第58話 はたらく魔王様

 馬鹿は高いところに登りたがると言われるが、優れた斥候も高いところの価値を知っている。

 つまり高い所に登りたがるのが馬鹿とは限らない。

 そう思いながら雅香は高台に登り、方角を確認した。


 知っている地形だ。18年が経過したというが、国が一つなくなってでもいない限り、砦の価値は変わりようがない。

 悠斗から聞いたとおり、この辺りの関所を管理する砦が見える。

 砦と言ってもその規模は様々で、雅香の軍事的常識から言えば、ここの重要度は要塞と言えるほどの防御力を必要とする。


 街道から接近すると、要塞は充分に整備され、人数も多く感じられた。

 巨大な幻獣の反応も一つ。間違いなく半島の作戦を邪魔してくれた個体だ。

 つまり雅香の知っている顔もいるということだ。


 国境ともなっていたここには、巨大な門のある城壁が道を塞いでいた。

 しかし扉は開け広げられている。完全な臨戦態勢というわけではないのだろう。

 そこそこ交通量は多い。大型の魔獣に荷物を引かせた商人らしき者には付随して、少数の旅人がついている。商人の護衛をある程度あてにしているのだろう。

 人間が多いが、ハーフリングも見る。旅の種族なので当然だが、この先が魔族領域だということを考えると、どうやら人間種族と対立はしていないようだ。

 この領地を任されていた魔族のことを考えると、妥当な未来だろ言えよう。


 大きな荷物の商人などはともかく、一般の旅人はすいすいと通っているので、雅香もそのまま通り過ぎようとしたのだが。

「おい待て! そこの!」

 明らかに雅香への声かけである。

「ちゃんと顔を見せろ!」

 ついうっかりフードを被っていたうっかり魔王である。

 実は雅香の顔は、前世の魔王と比較的似ているので、出来れば見せたくはなかったのだが。

「失礼」

 素直に顔を露にした雅香の美貌に、ぎょっとする衛兵たちである。


 砦の守備兵は獣人たちだ。

 獣に近い見た目と、肉食を好むことから人間たちには魔族扱いされているが、一部の種族以外はむしろ人間に近い。

「あ~、旅人か。このあたりはまだそこそこ魔物が多いが、備えはないのか?」

 ああ、と雅香はうっかりしていたことに気付く。

 霊銘神剣を出すと、守備兵たちの気配が変わった。

「精霊剣の持ち主とは。名のある部族の方か?」

「いや、私は」


 そう言いかけて、事前の設定を少し変える。

「元は魔王軍にいたのだが、勇者との決戦以来旅に出ていたんだ。その後のことを全然知らないので、この宿場で色々と聞いて回ろうと思ってたんだが」

 しかし獣人の表情は怪しむものになる。

 こいつら、嗅覚が良すぎて、嘘をついたらたいがいはバレるのである。

 嘘をついてる汗の味ではなく匂いである。

「魔王軍というと、どこの?」

「親衛隊だが、あまり表で動いてなかったからな。確認を取ってもらうとかなり上にまで行かないと、私のことは知らないと思う。まずいだろうか?」

「……失礼だが、どこの種族だ?」

「人間出身だ。だから人間国家への間諜として働いていた。あの決戦の後は逃げ出したし、私のことを知ってる者は上層部なんだ」


 なるほど、という顔を狼の獣人はした。

 ぶっちゃけ政治状況がどうなってるか分からないので、どういう身分にしておくかが問題なのだが。

「それにしては若すぎるが」

「魔王様の力でほぼ不老になってるからな。たいがいの長命種よりは長生きだ」

「む……」

 改めて守備兵の獣人は雅香を眺める。

 粗末な造りのようだが、実際には耐久性に優れていそうな旅装。

 背嚢は機能的であるように見える。そして一方ならぬ武人であることも感じ取れる。


 本来ならばこの砦の関所では、そこまで一人の人間に注意を向けることはない。

 しかしあまりにも異質だ。危険人物には見えないが――。


「どうした?」

 そこへやって来たのは、これまた一人の獣人であった。

 灰色狼系の獣人兵士とか異なり、こちらは黒豹系獣人だ。明らかに装備がいいので上役だろう。

「隊長。いえ、こちらのご婦人がその、元魔王軍と言っていまして」

「元? 魔王軍? 確かにただならぬ気配であるが……」

 くんくんと匂いを嗅ぐのは、獣人の習性である。

「少し話を聞かせてもらえるかな? 私はこの砦の第一守備隊長のエンネルという」

「エンネル!?」

 知っている名前と、過去の記憶が結びつく。

 この黒い毛並。それに精悍な顔立ち。

 イケメン獣人。

「お前まさか、リドとエデルの息子のエンネルか!?」

 獣人の区別は、毛並が同じ黒一色だと、なかなか分からないものだが。

「隊長?」

「いや、匂いに憶えはないが……」

「それはそうだ。私が最後に会った時は、まだようやく立ったばかりだったからな。いや、早速知り合いの息子に会えるとは思わなかった。リドとエデルもここにいるのか?」

 昔の部下の中でも、かなり腕が立ち信用出来る。これは幸先のいいスタートだ。

「父は……三年前に戦死しました。母はここにいますが」

「死んだ?」

 異世界への帰還はさっそく、知りたくもなかったことを教えてくれた。




 雅香と獣人エンネルは、関所脇の屯所の一室に移動していた。

 普段はあからさまに怪しいものや、変なものを運んでいた人物を尋問するための場所であるが、雅香は客人的に扱われている。

「このクソ不味いコーヒーも久しぶりだ。誰か変えようという者はいなかったのか?」

「確かにクソ不味いですが、獣人には効果が高いものですので」

 エンネルの口調も改まったものになっていた。

 雅香の話した内容から、元魔王軍の直属特殊部隊の人間かと推察したからだ。


 密室に二人きりになり、コーヒーを出されてさてお話となる。

「リドは……なんだかんだ言って、最後にはベッドの上で死ぬタイプだと思ってたがな」

 豹系獣人は猫科の獣人の常として、マイペースなタイプが多い。

 リドは単身でも高い戦闘能力を持っていたが、部隊を率いさせれば、少数で敵の背後を遮断する遊撃行動が上手かった。

 危険な戦場でも、ほとんど部下に損害を出さない優れた指揮官でもあった。


「すまない。私は本当に、今の状況をほとんど知らないんだ。人間との間にある程度の和平みたいなものが結ばれて、人間同士で争っているとは聞いたんだが」

 雅香は改めて味方を作るべくそう言う。

 どこまでを話して信用を得るかは、大切なことだ。

「まあ、一般的な情報だけを話すと……」




 18年前の戦いにより、魔王は消滅し勇者は死亡した。

 両陣営の最大戦力が失われたが、本来ならこの時点では、人間側が有利になるはずであった。

 なぜなら魔王軍の統制は、魔王という絶対者がいたからこそまとまっていたのだ。

 魔王がいなくなれば各種族はまたばらばらになり、人間の諸国家の連合軍には、勝てないはずであったからだ。


 しかし勇者の存在もまた、人間の連合軍をつなぎとめるのには必要なものであった。

 勇者の召喚を行った王国が主導となっていた連合であるが、今度は勇者と共に戦った聖女を擁する神権国家が主導権を握ろうとする。

 これに対してエルフやドワーフなどの妖精種族の部族連合は中立を宣言。

 ハイエルフのエリンが静観を決めたのが、後から思えば致命的な誤算であった。人間にとっては。


 そして勇者がかつての魔王軍の一角を、決闘の末に人間側に引き入れたことが、ここからの流れを複雑にした。

 その種族を、鬼人と呼ぶ。

 ゴブリンやオーガ、オークのように角の生えた一族ではあるが、その文明レベルはきわめて高い。

 また戦士としての能力が極めて高く、知能は高いがあまり人を疑わない。

 これが勇者召喚をした王国、所謂勇者派の国家についたのである。

 そしてここから鬼人族は、魔王軍の中でも幹部であった、三眼族の勢力とまで手を組む。


 元々三眼族は魔族の中でも、翼人族と並んで人との対決姿勢は薄い種族であった。

 鬼人族は本来、人間を好んで食するような種族であったのだが、これがむしろ人間と結びついてのも面白い展開である。

 魔族と結びついた勇者派諸国家に対して、聖女を輩出した聖女派諸国家が対立し、人間勢力は主に二分。

 その中でも賢者派という魔法使いの大本山は中立を宣言して、魔族とはまた別の形で協力をしたりしている。


 あとは魔族原理主義派とも言える、吸血鬼はやはり人間と完全に敵対している。

 もっとも人間の血液が大好きな種族なので、家畜のように管理されている人間は、家畜よりもよほどいい暮らしをしているそうな。

 ダークエルフ族は魔人族と並んで、そもそも独立性の高い種族だ。

 これもまた二者間は同盟しながら、成り行きを見守っている。


 そして魔族の中で争っているのが、獣人族と三眼族だ。

 肉体の強靭さを誇る種族と、魔力の強大さを誇る種族。そこに本来は優劣などないのだが、差異が存在するというだけで、争う理由にはなる。

 その三眼族との戦いの中で、獣人の戦士リドは命を落としたのである。




 なんてこった。


 雅香は頭を抱えた。

 元々魔族は、それぞれの種族特性が著しく違うため、連合して人間と戦うことが難しかった。

 そもそも魔族と呼ぶのは人間だが、実際には魔族ではなくそれぞれ別の種族なのだ。

 魔王がいなくなれば分裂するというのは考えていたが、まさか互いに争いあうことになるとは。


 しかしそこではっと気付く。

「親衛隊は? 魔王の近衛である直属部隊は、種族混合だろう?」

 将来的に各種族の垣根をなくすために、あえて種族混合で作った親衛隊。

 あれに命令出来るのは魔王だけであり、その構成員には各種族の有力者が含まれていた。

「親衛隊は中立を保っていますが、中には種族へ戻った者もいるようです」

「すると中核は残っているのか。それならなんとか……」

「やはり貴方も親衛隊でしたか」

「少し違うが立場的にはほぼ同じだな。すると……」


 雅香は整理する。

 まず人間諸国家は、大きく二つに分かれている。勇者派と聖女派だ。

 勢力的には勇者派の方が大きいのだが、大義名分や象徴の確かさで、聖女派の方が有利である。

 勇者派はそれに対抗するため、魔族の一部と手を組んだ。

 それとは別に賢者派という学者や魔法使いの勢力がある。だがこれは魔族の一部と結びついている。


 魔族派は完全中立派と、人間協力派、人間敵対派の三つに分かれている。

 その中で明確に争っているのが、獣人族と三眼族。

 獣人族は人口が多いため、これもまた勢力的にはかなり強い。

 しかし三眼族は鬼人族と手を組んでいる。鬼人族はともかく、その下位種族であるゴブリンやオークは数が多い。


 そしてエルフやドワーフなどの妖精族は、完全に中立ということだ。




 これをまたまとめなければいけないのか。

 雅香は頭が痛くなってきた。

 だが力で魔族をまとめた時に比べると、人間の一部が明確に魔族と同盟していることは、人間をも勢力下における可能性があるということだ。

 妖精族はハイエルフの筋から話を通せば問題ないだろう。ぶっちゃけハイエルフどもを動員出来れば、魔族全体と同じぐらいの戦力になるはずだ。


 明確に同化・協調を拒否しているのは、人間の聖女派と、吸血鬼たち。しかし吸血鬼たちは人間の血液の共有さえあるなら、譲歩してくれるはずだ。

 ならばまず味方にすべきは、どの種族に対しても話が通りやすい親衛隊。

 魔王城を本拠とするらしいが、これが動くならば魔王軍を動かせる。


 だがそれよりもまず先に、本当にしなければいけないことがある。

 門の魔法陣の防衛だ。

 門を維持することと、そこから地球への魔物の流入を止める。

 あとはそもそもの門を作成した人間との接触。

 だがまずは魔王軍を掌握した方が、他の作業をするのにも捗るかもしれない。


 雅香は何度も行った政治的思考を、再び始めることになった。


×××


 そろそろタグにダブル主人公と入れようかと考える今日この頃。

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