが、悠斗にとっては可愛い女の子にしか見えない。


 やばい。

(なんか……いいよな)

 前世においても第一印象は、お互いにかなり悪かったのだが。

 他の女の子と仲良くしているのに嫉妬しているのだと気付いたら、逆にたまらなくなってしまったものだ。

 そして二人の間には、愛の結晶が生まれている。


 魔族領の統一を決めるこの戦いにおいて、悠斗はどうやってエリンを口説き直そうか、そんなことばかりを考えていた。

 だがそんな色ボケ勇者の頭の中はともかく、新魔王軍と連合軍の間で、緊張感は高まっている。




 普通に攻城戦と考えても、確かに戦力差から勝てる。

 強力な魔法使いがいる戦場においては、城壁は絶対的に防御側を有利にするものではない。

 それでも城壁を破るためだけに魔力を使うと思えば、全く役に立たないわけではない。

 しかしだからといって城壁を頼りにするなら、攻撃側の大規模広範囲魔法を受け続けることになる。

 広範囲魔法を防ぐほどの魔法防壁を維持し続けていたら、それはそれで魔力切れを起こす。

 物理的な城壁まで守ろうとするなら、むしろ防御側の方が魔力消費は激しい。


 よほど強固に作られた戦略的な要塞以外、オーフィルでは会戦が主流なのはこのためである。

 なのに城壁に頼って篭城し、追い詰められて死ぬバカは多い。


 この場合は新魔王軍から軍使が使わされた。

 吸血鬼の王ラグトウスと、魔人の王ベリダスに対して、それぞれ一騎打ちで勝負を決しようというものだ。

 人間の軍であれば絶対にありえないことだが、基本的に最も強い者が長である魔族では、頻繁とまでは言わないが、戦場でも時折起こる。

 あれである。横山三国志の一騎打ちのようなものだ。


 使者が持ち帰った返事は「諾」であった。

 昼間に行われる最初の戦いは、当然ながらベリダスが出てくる。

 新魔王軍は後退し、城門が開かれて、数人の護衛を付けたベリダスが現れた。

(ベリダスか……)

 実は悠斗は前世の戦争において、ベリダスとは戦っていない。

 だが話に聞く限りでは、魔法にも優れた魔人族であるにもかかわらず、接近戦が得意であったという。


 神剣を抜いた悠斗が、新魔王軍の中から歩み出る。

 ベリダスの外見は、身長がおよそ2mで灰色の全身甲冑を装備している。

 筋肉が鎧の上からでも分かるほど、全身が前衛戦闘に向いたものとなっている。

 悠斗もまた神剣の権能によって、全身甲冑を装備する。

 武器と違って鎧は、基本的には軽ければ軽いほどいい。

 神の力によって練成されたこの鎧は、間違いなくオーフィルでは最高の装備である。


 ベリダスもまた、巨大な大剣を持っている。盾はない。

 両者共に、両手持ちの武器を手にしている。

 盾がないのはそんなものがあっても相手の攻撃を受けきれないと分かっているのか、それとも剣同士のぶつかり合いを想定しているのか。

 悠斗のみならず月氏十三家でも、盾という防具は基本的に使われなかった。

 おそらく日本の剣術がベースになっているからだと思うし、魔法の攻撃などは魔法の防壁でないと防げない。

 それに手甲自体は防御力のある物が多く、それを盾代わりに使うという流派はあった。




 両軍の見守る中、二人は対峙する。

 体格で見ればベリダスの圧勝であるが、悠斗の知る限りでは、剣聖はこいつと戦って、翻弄しながらも決定打を入れられず引き分けになったと聞く。

(あの人はスピードと技を活かした術理で戦ってたからな。決定打を入れられなかったか)

 ベリダスの甲冑も、もちろん悠斗の物には劣るだろうが、魔族の中でも最高級の物だろう。

 と言うか、おそらくこれも雅香が作った物だ。デザインがそれっぽいし、肩に魔王の印がある。


 鎧の隙間などはないが、兜は顔を完全に晒していて、防御力よりも視界を重視している。これは悠斗と同じだ。

 乱戦では別であるが、一対一の接近戦で戦う場合は、視界は確保しておいた方がいい。

 これが戦場での戦いになると、流れ矢などの不慮の一撃を避けるため、顔面を覆う兜も必要なのだが。

 ちなみに悠斗の甲冑は、ベースが宇宙刑事で関節などの稼動部も上手く防御したものである。

 ベリダスの甲冑も同じようなもので、コンセプトは同じだ。


 もっとも装備の点では、やはり悠斗が上だ。

 戦闘経験はベリダスの方が多いだろうが、格上相手の一騎打ちであれば、おそらく悠斗の方が多い。

 それに悠斗が備えているのは、十三家において伝わっていた、対人戦闘の術理である。


 ベリダスは確かに魔人族の王であり、強いことは強いはずだ。

 だがいくらなんでも雅香より強いはずはないし、その戦闘スタイルも分かっている。

 一方の悠斗の情報だが、前世の勇者としての情報はあるだろうが、今の悠斗の情報とは別だ。十三家の対人戦闘は、大規模戦闘とは違う。

 魔族の、魔人族に限らず長の交代というのは、ほとんどが決闘を伴う。

 それに挑戦する者も多いため、自然とそのスタイルは単純なものになるし、その単純なものを極めていくことが、強さを増していくことになる。

 たった一度の勝負のために、切り札を取っておくという選択は、魔族にはない。


 負ける要素は、悠斗の方が少ない。

 だが勝てると思って戦えば、そこに隙が生まれるだろう。


 魔族領域の行方を賭けた戦い。

 その第一戦が始まった。

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