第48話 調査団

 新宿に限らず、門の内部の調査というのは行われてきた。

 一族が使うような結界の内部と違い、明らかに広大な世界が向こうに広がっている。

 新宿の門を調査した者は、その危険性からすぐに撤退したが、一応中の様子は分かっている。

 迷宮である。


 月氏十三家の把握するような迷宮とは違い、神殿のような建築物で作られているらしい。

 正しい意味での迷宮だな、と思いつつも雅香はそのわずかな情報の中から、あちらの世界のどこにつながっているのかを考える。

 あちらでは電子機器がまともに使えなかったので、写真もアナログなものが使用された。

 そしてその写された建物の様式から、彼女は場所を断定した。




「結局お前の責任か」

「面目ない」


 新宿の門を警戒する役は、あの騒動以来一族の中でも上位の戦士に割り振られている。

 よって悠斗が雅香と話す機会は多くなり、こういった情報の交換も出来るようになってきた。

 そして伝えられたのは、新宿の門の向こうにある建築物が、雅香が魔王であった時代に、危険な実験を行うために作った地下の巨大迷宮であるということだった。

「魔族にそんなことが出来たのか? というか目的はなんだ? こっちの世界を侵略するなんて、そんなことはないよな?」

「やるなら向こうの人間領域の征服が先だろうな。もっともそれを既に果たしたのかもしれないが」

「お前がいなくなったのに15年ぐらいで人間を征服できるか?」

「時間の流れが違うのかもしれないし、それにお前が神々の力をこっちに持ってきてしまったから、人間の戦力はかなり落ちてるはずだ」

「そこは俺のせいか!」

 うなる悠斗である。


 しかしこれで、半島で戦った黒狼の正体も判明した。

 魔族の幹部が従魔としていた、あの黒狼で間違いない。

 記憶にあるよりも強くなっていたが、それは成長の成果であろう。


 あちらの世界がどうなったのかは、悠斗もそれなりに気にはしていたことである。

 多くの仲間に友人たち。どちらかというと気に食わないやつもいたが、それでも戦い続けたのだ。

 やはり調査団には参加する必要がある。

 雅香も同じだ。魔族は長命種が多いので、時間の流れが違っても、まだ顔見知りが色々といるかもしれない。


 それにもっと単純な問題もある。

 あちらの世界の人間や魔族と、会話が成立するのはこの二人だけなのだ。

 召喚直後は異世界言語を理解する特殊な神の加護を得ていたが、どうしてもニュアンスが違ったりして困ることが多かった。

 そこでどうにか会話と読み書きは出来るようになったのだ。必要は発明の母である。……違うか。

 今でも神剣の権能を使えば、意思伝達は可能である。




 黒狼の出現は、あちらの意思であるかどうかが判別は微妙である。

 黒狼は銀狼に比べると、幻獣とは言っても格は落ちる。知能もそれほど高くない。

 だから門の異常でこちらに顔を出したのかもしれないが、今思えばあれを殺さなかったことは正解である。


 悠斗と雅香はこの世界で二人、目的や価値観を共有できる。

 あちらの世界についても、この二人だけが知っている。

 来るべき神々の目覚めの日のため、どうにか戦力を整えたいと思っていた二人である。

 何度か海外の魔法使いと共闘したこともあったが、あくまでも日本の組織の一員としての協力であり、自前の勢力を築くには至らない。

「一応ロシアの東岸と大陸の組織には、個人的なつながりは作ったんだが……」

 いつの間にという雅香の言葉であるが、どうやらあまり信用出来ないか力不足の面子らしい。


 あちらの世界の強者を、地球の魔法使いたちの実力で換算すれば。

「十三家にはぎりぎり勝てる、か?」

「あちらの戦力を結集出来ればだけどな。それに戦争は戦力じゃなくて国力で戦うものだ」

「でも俺たちみたいな戦士は別だろ」

 悠斗と雅香はこれ以前にも、もし前世のあちらの世界の戦士たちが、地球でならばどれだけ強いかを話し合ったことがある。

 正面から戦うならば、通常戦力も使える地球側が、圧倒的に有利だという結論であった。


 しかし地球の電気機器は、あちらの世界では機能しなかったと聞く。

「でもお前、電力使ってたよな?」

 魔王軍にはさすがにネットやPCこそなかったものの、初歩的な電化製品が使用されていた。

「精密機器は作れなかったな。たとえば地球の歴史でも大気圏外の核兵器実験で、家電が色々と壊れた例がある。だがアナログのカメラが使えたということは、ある程度の科学技術は使えるわけだ」

 魔王軍が機動性に優れていたのは、種族特性で空を飛ぶ魔族がいたとか、単純な輸送力によるものでもない。

 電気通信によって軍の移動を指示できたからだ。だから人間側は集団戦には強かったにもかかわらず、戦略的に負けることが多かった。


 地球でも近代戦以降では、単純な兵力や装備よりも、機動力でどれだけその兵力を動かせるかは重要な問題である。

 雅香は電信という初歩的な科学の力で、圧倒的な戦略的有利を作り上げた。

 勇者の召喚で、各戦線では反攻に転じつつあった人間諸国家連合軍は、またもこの逆襲で窮地に立たされたのだ。

「本気で戦ってたら、魔族は勝ってたよな?」

「勝ちすぎないように勝つのは難しかったなあ……」

 遠い目をする雅香であったが、人間と人間側の種族、そして魔族の勢力バランスの均衡には、相当の計算が必要だっただろう。


 ともあれ、方針は決まった。

 どうにかして門の向こうに渡り、魔族か人間か、様子を見た上で接触する。

 もっとも写真から判断するには、接触するのは魔族になるだろう。

「引き続きこちらでも、戦力は準備したいけどな」

 やることの多い二人であった。




 現在日本の魔法使いの中では、大人も含めて悠斗の実力は上位10人に入るほどである。

 神剣なしでこれである。口さがない連中は悠斗の霊銘神剣の権能が強いからで、悠斗自身はそれほどでもないと言いたいらしいが”神秘”はあまり攻撃的な霊銘神剣ではない。

 そんな悠斗にはそろそろ、妙齢の出産経験がある女性をあてがって、どんな子供が産まれるか試してみようという動きがあるのだが、正直言って悠斗にはそのあたりは後回しにしたいのである。


 もっと単純な話をするとしたら、自分の子供などが出来てしまったら、それが弱みになってしまう。

 別に十三家と敵対するつもりはないのだが、自分の選択が狭まってしまうのは避けたい。

 だから彼女を作ることもないし、コナをかけてくる一族の女性にも手を出さないのである。

「そこは手を出しておいて、そんなものは人質にもならないぞという姿勢を示すべきでは?」

「お前ね……」

 雅香の畜生な提案も否定しきれない悠斗である。


 実際のところ悠斗は年上趣味というか、同年代の娘さんは、精神年齢からするとまだ子供であるのだ。

 前世では20代半ば、そして今は15年も生きているので、気分的にはアラフォーだ。

 性欲は肉体に引っ張られるかと思えば、実際には同級生の女の子を見ていると、親戚の娘さんを見ているような、妙な庇護欲が湧いてしまう。

 欲情するのは成人後の女性であるし、それもどちらかというと倫理観に引きずられていると思う。

 これから外れる唯一の例外は雅香なのであるが、例え今は味方であっても、こいつと寝る気にはならない悠斗である。

「そういや前世では、お前そういう手段は使ってこなかったな?」

 極悪非道の魔王と人間は思っていたが、そういう裏技は確かに使ってこなかった。

 村や町をそのまま滅ぼしたことはあるが、勇者を直接搦め手で狙ってくることはなかったのだ。

「勇者は正面からどうにかするべき存在だったしな。気にもしてなかったけど、そういう存在っていたのか?」

「まあ勇者はモテたからな」


 別に強がるわけでもなく、あちらの世界ではモテた悠斗である。関係を持った女性も多い。

 もっとも子供は出来なかった。単に間が悪かったのか、それとも異世界人とでは子供が出来なかったのかは定かではない。

 ハーレムとまではいかないが、そこそこな数の女性と色恋沙汰はあった。

 ただ仲間内の関係も考えて、両想いだと分かっていても手を出せなかった女もいた。

「外道な手段で良ければ、戦力を用意する手段はあったんだけどな。それでも時間が足りないけど」

「一応その手段を聞いておこうか?」

「お前にハーレムを作って、ぽこぽこと子供を産ませる」

「却下だ。さすが魔王、汚い」

 その手段は問題が多すぎる上に、いったい誰がそれを教育するというのか。




 それはともかく、本格的な新宿の門の調査団の派遣が決定された。

 門の向こうはとりあえず、人間が生きられる空気はある。

 有線で通信機器を持っていくそうであるが、単純な構造の物以外は動作しないであろうと想定されている。


 集団の人数は18人。基本的には誰もが単独で戦闘可能な、継戦能力と生存能力に優れたメンバーが選ばれている。

 一族から自衛隊に派遣されている、一般的な戦闘にも長けた人間。

 気配関知などの探査能力に長け、見つかる前に見つける人間。

 式神を飛ばして安全な場所から調査することも出来る人間など。

 もちろんその中には、悠斗と雅香は入っている。

 そして一団のリーダーは、あの九鬼家の化物であった。


 門の向こうの情報を、特定の家だけが収集するとなれば、いらぬ勘繰りも出てくる。

 とは言っても個人戦闘に向かない技術体系の家系もあるので、やはり幾つかの家の者で集団を作るしかない。

 九鬼家、小野家、菊池家、布須家、藤原家の精鋭である。

 なお悠斗はこの中では小野家の血を引いているのであるが、所属は宗家である。

 男女構成は藤原家から一人、そして布須家から一人、九鬼家の分家の雅香の三人以外は男である。


 率いるリーダーは、現在の九鬼家の当主の弟にして、極東の修羅王と呼ばれる男。

 九鬼光景。十三家の中でも最強と呼ばれる男である。

 雅香から聞いたところによると、九鬼家は現当主が就任するにあたり、内紛が起こったらしい。

 現当主の年齢がまだ若いというのがその理由であったが、そもそも九鬼家は男子の寿命が短いので、今までに一度もそんなことは問題になったことはない。

 歴史を見れば十代で当主になった者もいるのだ。


 結局のところは、その先代当主の弟は、自分が当主として権力を握りたかっただけなのだ。

 それを物理的に叩き潰したのが、光景である。

 叔父の側近を死なない程度に無力化して、叔父を瞬殺したというその戦闘力。

 当時まだ二十歳であったというから、恐ろしいどころの騒ぎではない。

 十代のうちにはまだ安全だった海外で、他国の魔法使いと戦ったこともある。

 そんな実戦経験豊富な人物が、リーダーであるというのはまだ望ましかった。


 18人のうち、二人ずつで組を作る。

 悠斗は顔を合わせる機会が多いということで、幸運にも雅香と組まされた。

 後から聞けば別に幸運なわけではなく、雅香が予めそう進言していたそうだが。

「調査機関は三日間。それが過ぎれば一時撤退する。基本はこの集団を維持するが、状況によっては各自で判断してここへ戻ること」

 水は魔法で確保出来るが、問題は食料である。

 ブロック食料で、カロリーが高い物とする。

 あとは魔法薬や魔法具をリュックに背負って、一行は門へと進む。

「行くぞ」

 その背中を春希は、遠く離れた壁の上から見つめていた。

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