第32話 霊銘神剣
悠斗の立場が微妙なものとなっている。
月姫の言っていた特異点というのが悠斗にはなんだか分からなかった。実のところ特異点というのは色々な意味があるのだが、あえて人間に対してその言葉を使うなら「替えの利かない人間」といったところだろうか。
雅香に向かっても言っていたので、月姫の予知能力が何らかの異能を見出したのであろう。他の面子を見るに、転生者を指したものだとは思えないが。
そんな特異点という言葉以上に、悠斗は一族の中で注目されていた。
春希が月姫の命令で、月姫の元へ彼を連れて行ったことは、既に派閥の枠を超えて知られている。そこで何があったのかは語られないが、彼が月姫からさえ特別視されているというのは確かなのだ。
よって悠斗に接触して少しでも情報を得ようと考える者は多いのだが、春希を推戴する勢力が、とりあえずはその攻勢をしのいでいた。
そして悠斗は現在、本来なら春希の派閥ではない布須家の館にやってきていた。
布須家は山陽地方を主な根拠地と為す家であり、どちらかというとやはり戦闘に向いた家である。
しかし十三家の中では、それ以上に重要な役目を担っている。この家は、霊銘神剣の作成と、契約を行うことが出来る家なのだ。
霊銘神剣。日本の一族以外でも、多くの能力者の集団は、この類の神器、あるいは魔法具と呼ばれる物を持っている。
道具と能力者の魂をつなぎ、能力者の長所を伸ばしたり、逆に短所を補ったりする。
その契約の過程は、二つある。既に存在している霊銘神剣を継承するか、新たに作成された物を所有するかである。
継承の場合はそれほど問題はない。儀式も簡単であるし、布須家に頼る必要もない。
だが新たな神剣を所有する場合は、布須家の力が重要になる。
なぜなら布須家は、鍛冶師の家を持つからだ。霊銘神剣の中でも、一族の場合は刀や槍の形で持つ場合が多く、それには当然刀や槍が必要となる。
既に存在する物を霊銘神剣化し、契約を結ぶことも不可能ではない。しかし一般的であるのは継承か、新たにその者に合わせて霊銘神剣を作ることである。
ちなみに既に悠斗は神剣を持っているが、さらに霊銘神剣を持つことが出来る。
神剣と霊銘神剣は、似ているようでも性質が異なる。たとえば霊銘神剣は、所有者が死ねばその場に存在したままとなる。
魂と繋がっていると言っても、同化しているわけではない。その点では神剣とは全く違う物なのだ。
そして悠斗は、霊銘神剣を持つこととなる。
今まで悠斗は、雅香以外の者に神剣を見せてはいない。そもそもそんな物の存在さえ知られるのはまずいと思っている。あれは地球の武器と比べても、持つ権能が圧倒的に違いすぎる。あれがあるからこそ、悠斗は魔王と相討ちにまで持ち込めたのだ。
だが悠斗に帯剣許可証で持てるような普通の武器は、彼の力を存分に発揮しているとは言いがたい。
よってこの度目出度く霊銘神剣を所持することとなったのだが、当然ながら悠斗の希望するのは大剣の形である。
そこに問題があった。
月氏十三家は日本の一族である。
当然ながら武器は日本由来の物であり、そして新たに作るとなれば、一般的には刀や槍となる。
しかし悠斗が自分に合っていると思うのは、西洋剣である。あちらの世界にも曲刀はあったのだが、日本の刀ほど洗練された武器ではなかった。
よって悠斗が選んだのは竜をも殺せる鉄塊のような大剣であり、それは今世でも同じである。
だが月氏一族には、西洋の大剣を鍛える技術が蓄積されていない。
もちろん一族の鍛冶師は一流であるから、見た目はそれっぽい物が作れるだろう。だがそれは同じ労力をかけたとしても、刀型の霊銘神剣よりもかなり性能で劣るものとなる。
よって悠斗は、ここで武器を転向することとなった。
太刀。刀と太刀は、普通混同される。
見た目では、長さ以外では変わりがないように思える。
しかし実際は、その長さもであるが、装備するのにも違いがある。
太刀は佩くが、刀は差すのである。
鎌倉時代などで使われたのが太刀である。馬上で使うことが多く、当然ながら長さもそれなりのものであった。
次代が下ってくると、歩兵の主武器は槍へと代わる。戦国時代に「槍の~」などという異名の武将がいるのは、それだけ槍の方が有利であったからである。
実のところ現在でも、槍の方が有利なのは確かだ。単にリーチの問題である。
相手の攻撃の届かないところから一方的に攻撃するというのは、古今東西の必勝の戦法である。
それなのになぜ、現在の主流が刀であるのか。
原因は戦国末期から江戸時代にかけて、武士が携帯する武器が刀、その中でも打刀と呼ばれる、太刀に比べて短い刀となったからだ。
普段から携帯する武器の技術の向上は、当然ながら推奨される。そしてそれを導入する一族も、刀の技術が向上する。
さらに言えば刀を打つ鍛冶の技術も安定するので、現在は刀が武器としては主流となっているのだ。
春希のような弓も遠距離攻撃武器としては優秀だが、霊銘神剣の中でもそれは主流ではない。
かくのごとき理由で、悠斗は刀を打ってもらうことになった。
しかしあくまでも江戸時代の武士が常用していた刀ではない。太刀である。
刀――打ち刀と呼称される一般のサイズの刀は、確かに技術も研鑽されて、多くの技を持っている。
しかし悠斗の望む間合いや取り回しとは、圧倒的に性質が違う。何より彼の持っている剣術の技術は、西洋剣を元にしたものだ。
色々な思考と妥協の末、打ってもらうのは太刀となった。
確かに本来、打ち刀よりも太刀の方が、間合いから見ても有利ではある。
打ち刀が主流となったのは、あくまでも携帯性が優れていたからなのだ。
事実幕末には太刀サイズの刀を持った剣客が、江戸の剣術道場を荒らしまわったという話もある。
それはともかく、悠斗の霊銘神剣は太刀と決まったのである。
さて、形が決まったのであれば、次には性能を決めなければいけない。
即ち”銘”を付けることである。
春希の霊銘神剣”導き”のように、概念的な銘を付けることもあれば、弓の霊銘神剣”癒し”のように形而下の現象を付与することもある。
だがそれらの銘は、使用者の本質に由来することが多い。このため一族の中では、特に優れた使い手でもないのに、相性の問題で強力な霊銘神剣を与えられる者もいる。
もっともその場合は、本来の能力を充分に発揮できないので、結果的には豚に真珠となるのであるが。
さて、悠斗が必要な要素はなんであろうか。
実際のところ悠斗は、単体で戦闘兵器として完成している。遠距離の魔法攻撃も使えれば、近距離での武器戦闘にも長けている。
搦め手である毒や幻覚といった状態異常にも、ほぼ完全な耐性がある。もっともそれは、神剣を顕現させる必要があるが。
「まあ、お前さんが心の中で考えていることが、霊銘神剣に表れるだけだな」
布須家において鍛冶を行うのは、長船家である。
備前長船と言えば刀の名工を多く出した土地であり、長船家はその技術を継承している家である。
というわけで悠斗の太刀を鍛えてもらうことになったのだが、霊銘神剣を作るのには、普通の刀を作るよりも幾つかの過程がある。
最初に用意された玉鋼に使用者の魔力を注ぎ、燃料となる炭にも魔力を注ぎ、藁灰や焼入れの水にも魔力を注ぐ。
さすがに刀を打つ間ずっと付き添わなければいけないわけではないが、最後の焼入れの時にはその完成を見守る必要がある。
魔力の波長を通じて、己がその武器の主人であると刻み込むのだ。
とりあえず魔力を入れて、しばらく空く時間に他の能力者との交流をする。
それが予定だったのだが、多少の狂いが生じた。
「なんだこりゃ……」
当代の長船家当主。つまりは一番の鍛冶師が、玉鋼を炉に入れるよりも早く。
鉄塊の表面に、無数の文字が浮かび上がる。
「これはお前さんに相応しい銘が出ているわけだが……こんなに早くて大量のものが出るなんて、見たことねえぞ」
悠斗は多少予測していた。なにせ彼の魂には、様々な権能を持つ神々が宿る神剣がある。
神剣は確かに武器として存在するものだが、単純に武器としてだけの力を持つ物ではない。
意志を持ち、様々な奇跡を起こし、魔法の埒外とさえ言える現象を展開する。
無数の文字が集まり、融合し、そして一つの概念となる。
それは”神秘”であった。
「……霊銘神剣ってのは、なんつーか、概念上の存在であればあるほど、強力な場合が多い」
たとえば春希の”導き”はそうだ。所持者を導くし、その仲間も導く。
使いやすいのは弓の”癒し”などであるが、それは効果が限定されている。
みのりの”泡”などは魔法の現象の一つであるので発展性はあるが、基本的には形而下の現象に留まる。
それを考えると「神秘」という単語には様々な捉え方が出来るし、その力も強いように思える。
とりあえず鍛冶師を驚かせながら、悠斗は皆の元に戻った。
各家の少年少女が、派閥ごとにまとまっている。悠斗が属するその中心は春希だ。
「おかえり。どうだった?」
春希としては何気ない質問であった。とりあえずそこから悠斗の言葉を引き出して、一族の初見の者たちに紹介するつもりだったのだ。
「なんか”神秘”っていう銘になった」
「はい?」
春希がヤレヤレと首を振る。それは普段は悠斗がやっていることだ。
「ええと、新しい霊銘神剣を作ろうとしたら、銘が出たってこと?」
「ああ、神秘っていう銘になった」
愕然とした表情で春希は悠斗を見て、みのり達も驚いている。
周囲の人間はざわめきの中に放り込まれている。
「……OK、分かったわ。あんたが規格外だってこと、まだ甘く見ていたみたいね」
春希はそれに納得する。月姫からの言葉を聞いて以来、彼女の悠斗に対する見方は、更なる変化を遂げていたのだ。
「なんというか……天才というよりは異才ですかね? 想像以上ではなく、想像外とか」
アルが呆れているが、それほど霊銘神剣の銘が早く決まるというのは珍しいことなのか。
「それもあるけど、神秘ってのがね」
春希は衝撃を受け止めきれないのか、肩を落とす。その代わりに説明してくれたのは弓であった。
「神秘というのは、奇跡にも似た、神の権能を示す」
「まあ神って単語がついているから、そうなんだろうな」
「神秘とは神々の権能を示す。私の癒しなどの力も含めた、おそらくはオールラウンドに使える力」
以前に春希たちの霊銘神剣について、色々と聞いたことがある。
春希の短弓は破壊力が高い遠距離攻撃用、みのりとアルは近接前衛攻撃タイプ。
弓は盾でありながら同時に回復役でもあり、実は雑魚を相手に長時間戦うなら、弓が一番優れている。
悠斗がこれから手にする霊銘神剣は、おそらく全ての機能を持つ。もっともそれだけ複数の力を持つなら、一つ一つの力は弱いものになるのが普通だが。
(つっても神剣と同じような感じだろ)
神剣もまた、神々の力を持つ。悠斗は基本的に前衛のアタッカーだが、後方から大規模破壊魔法が使えなくもない。
探知や治癒、強化などの力もあるので、まさに万能なのだ。
「まあ、それはいいわ。出来上がりは楽しみだけど、あたしの物じゃないし」
衝撃から立ち直りつつ、春希はじっと悠斗を見る。
見つめ返すとなぜか視線を逸らすのだが。
「とりあえず剣が出来上がるまでは、予備武器でもって訓練してちょうだい」
そう、悠斗がこれから行うのは、魔術や闘技を封印した、安全性の高い訓練ではない。
殺傷力の高い武器も使用する連携訓練と、そして何より雅香が言っていた試合の舞台である。
とりあえず予選には間に合わない悠斗には、いつもの通り剣が渡される。
いつもと違うのは、その剣に既に魔法がかけられていることだ。
「汎用の数打ちだけど、いつもの単なる剣とは違うからね。相手もまあ、下手すれば殺しにくるけど」
「毎年何人かは死人が出る」
そんなものに不十分な状態で挑むわけだが、悠斗には動揺はない。
殺し合いの経験においては、悠斗はこの中では一番頭抜けている。
「じゃあ、とりあえず体をほぐしていきましょうか」
春希の言葉で、訓練が始まった。
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