第83話 異世界情勢

 実際はまだ、ラグゼルは仲間になったわけではない。

 18年と言う年月は長すぎる。かつて仲間だった勇者パーティーのメンバーが、敵と味方に分かれて争うほどに。

 それでもラグゼルは基本的に、理性的に敵か味方を判断する人間だ。

「転生か……それも記憶を保持したまま……」

 敷物を敷いて、地面にどっかりと座る二人である。

「信じられないか?」

「現実に存在する以上、それを説明する理論が必ずあるはずだ」

 ラグゼルは理論派ではあるが、机上の空論に固執する人間でもない。

 明らかに現実があれば、それは理論のどこかに抜けがあるのだ。


「だがお前は、地球にも絶対に確実な転生は確認されていないと言ってなかったか?」

 言った。まあ自称転生者は多かったものであるし、前世はうんぬんという人間も多かった。

 だが実は十三家であっても、転生は否定されている。

 正確には、あるかもしれないが存在した例は確認されていない、というものだ。


 しかし悠斗は間違いなく前世の記憶と、力を保持している。

 そしてラグゼルにはまだ言っていないが、雅香も前世持ち、そして何度となく転生を繰り返している。

 雅香からの又聞きであるが、転生はごく普通にある。ただ記憶の保持は珍しいというものだった。

 何度生まれ変わっても、過去の罪を忘れられないというのは、ひどい罰のようでもある。


『まあこいつの場合は、我らの力のせいもあるのだろうが』

 この場にいる三人目、と言っていいのだろうか。

 ゴルシオアスの意見に、ラグゼルは頷く。

「だが地球で転生者がいるのは確実なんだな?」

「そうだ」

「そうか。これはまた研究課題が出来たな。いや、最優先か? 下手をすれば不老不死と同じことが出来る……」

 にやりと笑うラグゼルには悪党の笑みが浮かぶが、不老不死を目指すその根底には、単に永遠に研究を続けたいという、魔法使いとしての業があるのだ。

「少なくとも地球の技術でも、200歳までは寿命を伸ばせるし、若さを保つことはもっと簡単だぞ」

「若さを保つことが明らかにしない方がいいな。貴族や富裕商人が群がるのが目に見えている」

 ばっさりと切り捨てるラグゼルである。


 ああ、いいな。

 自分の秘密を分かってくれている上で、しっかりと対策まで考えてくれる。

 多少性格にクセがあるのは確かだが、ラグゼルはやはり頼りになる。

「ところであの魔法陣の件なんだが」

「あれか」

 苦渋の表情をするラグゼルである。




 勇者と魔王の決戦により両者が死亡したが、より打撃が大きかったのは、統治者であった魔王を失った魔族側であった。

 勇者は最大戦力であり、同時に旗頭であり、大義名分でもあったわけだが、権力は持っていなかった。

 だが魔王は違う。戦ってさえいれば良かった勇者と違い、統治する役割を持っていたのだ。

 元々多種族がまとまっていた魔族が、強固な締め付けによって、どうにか統治されていたのだ。支配と言い換えてもいいが。


 バラバラになった魔族相手なら、人間は勝てる。悠斗もそう思ったからこそ、相討ちになってでも魔王をし止めたのだ。

 だが待っていたのは、人間側もバラバラになるという状況。

 敵が強大でなくなったがゆえに、戦後の国家間のバランスを考えて、分裂してしまったということだ。

「しょせん、人間の敵は人間か」

「哲学的なことを言うな。そういえばお前の世界では、人間同士の戦争がほとんどだったと聞いたな」

「今は魔物被害への対処で、国家間の本格的な戦争はなくなったけどな」

 国境での小競り合いは多い。魔物を国境の向こうへと追いやろうとするのは、国の防衛としては一つの手段であるのだ。

「それこそこちらの世界のように、国家が手を結んで対応することは出来ないのか?」

「色々あるけど、すくなくとも現状は無理だな」


 人間同士で争っていた期間が長すぎた。

 それに民族間での対立や、宗教間の対立が激しすぎる。

 その宗教が、今のオーフィルでの問題となっている。


 この世界には、間違いなく神がいる。

 神を全く敬わないラグゼルやエリンでさえも、その存在自体は疑わない。

 だが問題なのは、その神の数が減り、力も大きく失ったことだ。


 悠斗の神剣が、彼の死と共に地球に渡ってしまったのが悪かった。

 力のある神々の多くが消え去り、比較的弱い神々は、世界の運行のためにその力を使っており、人間の間のいざこざには干渉してこない。干渉の余裕もない。

 そんな神々に代わって、勝手に神の意思を代弁するのが神殿である。

 一応神の教えは聖書として残っているが、それを勝手に解釈するのが神殿と考えていい。

 悠斗の知る限りでは、末端の神官ならばともかく、一定以上の地位にある司祭や司教などは、極めて世俗的な欲求が強かったのは確かだ。

 聖女が神殿を飛び出して悠斗の仲間に加わったのは、そのあたりの事情もある。


 だが疑問も残る。

「なんであんな腐敗した神殿に、レティは戻ったんだ?」

 聖女レティーナは、神殿関係者から公式に認められた聖女ではあったが、神殿の腐敗には怒りを抱いていた。

「神殿の暴走を止めるためだな」

 神殿は上層部は腐敗しているか、前線のことを知らない理想主義者に占められている。

 正直に言うと腐敗宗教家の方が、魔族は皆殺しにしろという理想主義者よりは、まだマシとさえ言える。


 それに神殿は上だけでなく、下も魔族とは相容れない者が多い。

 神殿の持つ最大戦力である神殿戦士団は、その九割が魔族との戦争で肉親を失ったり、故郷を滅ぼされた者だ。

 現実の損得で動く世俗の王侯貴族より、宗教的にお墨付きをもらえた人間の方が、よほど魔族相手には好戦的だ。

 どちらかが完全に滅びるまで終わりのない戦いに、人間を放り込むわけにはいかない。

 聖女と神殿の権威を使って、ようやくそれが可能になっている。今のところは。




 元は単純に悠斗の蘇生を考えていたラグゼルであるが、この状況で必要なのは何か、ちゃんと理解している。

 それは神殿に批判的でありながら、神殿が絶対に無視することのできない、絶対的な宗教権威。

 即ち、神そのものだ。

 悠斗と共に神剣が失われたせいで、神により神殿関係者の制御が出来なくなった。

 だから神殿が神々の復活を願っているかと言えば、それも違う。

 神々の教えを恣意的に解釈できなくなるから、かなりの部分が反対しているのである。

「レティーナはこっそり協力してくれたけどな」

 レティーナはバカ正直なバカであるが、愚かではないのだ。


 神剣を探すための魔法が、地球へとつながる門を開いてしまった。

 それに関しては、ラグゼルでさえすぐに封鎖することは出来ない。

 そもそも当初の予定では、神剣をこちらの世界に持って来る魔法であったはずなのだ。

 だが全く出力が足りなかったために、発想の転換が必要となった。

 世界各地に魔法陣を作り、その力をつなげて、魔法の規模を増加させたのである。


 結果的に、上手く地球とはつながった。

 いや、最初はこのようなことをするつもりではなかったのだが。

「このまま放っておいたら、うちの世界はえらいことになる」

「どういうことだ?」

「星が崩壊する。下手すれば」

「星? ああ、大地のことか」


 オーフィルでは地動説が普通に通用しているが、この惑星のことを星とは言わない。

「魔法陣は消して通路は遮断しないといけないわけか。確かに必要だが、すぐには出来ないぞ」

 なぜかと言うと、地球側からの核攻撃などで、魔法陣を破壊してしまったかららしい。

 このまま普通に魔法陣を解除すれば、同時にオーフィルの大地の方が崩壊する可能性があるのだとか。


 まずは一度魔法陣を再構築し、他の魔法陣に流れ込んでいる力を均等にする。

 それから解除すれば、問題なく世界間の通路は切断出来るらしい。

 あとは一度つながったので、似たような術式を使って、もっと小規模の交流用の門を作ってもいいのだとか。

 おそらくこのあたりは、雅香に協力して貰った方がいい。

「とりあえずこちらの世界を安定させないと、どうしようもないわけか」

「お前が協力するなら、割とあっさりと人間側の戦争は終わるかもしれないが、魔族領の魔法陣はまた別の問題があるからな」


 世界各地に魔法陣を作って、それを連動させた大魔法を発動する。

 なるほど確かに、この世界ではラグゼルぐらいしか出来ないことだろう。

「ひょっとして魔族と結託してやったのか?」

「魔族の一部と、だけどな」

 悪びれないラグゼルであった。

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