第33話 神秘

 最近、と言うわけでもないが、悠斗は狂っていると思われている。

 性格がではない。能力とその成長速度がだ。

 分かりやすい魔力に関しては、大人を含めても日本では五指に入るのではないだろうか。

 わざと実力を曖昧にしている者もいるので確かではないが、少なくとも公表されているランキングでは入っている。


 だが魔力というのは、火力の最大値に似ているが、技術ではない。

 大砲や機関銃を持っている人間が、剣術の達人に勝てるとは限らないように。

 しかし悠斗に関しては、その例に出る剣術の技量が尋常ではない。

 霊銘神剣の、機能だけは封印した状態で、春希たち四人がかかりでも、勝てないのだ。


 前衛にはアルと弓。わずかに距離を置いてみのり。そして春希が後方から狙うというスタイルでも、圧倒されてしまう。

 弓の治癒があるので戦闘時間はそれなりに長いが、結局それは悠斗が慎重に、全く傷を負わずに勝つという結果となるだけだ。


 今回も前衛の二人を片付けた後、盾役の弓を倒すと、一瞬の後には春希の喉元に剣先を突きつけていた。

「……というわけで!」

 手を止めてその様子を見ていた魔法使いたちは、春希の叫びで我に返る。

「こいつをどうにかしたいやつ! 集団でフルボッコにされたいやつ! もしくは万が一の勝機を見出したやつは、私のところに来なさい!」

 そして休憩のない悠斗の連戦が始まった。




 そして終った。

 一対一で向かってくる相手は、早々に退場した。次に連携に慣れた者たちが5人前後で向かってきた。

 それを退けると、せめて一太刀とばかりに春希たちがかかってくる。

 ええかげんにせいよ、となぜか関西弁で考えつつ、悠斗は彼らを無力化していく。


 倒した数が再戦者を含めて三桁を超えた時、ようやく悠斗の疲労が蓄積しだした。

 しかしそれ以前に、ほとんどの若き戦士達はダウンしていた。

 まだ立っているのは春希とアルを除けば、全てが比較的年齢の高い者たちである。

「……そろそろ、これはやめましょうか」

 春希が死にそうな顔色でそう言って、全員が座りこんだ。

 悠斗は立ったままだ。立ち往生しているわけではなく、座り込んだら背後から奇襲をかけられるかと不安だったのだ。

 あちらの世界での感覚が、ほぼ戻ってきている。それでもまだ、完全復活とはいかないが。

 むしろあちらの世界での臨戦状態というのが、人間にとって異常であったのかもしれない。


 さて、対人戦闘は終った。

 結局悠斗が反則的に強いということを認めただけで、これだけではわざわざ長野まで来た意味はない。

 目的はこの地に一族が本拠地を置くことに決めた理由である、試練の迷宮での特訓である。


 試練の迷宮。それはやはりダンジョンであるが、能力者の養成に極めて適した環境にある。

 地下に向けて潜っていくのは変わらないが、一層ごとに微妙に難易度が上がっていくのである。

 魔物の氾濫も起きたことはなく、罠や特殊環境も段階的に難易度が上がり、設置される宝箱からも宝物や魔法具が入手出来る。

 さらに既に攻略した階層はショートカット出来るという楽ちん仕様で、強い人間は深いところまで一気に潜れるのだ。なんともゲーム的だ。

 ちなみに最も深く攻略したのは九鬼家の兄弟が編成したパーティーであるが、それでも150層までで、まだ先はありそうであった。


 事前の情報として、悠斗は攻略本を読んでいた。月書房という出版社が出している、ちゃんと流通にも乗る本である。

 もっとも試練の迷宮に関して特化しているので、そもそも注文しようというのは一族の者だけだろうが。

「……100層超えると竜種や幻獣種が出てくるのか。ぱねえな」

「さすがにそこまではいかないけどね。あたしたちの力だと、50層ぐらいまでが限界かな」

「年上の人達を何人か含めれば、それ以上行けるんじゃね?」

「どちらにしろ、あんたは留守番だけどね」

「え?」

「え?」

 驚く悠斗に向かって、春希は溜め息をついた。

「霊銘神剣の作成に、あんたは残ってないといけないでしょうが」

「……やっぱそうなるのか」


 霊銘神剣。この世界での能力者は、魔法使いの杖のように、この武器を使う。

 ホーリーウェポンでもマジックウェポンでもいいが、未開の部族の一族でも、ほぼ間違いなくこれを使うのだ。

 おそらく人類の歴史における大移動の前には、全ての能力者が持っていた技術なのだろう。

 古い霊銘神剣の中には、石器などもある。先史時代からまず、人類が魔法を使っていた証だ。

 文字の成立する以前から存在しているので、おそらくこれが人類の文明の最初の一歩なのだろう。

 それにしては現在の文明と切り離されているのが、いかにも不自然であるのだが。

(何か、誰かの意図があるのか? それこそ神様とか)

 とりあえずその日は、霊銘神剣の完成のために、悠斗はダンジョン攻略には参加できなかったのである。




 刀鍛冶は夜中か、ほとんど光がない屋内で行われる。

 それは熱せられた鉄の輝きを見て、職人が自らの知識と経験から、最適解を導くためだ。

 月氏一族の刀鍛冶は、夜中に行われる。

 単に暗さが必要なだけでなく、夜中という本来人間の活動に適さない時間帯が、鍛冶師の精神に与える影響が大きいのだという。

 もちろん徹夜仕事である。そしてそれに、所持する能力者は付き合うことになる。


 一族の刀鍛冶は、実は免許を持った鍛冶師ではない。

 刀鍛冶になるには国の免許が必要で、年に作刀する数も制限されている。ゴブリンの発生とハンターの誕生から、その数は増えているが、腕のいい鍛冶師というのはそうそういるものではない。

 一族の鍛冶師は1000年単位で技術を継承してきたので、どの面子を選んでも腕はいい。

 その中でも最高の鍛冶師が、悠斗の太刀を打っているのである。


 寡黙な鍛冶師とその相槌を務める弟子は、無言で鉄を打っている。

 親方は鉄塊をコンと叩き、それに合わせて弟子が叩く。

(ハイホーハイホー)

 前世で出会ったドワーフの鍛冶たちのことを、悠斗は思い出していた。

 悠斗の武器は神々が受肉した神剣であるが、最初からそれがあったわけではない。

 当初はまず剣というものに慣れるために、所謂鉄塊を振っていた。

 それがドワーフ謹製の名剣へと変わり、魔剣を持つようになり、それでも魔王軍の精鋭に対抗するのが難しかったため、ようやく神々は己の存在を剣の姿へと変えたのだ。


 神々の作り出した神剣ではなく、神々を材料とした神剣である。武器の威力ではさすがに、悠斗は魔王に勝っていた。

 というかそこまでしなければ勝てなかったのだから……今世では味方で本当に良かったと思うのだが、それよりもさらに上の存在がいるというのだから、先は長い。

 とりあえず雅香に九鬼家を掌握してもらって、悠斗もどこか一つの家を傘下に置く必要があるだろう。そこまで一つの勢力となったなら、一族全体を動かすことも出来る。

 まあそこまでしても、最終的に封印された神々を滅ぼせるかどうかは、微妙なところであるらしいのだが。

 魔王相手に絶望的な戦いを続けていた前世も壮絶であったが、味方になる勢力をまず作らなければいけないというのは、ある意味でそれ以上に難易度が高い。

(……味方が必要だな。ちゃんとした力があってバックアップしてくれる……って、やっぱり一族を利用するしかないのか?)


 雅香の計画は、要素だけを見るとちゃんとしていると思える。

 九鬼家の兄弟は短命で、彼女が言った2045年までには死んでいるはずだ。

 あの二人が死ねば、雅香の力に優る者はいない。前世で魔族を束ねる魔王にまでなったのだから、組織を動かすノウハウはあるのだろう。そもそも何度も転生したと言っていたので、そのあたりの経験は豊富なはずだ。

 だが悠斗の目からは、それはかなり難しいように映る。

 あの三人。悠斗から見てもさらに年下の三人は、おそらく魔力においては雅香や自分を上回る可能性が高い。

 女の子二人は得体の知れない不気味さがあったが、あの男の子一人でも、聞いている九鬼家の男子の力を発揮すれば、すさまじい戦力になるだろう。

 素の状態なら雅香が勝てるだろうが、寿命を削った真価を見せれば、おそらく勝つのはあちらだろう。


 なにも強さだけが、人の上に立つ要素ではない。だがこの月氏十三家という血縁集団の中では、雅香の力とカリスマをもってしても、彼女が権力を掌握するのは難しいのではないだろうか。

 ならばどこから戦力と兵站を持ってくるかと言われれば、外国に頼るか、自分で作り出すしかない。

 だが外国の能力者はやはり組織に所属していて、ほとんどの強力な能力者はそこに所属している。

 ソロでハンターをやっている変わり者もいるらしいが、それをスカウトするのは難しいだろうし、月氏一族相手に戦うとなれば、外国勢力の介入を招いたとして、こちらが征伐される大義名分にもなりかねない。

 そして最後の選択肢、自分で戦力を作り出すという方法だが、魔王はこれが得意ではなかった。

 ゴーレム程度なら作れるが、彼女はそもそも魔族という既存の集団を支配したのだ。ちなみに悠斗もそういった方面の能力を使ったことはない。

 やろうと思えば出来たのだろう。前世の仲間の一人に、死霊術で不死の軍団を作り、魔王軍にぶつけた外道もいたからだ。彼は死んでいる。せめてもう少し彼の研究を知っておくべきだったか。




 色々なことを考えている間に、鍛冶は最終工程に入っていた。

 既に刀としての形は完成し、焼きいれも終っている。あとは粗研ぎが済めば美術品としてはともかく、武器としての太刀本体は完成だ。

 柄を作って鍔を付けと、まだ工程は残っているが、それは鍛冶師の仕事ではない。

「よし」

 数時間ぶりに親方が声を発し、それが完了の合図であった。


 適当な白柄に茎を差して、とりあえず構えられるようにはする。

 そしてそれを悠斗に渡した。


 悠斗は刀身を見る。

 よく小説に、作られたばかりの日本刀を見てその美しさに見とれるという描写があるが、あれは鍛冶のことを全く知らないアホの書く描写である。

 研ぎが終らなければ、日本刀の刃の美しさなど分かるわけがないのだ。研ぎとは刀を美術品として鑑賞するためには、きわめて重要な工程である。

 必要な物も多く、場合によっては鍛冶よりも長い時間と手間をかけて研ぐ職人もいるぐらいだ。


 だから悠斗が渡されたのは、まだ刀ではない。強大な力を秘めた、鉄の塊だ。

「なんだこれ」

 柄を握ると同時に、それがなんであるのか悠斗には分かった。

 なるほど確かにそれは”神秘”であった。

 五感が鋭敏となり、時間の流れさえも感じることが出来る。世界の色が変わり、目の前の鍛冶師たちの発する感情が、色を放って見える。

 神剣にさえない機能だ。正直なところ予想外だった。


 神々の存在の結晶である神剣以外にも、その発揮する奇跡があるとは。

 そもそも霊銘神剣とは、どういうものなのか。最初に作られた物はあるが、誰がどうして作ったのか。もし神々が教えたとしたら、どうも悠斗が雅香たちから聞いた神々の存在とは違った印象を受ける。

 この世界の神々は超越者であるが、全知全能でもなければ異能の持ち主でもない。

 中には特殊な能力を持つ神もいるのだろうが、少なくとも悠斗が以前に戦ったあの神は、単なる戦士であった。


 もし、この技術を伝えた者が、神の中にいるのなら。

(神が一枚岩ではなくて、この世界の存続を望むなら……)

 それこそが、悠斗たちの望む味方になりえるのではないか。


 神と戦うために神の力を使う。

 考えてみればよくあることだ。この方針は検証の必要があるだろう。

 問答無用で襲ってきたあの神ならともかく、超越者であるならこちらと対話することも出来るかもしれない。


 そんなことを考えている間に、悠斗は見逃していた。

 自分が手に持つ太刀が姿を変え、まるで研がれたような刃となり、美しさと共に神秘的な文様が描かれている。

 まさに神秘だ。


 かくして悠斗はその日、新たな力を手に入れ、月氏十三家は後にこの行為の是非を論ずることになる。

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