第101話 先頭に立っていくスタイル

 魔族の軍隊の特徴は、長所でもあり短所でもある。

 それは長でもある最強の戦士が、前線の中でも先頭に立つ場合が多い。

 特に肉体的能力に優れた種族はそうであり、それ以外の後衛からの魔法に優れた種族でも、可能な限り長は前線に出る。

 末端までの士気が上がるという長所はあるが、同時に最高指揮官が戦死しやすいという危険性も持っている。


 雅香はさすがに例外的に、魔族の中での立場を築いて以降、人間相手の戦争では、前線に立つことは少なかった。

 それでも難しい局面では前線に立っていたし、前線の慰問は何度もしていた。


 その魔王が、今は先頭に立っているのである。

 しかも魔王と同等に、デタラメに強い人間と一緒に。


 新魔王軍の軍団構成員は、前線においてはやはり獣人が多い。

 肉体的な素質に恵まれていて、兵士としては隊列を組んでも強いし、個人として遊撃戦を行うのも強い。

 これに加えて三眼族と天翼族が、魔王軍の主な構成要素である。

「スキュラはともかく、アラクネやケンタウロスはどうなんだ?」

 アラクネは蜘蛛の下半身を持つ女のみで構成された種族だ。オークとは逆である。

 そして繁殖のために人間の男を必要とするわけだが、女ではあるが人間の男よりもはるかに強い。

 ケンタウロスは魔族ではなく亜人扱いで、人間とは生活圏が違うために衝突しないが、傭兵として人間にも魔族にも雇われることがある。


 前世においてはアラクネには苦戦させられたし、ケンタウロスを持った軍相手には、基本的に会戦は仕掛けなかった。

 なおアラクネは便宜上魔族と言われているが、単に人間社会が男が権力を持っているので風習が違うため、価値観が違うだけで、あちらからは積極的には襲ってこない。

 ただ戦場では屈強な男を捕獲する機会が多いため、種馬として兵士を捕獲することが多い。これが魔族扱いされる大きな理由である。

 さらにひどいのになると、両足を切断して完全に逃げられないようにするのだとか。

 雅香が魔王であった頃には、普通に養ってほしい男を優先して提供していたものだが、アラクネだって本心では屈強な男の種の方がほしいのである。

 他の魔族とは交配できないので、アラクネもまた吸血鬼などと同じく、人間の存在に依存した種族である。


 アラクネを、こういう特異な林の中の戦闘に使わなかったのは、単純に現在アラクネ族全体でベビーブームにあたり、外に戦士として出せる女が少ないこと。

 ケンタウロスは一時交渉が途絶えた間に、人間国家との間で契約を結ばれ、あちらの方の戦争に注力しているからである。

 なおケンタウロスが強いのは、機動力のある弓騎兵だからである。

 個人として見た場合、ケンタウロスではなぜか、人間のように傑出した戦士が出ない。

 だが女まで含めて全ての成人が弓を使えるケンタウロスは、戦争においては、特に会戦においては最強に近い。


 なおスキュラもまた女だけの種族であり、その男を種馬とする価値観はアラクネに近い。

 ただしスキュラは水辺で生活する種族であるため、それ以外の戦場ではあまり強くない。




 そういうわけで現在の新魔王軍は、兵種の選択の段階で、昔よりも弱い。

 だが兵の数を精霊で補っていた連合軍は、もはや機能しないだろう。

 エリンがこちら側に完全についたからだ。


 エリンは会戦、攻城戦、篭城戦のどれにも限らず、人数が必要な戦闘においては恐ろしく強い。

 彼女一人がいるだけで、二万を超える雑兵も意味をなくすからだ。

 そしてダークエルフが使役する精霊も、彼女の力であれば無力化出来る。

 同じエルフと言っても、ハイエルフとダークエルフはほとんど種族が違うと言ってもいい。

 精霊を友とし、ほぼ同格の契約を結ぶのがエルフやダークエルフ。

 それに対してハイエルフは精霊の根源と契約し、一方的に精霊の力を使うことが出来るのだ。

 簡単に言うと、エリン一人でダークエルフの精霊はすべて無力化出来る。


 つまり戦争が、戦争ではなくなる。

 あとは向こうの傑出した者を降していけば、それで魔族領は再統一だ。

「具体的には何人を倒して、そのうち何人を殺せばいいんだ?」

 悠斗が問題とするのは、統一までの時間だ。

 魔族側を統一したら、今度は人間側を統一し、終戦宣言を出さなければいけない。

 休戦ではダメなのである。

「ダークエルフの長は、エリンの力の前には屈するしかないだろう。ただし内心がどうであるかは分からないが」

 この場には雅香と悠斗、ラグゼル、リューグの他に、新魔王軍の幹部もいる。

 親衛隊に加えて、獣人や三眼族の代表だ。


 元勇者である悠斗に大しては、複雑な感情もあるのかもしれない。

 もっとも魔族は力が全てという価値観が根源にあるので、戦って負けたならそれは仕方がないと思うものである。

 毒殺や暗殺なども、ある程度は許される。そんな馬鹿な殺され方をした方が無能であるという考えだ。

 雅香が法治主義を完全に魔族領に広めなかったのは、そもそも異種族の連合である魔族では、種族ごとの重要度が違うからだ。

 最低限の分国法のようなものを作り、その範囲の中では種族ごとの決まりを定めたものが多い。


 だがこれは長年をかけて行うことで、魔王への権力を一極集中させることになった。

 なぜなら魔王直轄領が最も安全であり、支配下種族を縛る法も弱かったからである。

 各種族において、有能ではあるが身内からは疎んじられる者は、自然と魔王の直轄となる。

 それが親衛隊であり、魔王の官僚機構だ。

 種族の適性は考慮した上で、もっとも有効に使う。

 人を使うということが、人の上に立つものに求められる、最も大切なことである。




 そして雅香が、打倒して命を奪う必要まであるだろうと考えるのは二人。

 吸血鬼の王ラグトウス。

 魔人族の王ベリダス。


 どちらの種族も元々独立志向が強かったというのもあるが、吸血鬼は特に人間との関係性で対処が変わる。

 吸血鬼の思想は主に二つに分かれている。融和派と支配派だ。

 融和派というのはまさに血税を人間に納めさせ、その権利などをある程度認めるとしたもの。

 支配派は完全に人間を家畜とみなし、同じ知的生命体ではあるが、吸血鬼よりは劣ったとしたもの。

 まあどちらにしろ実態はそれほど変わらないのだが、今後の戦略を考えれば、支配派では困るのだ。

 人間と肩を並べて、人間と戦う。

 どんな吸血鬼であっても基本的に人間は栄養源とするのは変わらないが、食べ物を見る目で人間を見られたら困る。


 そして魔人族のベリダスは、単純に独立志向なだけである。

 魔族も生来強い個体が多い種族なだけに、他の種族と同列に見られるのは嫌う。

 あとは基本的に天翼族と仲が悪い。

 同じ羽持ちの種族であるが、根本的には歴史的な遺恨が大きい。

 地球の人種問題とほぼ同じではないかと、雅香などは思うのだ。


 この二人が現在、吸血鬼の都にいる。

 種族的な問題で、人間を含めた大きな都市が必要な吸血鬼の都市は、流通を考えても軍の集結には適しているのだ。

 もっとも実はそういった制度や街づくりをしたのも、前世の雅香であったりしたのだが。

 滅びかけていた吸血鬼を、その種族個体の優秀さから、どうにかまた維持するのに可能になるまで増やしたのだ。

 なにしろ太陽という明白な弱点を持っていただけに、制度的にも技術的にも、保護するのは大変であった。

 その過去の手厚い保護を勘違いして、自分たちが偉大な種族だと考えているのが、今の吸血鬼であるのだが。


「二人のうち、どちらかを私が相手し、もう片方を相手してくれればいいんだが」

 雅香はそう言うが、時間帯を調整すれば、まず魔人族を二人がかりで倒し、それから吸血鬼を倒すという手順もあるだろう。

「総大将同士の一騎打ちとなると、二人がかりで戦うのは卑怯になるんだよな」

 なるほど魔族でも、そのあたりの基準はあるわけか。


 夜の吸血鬼。はっきり言って戦いたくない相手である。

 それをわざわざ選ばせるということは、雅香には勝算があるのだろう。

「じゃあ俺は魔人族で」

「決まりだな」

 魔族の統一戦争は、総大将同士の一騎打ちという、素晴らしく頭の悪い方法で決まりそうである。

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