第88話 父と子と
悠斗が父の転生であるということを信じてもらうことは、それなりに難しかった。
ラグゼルが自分の記憶と照らし合わせ、神剣の戦神ゴルシオアスが保証しても、死んだはずの父が記憶をそのままに、自分より年下の姿でいるというのが認めがたかったのだ。
無理もないなと思う悠斗である。右腕を斬り飛ばすぐらいのことをすれば信じてもらえるかなとも思ったが、もちろんふと思っただけである。
「ララの胸のこの辺りに、黒子が二つあったな」
裸でも見ていないと分からないことを悠斗が言って、リューグはやっと納得した。
両親の情事に関わることなど知りたくなかっただろうし、悠斗としても息子にそんなことは伝えたくなかったのだが、仕方ない。
そしてようやく納得したリューグは、また悠斗を驚かせることを言った。
ララは現在結婚していて、リューグの下に男の子と女の子が二人ずついるのだとか。
「ま、まあ俺は死んでたわけだし、結婚してたわけでもないし、戦える男が減っていた中で、ちゃんと結婚できたのは良かったのか」
地味にショックな悠斗である。
なんだろうこの、青春時代にマジ恋愛した元カノが、現在では肝っ玉おっかさんとして子供たちに囲まれているのに似た、安堵感とも寂寥感とも言えないこれは。
「父さんは、その育ての父は、父上、じゃなくて悠斗殿とも一応は顔見知りだとは言っていましたが」
義勇軍の戦士で、今は一線からは引いて新米兵士の教練をしているという。
名前を教えてもらったが、悠斗の記憶にはない。あの頃共に戦った戦士の数は多かったから、それは仕方がないことなのだろう。
これは、NTRではない。
断じてNTRではないのだが、もやっとしたものは消えない。
前世においてララは悠斗よりも五つも年下でありながら、包容力に優れた、それでいて気風のいい少女だった。
その逢瀬はせいぜい両手の指で数えられる程度であったのだが、戦いに疲れていた悠斗を癒してくれる存在であった。
「そういえばエリンとアテナとは仲がいいのかな?」
突然父親の心が芽生えたわけではないが、息子の交友関係が気になってきた悠斗である。
「悪くはないですね。そもそもあんまり会ったこと自体がありませんが。ただエリンさんと母は、出会うと喧嘩していますが」
あ~、と天を仰ぐ悠斗である。
エリンもララも気が強いのは確かだ。
加えてエリンはとっておきの暴力手段も持っているが、基本的に人間を下に見るので、同レベルで争うというのは珍しい。
「それと、悠斗殿」
改まったリューグは、かなり真剣な顔で問うてきた。
「他に兄弟姉妹はいないんですか?」
なるほど、気になるところであろう。
英雄色を好むというわけでもないが、オーフィルに召喚された時の悠斗は、煩悩に塗れた年頃の男子高校生であった。
また勇者ということもあって、ある程度は周囲もニンジンをぶら下げるように、美麗な女性を侍らせてきた。
地球にいずれは戻るつもりで、あとそれなりに好みが激しい悠斗は、割と誘惑には屈しなかった方であると思う。
だがそもそも勇者の血を戦力としたいという、国家の首脳の考えはかなりしつこかった。
悠斗だって普通に誘惑されて、情動に敗北したことはある。
「いない……んだよな?」
心当たり自体はあるだけに、ラグゼルに確認する悠斗である。
「いない。神剣の行方を探すために、お前の血縁を探し出す魔法を使ったが、その時に引っかかったのがアテナとリューグだけだった。その時までは俺もリューグのことは知らなかったんだ」
異世界人との子供は出来にくいのかとも思った悠斗であるが、エリンとの相性を考えるに、単にタイミングの問題だったのだろう。
それはそれで安心のリューグであるが、一つ問題もある。
「母には知らせた方がいいでしょうか?」
そこはまた悩まざるをえない悠斗である。
相手は既に人妻である。
長男の父親であるとはいえ、肉体は既に完全な他人。
しかも言うなれば、息子よりも若い肉体である。
「まあ旦那と仲良くやってるなら、特に言わなくてもいいんじゃないかな」
「だいたい夫婦喧嘩をすると母が勝ちますからね」
「ああ、ララってそういう子だった」
しんみりとはせずに、失笑してしまう悠斗である。
勇者リュートは死んだ。
しかしその足跡も血も、しっかりとオーフィルには残っている。
「明日からはまた色々とすることもあるだろうから、今日は二人で語り合えばどうだ? 不寝番は俺が代わってやる」
あまり他人には斟酌しないラグゼルだが、珍しくも気を遣ってくれたのであった。
枕を並べて父子は横になり、語り合う。
肉体的には従兄弟であり、なんだか親戚の家にお泊りをするような感覚であろうか。
精神的には年長者ということもあり、悠斗は最初は聞く側に回った。
リューグは物心ついたころには、今の父が既にいた。
だが割りと早いうちから本当の父であるリュートについては聞かされていた。まあ容姿が全く両親のどちらにも似ていないので、話しておくべきではあったのだろう。こういうことはいずれ洩れる。
父親が勇者ということは少年を興奮させ、父からは剣を学んだ。
才能もあったため兵士に志願しようと思ったのだが、父の友人から推薦を受けて、騎士の士官学校に入学した。
そこでも魔法の適性を示したため、剣以外の戦い方もおぼえた。
正式に勇者の忘れ形見であると発表されたのは、騎士叙勲された18歳の時である。
言われてみれば似ているし、力の強さもそれなら納得ということもあり、またラグゼルもそれを承認した。
よって今ではこの年齢で上級騎士として、幹部の一端にいるというわけだ。
「それなりの自信はあったのですが、さすがに父上には全く及びません」
リューグが悠斗を呼ぶのは、悠斗殿と父上が混ざっている。
実の父に会えたのが嬉しいのか、それとも伝説の勇者に会えて興奮しているのか。
地球ではさらに強い戦士がいると聞くと、嘆息した。
「勇者よりも強い戦士が、そんなにいるのですか」
「直接目にした中では、三人かな」
雅香、九鬼家の兄弟。日本ではその三人だ。
直接会ったことはないが、中国四川省の竜王を名乗る者は、それとほぼ互角ぐらいの力を持っているらしい。
近接戦はともかく後衛からの火力という点では、バチカンにも一人強大な力を持つ者がいるそうな。
あとはアメリカにも一人。
こうやって数えると少ないようにも思えるが、それとは別に眠れる神々が存在する。
目覚めて力を振るえば、地球を破壊してしまうという神々。
それに対抗するために、雅香とは手を組んだのだが。
思えば遠くに来たものだ。
いや、異世界への帰郷といったところだろうか。
リューグはやはり戦士らしく、地球の魔法の体系や、悠斗の実戦剣術に興味を持ったらしい。
今後はとりあえず目の前の戦場を終息させるが、その後は魔族の領域に行くことになるだろう。
ここまで来ても、雅香やエリンと会えないのは、かなり当初の予定とは外れてしまっている。
一度は地球からの使節と合流して、適当な嘘はついておく必要があるだろう。
魔族の領域に行くのはその後だ。
「魔族の領域ですか」
前世において悠斗は、実は魔族の領域の奥深くには侵入していない。
なぜなら魔王は、前線近くにいることが多かったからだ。
雅香としては下手に勇者に領内に入り込まれ、破壊活動をされるのを恐れたわけだ。
実際に魔族領域に侵入した時の悠斗たちも、前線への補給線を破壊したり、捕虜の奪還などを行ったりとした行動が主であった。
本格的に魔族の国へ入るのは、初めてとなる。
魔族の国。
悠斗ほどの突出した戦力はいないはずであるが、恐るべき幻獣などはそれなりいいるはずだ。
四天王は健在である以上、油断することはもちろんありえない。
「父上、もし、もし王のお許しを得られたらの話ですが」
リューグは躊躇いながらもその求めを口にした。
「私も父上に付いて行ってはいけないでしょうか」
――勇者の息子が、仲間になりたがりそうにこちらを見ている。
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