第84話 勇者の残したもの
ラグゼルが分析するに、現在のオーフィルは、二つの考えに分けられる。
過去への固執か、未来志向か。
現実主義か、感情主義か。
実態か妄想か。
人間は主に勇者派と聖女派に分かれているが、勇者であった悠斗が勇者派ではないように、聖女レティーナも勇者の従者であったことを、利用されているだけである。
もっとも本人も単に利用されているわけではなく、聖女派の中でも世俗介入派と神殿独立派が分かれているのだとか。
「ややこしいな!」
「一つ一つを考えていけばそうややこしくはない」
ラグゼルの持っている情報と、状況への見識は、おそらく人間の中では一番客観的だ。
世俗介入派というのは要するに、神の権威でもって、現実の世俗世界での影響力も持とうという者たちである。
はっきり言えば生臭坊主であるが、ある程度の現実主義者もいるし、宗教権力を利用して成り上がろうという、有能な人間もいる。
これに対して神殿独立派は、神殿はあくまでも神の教えを守って人々を助けようという人道主義精神を基盤としていて、王や貴族といった権力とは適度な距離を保とうとしている。
そう言うと美しく聞こえるかもしれないが、実際に人間の社会の中で生きていくのだから、高潔な精神だけでは役に立たないお花畑が多い。
レティーナは神殿独立派であるが、彼女自身はお花畑ではない。
純粋に、神の名を騙る利己主義者が許せないのである。
そのあたりはお花畑ではないが、神殿という宗教勢力においては理想主義者である。
勇者派にしてもその中に、さらに権力の派閥の分裂がある。
基本的にはこれ以上の戦争はもう御免だという国家が揃っているのだが、中には戦争商人の後押しを得た戦争継続派もいるし、前線で戦ってきた国家が多いので、民衆の魔族への敵対感情も根強かったりする。
個人的な怨恨ではなく戦争によるものであり、こういった中から孤児を集めて、神殿戦士団の構成要員などにしている神殿の体制もあったりする。
「ま~、そりゃあな。俺たちだって仲間を殺された恨みがなかったわけじゃないし」
復讐は何も生まないなどと綺麗ごとを言う人間もいるが、復讐への執念が、強力な戦士を生み出したりするのである。
こういった人間は個人的な恨みに加えて、神殿という無条件の絶対善をバックにつけるので、価値観的には無敵の人になるのである。
人間は主に二つの主張で対立しているが、人間に協力して魔族と戦った妖精種は、割と単純である。
魔王が消滅して魔族の侵攻が止まったので、ドワーフは洞窟の中へ、エルフは森の中へ、それ以外もそれぞれの棲家へ帰っていった。
ぶれない種族である。人間が複雑すぎるのかもしれないが。
その中ではエリンとその娘のアテナが、例外的にラグゼルと協力している。
「俺の娘なんて言われた時はどうしようかと思ったよ……。あ、他に俺の子供なんていうやついないよな?」
ひそかに聞いておきたかったことである。
「いるぞ。もちろん確実だとは言えないけれど、あの商人の娘、憶えてるか?」
「いるのかよ!? 商人の娘っていうと……ララのことか?」
「あの子の産んだ男の子がいる。時期的にも面影からしても、お前の息子で間違いないと思う」
今度は息子か。
「……すると今はもう20歳か?」
「そのはずだな」
心当たりはありすぎる。
しかし、今度は息子か。
しかも今の自分より年上の。
年上の息子って、なぜだかエロい意味を感じるのは、悠斗が汚れているからだろうか。
「そいつは何をしてるんだ? 勇者派だよな?」
「騎士になってるぞ。普通に上級武官だ。お前の才能が受け継がれてるみたいで、相当高名な騎士だぞ」
おそらく普通に調べても分かったのかもしれないが、あえてここまで調べようとはしてこなかったものだ。
「他には……さすがにいないよな?」
一応他にも身に憶えはあるのだが。
「少なくとも広言しているのはその一人だけだな。あとアテナの件は、けっこう知られていない」
「そうなのか」
まあ人間とエルフがくっつくのは、本当に珍しいことなのだ。寿命が全く違う種族同士では、価値観も人生観も違うだろう。
「それで、そのエリンとアテナはどこにいるのか知らないか?」
いると思っていた神樹の森にいなかったので、こちらでの調査がこれだけ長引いてしまったのだ。
「神樹の森と魔族領を往復しているはずだが、今は魔族領でちょっと大きな戦いが起こりそうだという連絡はあったな」
「今も連絡がつくのか?」
「あちらが神樹の森に戻ったら可能だ」
ようやく、エリンに会える見通しがついてきた。
だがしかし。
「大きな戦いって、エリンは参加するつもりなのか?」
「そうだろうな。魔族でも魔王の四天王レベルと戦えるぐらいの人間側戦力は、俺とエリンとクソ爺ぐらいしかいないし」
確かにエリンは強いが、隙がないわけでもない。
「一人じゃ危険じゃないのか?」
「だからアテナも連れて行ったんだろう」
人間と魔族の、勇者と魔王の戦いは終わった。
しかしそこから紡がれるのは、平和な物語ではない。
戦いの歴史は続いていく。
(あれだな、第二次大戦で日本が負けた後、植民地が独立運動起こしたり、共産主義との戦いになったりしたあれだ)
血塗られた歴史と言っていいのかもしれないが、逆にどれだけの戦争の中にも、平和な場所や平和な時間は存在するのだ。
戦争をなくすのは不可能だ。
今更ながらに悠斗は悟った。
オーフィルのことは所詮は、国家間のパワーバランスを巡る戦いである。
その主義主張を考えるに、人間の魔族共生派と、魔族の人間共生派が多数を占めて、これが一般的になるのが一番平和的な流れであろう。
もっとも人間にも狂信的な魔族排斥論者がいるように、魔族にも人間を家畜にしか思っていない種族はいる。
種族間の戦いにはなるのかもしれないが、人間のそれは思想的なものであるので、現実によって対処が出来るだろうし、吸血鬼なども逆に、人間を絶滅させようとはしない。
そんなことになれば、食べるものがなくなってしまうからだ。
もっとも家畜を可愛がる吸血鬼はいても、家畜が同列になることまでは許さない。
せめて人間を愛玩動物ぐらいには思ってほしいものではあるが。
そのオーフィルに比べると、地球の方が深刻である。何しろ世界というか、惑星の危機だからだ。
「大地自体を崩壊させるなど、出来もしないし意味もないと思うんだが……お前の世界の科学では、出来るわけなんだな?」
「今はまだ無理だけど、理論だけは成立している。だからあとは出力の問題なんだ」
「全く……しかしその神というのも、大地を破壊してまで何がしたいんだ」
「破壊が目的じゃなく、全力で戦うと破壊してしまうというのが本当らしいけど」
ラグゼルは溜め息をつくが、悠斗も過去には同じ気持ちになった。
今の地球での問題は二つ。
一つは神々の問題で、これは今までもずっと続いてきたことだ。
神々も悪戯に目覚めて地球を壊すつもりはないらしいが、実際のところはどうだか分からない。
そして神々が動くかもしれない原因が、現在の地球とオーフィルをつなぐ門だ。
これによって地球の人口は、10年ほどの間に半分にまで減った。
単純に人口が減っただけではなく、環境への被害もある。
人間ほど環境を破壊する生物はいないなどというのは、環境保護を口にする人間の思い込みであって、そこにいなかった生物が出現することによって、環境のバランスは崩れて崩壊するのだ。
たとえばゴブリンなどは人間以上の雑食性のため、いくらでも植物を食べられる。
他にも肉食の魔物が多くなれば、地球の肉食獣よりもはるかに強大であるため、草食動物はおろか肉食動物までも殺しつくし、生態系を完全に破壊する可能性がある。
だからまずは、門を閉じる。
そのために必要なのが、オーフィルの安定である。
「手伝ってもらうぞ」
「もちろん」
ようやく道筋が見出せたことに、悠斗は笑みを浮かべた。
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