一族
第27話 血を求められる者
接近した両者が飛び上がり、空中で闘技の『空歩』を使って体勢を変える。
地面に足を着けていることが前提の技は通用しない。ここでは単純に打撃の威力が重視される。
空歩は空中を足場に変えることにも使えるので、熟練したらまさにZ戦士のごとき動きが可能になる。
手足の迅速な攻撃の応酬の後、一方が打撃を防御をかいくぐって打ち込み、そこから状況は一方的になる。
最後に蹴りを食らって、地面に叩きつけられる。マットがあるとは言え『金剛』で肉体を強化していなかったら、重傷を負うほどの攻撃であった。
……というか肉体の内部にまで衝撃が入っているので、やはりダメージは受けているのだが。
息を吐き出しきって動けないアルの首に、足刀が触れる。
模擬戦は悠斗の勝利であった。
「……あんた、どこまで強くなれば気が済むのよ」
はあ、と溜め息をつく春希である。季節は初夏。楽しい夏休みが見えてくる頃である。
あの体育祭という名の戦闘遊戯以来、悠斗は積極的に戦闘能力を磨いていた。
正確に言うと、戦闘技能を見せるのを自重しなくなった。
雅香に比べれば、自分が全力で、さらに神剣まで使ってみても、まだ実力に隔たりがある。それを考えると、さっさと強くならなければいけない。
なにしろこの世界には、元魔王ですら相手にならない、神という名の超越者がいるのだから。
そして予言された2045年。まだ先のことにも思えるが、ほぼ確実に悠斗が生きているうちにやってくる。
それを考えると全力を出して、さらに上の訓練を積まなければいけない。
そこまでやってもまだ足りない。雅香の教えてくれたように、レベルやステータスの向上という、この世界での裏技を使っても全く油断は出来ない。
よって訓練は激しいものになっていくのだが、既に霊銘神剣なしでは、春希たち四人がかりでも、悠斗には勝てなくなっていた。
わずか一ヶ月でここまで成長したというのは、一族の歴史を紐解いても一つしかない。
(ひょっとしてこいつ、九鬼家の血でも混ざってるんじゃないでしょうね)
そんなことも春希は考えたのだが、遺伝子的な検査では、九鬼家の男子にある特徴は確認できなかった。
つまり悠斗は完全な特別変異とでも言うべきだろうか。
競馬に例えればタマモクロスやオグリキャップというところであろう。希少価値という点ではトウカイテイオーだろうか。
まあそれはともかく、純粋な正面からの戦闘では、悠斗は早くも訓練相手をなくしていたのだった。
だが、一族に伝わる戦闘方法は、肉弾戦だけに限ったものではない。
「それじゃあまず、弓の方からね」
春希の指示に従って、霊銘神剣を持ち出した弓は、彼女の家系に特に伝わる、搦め手に近い魔法を使う。
「召喚」
ポケットから取り出した、小さな骨片を地面にまく。次の瞬間にはそれは、武装した骸骨に変化していた。
弓の沖田家が所属する本流、十三家の一つ忌部家に特に伝わっているのは、死霊系の魔物の使役である。
骨でなくても肉や血から、アンデッドを生み出す。まともな人間であれば、相対するだけでも気後れするものだ。
しかし悠斗はまともであるが、前世でいくらでもアンデッド相手の戦闘経験があった。
普通の人間を相手にするのと同じように、スケルトンと戦う。元々このスケルトンはそれほど手をかけて作ったものではない。関節部を簡単に破壊されて、地面に転がるとしばらくして元の欠片に戻った。
「……不条理」
弓が無表情の中にも、不満を抱えているのが分かった。
「では、次は私がいきますね。式神!」
みのりが懐から出した、人型の紙。それは空中で動いて人間大に巨大化しようとして――一瞬で悠斗に叩き潰された。
早い。まるで先に何が来るか、分かっているような動きだ。
「単純な攻撃方法だけじゃ、全く意味がないってわけね……」
春希も頭が痛い。元々悠斗を自分の派閥で囲い込むことは決めていたが、想像以上だった。
いや、単純に想像以上と言うのも間違った、あまりにも想像の上限を突破したものだった。
春希は鈴宮家の跡取りである娘であるが、宗家自体の跡取りではない。
宗家を構成するのは、四つの宮家と呼ばれる本流と、いくつかの庶流である。
その四つとは月宮、姫宮、鈴宮、瀧宮の四家で、そこから枝分かれしたのが庶流の家である。
月氏一族十三家のトップは、姫巫女、あるいは月姫と呼ばれる存在であり、任期は決まっていないが、数年から十数年で交代する。
これは半分はお飾りであるが、名目上の最終意志決定者であるので、完全なお飾りというわけでもない。
春希は次代の姫巫女を狙っているのだが、その手段がややこしい。
姫巫女の任期が終るのが見えてくると、一族は当然次の姫巫女の選出にかかる。
この選出の手段というのが、選挙などではなく各家の当主や有力者を集めた話し合いである。
そう、実力や権力、財力、投票ですらなく話し合いで決まるのだ。
もちろん多くの口を用意するために、自分の後援者を増やすことは当然である。そして今のところ春希を明確に支持するのは、土岐家と忌部家の二家である。
弓とみのりの二人も、その二家から派遣されて、春希の側近となっている。
実のところ、春希が次の姫巫女となるのは、タイミング的に難しい。
姫巫女に求められるのは、実力と支持者であるが、肉体的には処女性が求められる。
現在の巫女が結婚し引退することになると、次の巫女が選ばれるのだが、春希は現在の姫巫女と年齢が近いのだ。
トップの年期が長ければ、それだけ政権は安定する。よって長く姫巫女を務められる者が望ましい。
そういった条件から言うと、次の姫巫女候補の筆頭は、春希よりも少し年下の、月宮家の少女なのである。
だが完全な無理筋というわけではない。春希も血統的には問題がない以上、支持者を増やせば充分に選出の可能性はある。
生まれてから全てを一族の価値観で育てられた彼女は、当然ながら月姫の座を狙うことを求められる。
そのために必要な要因の一つが、悠斗であった。
夏休みに悠斗の長野行きは決定した。
内容からいって両親の承諾は必要なのだが、細かいところは簡略化して伝える。
仲の良くなった友人に、実家に誘われた。嘘ではない。
それで家族への説明は済んだのだが、実際に長野で何を行うかというと、これがまた倫理的に問題のあることであった。
「あの……悠斗君」
顔を真っ赤にしながら、おそらく最も年長者ということで、この役割を振られたみのりが尋ねてくる。
もじもじとしながらも、放課後の部室で口に出すのは、確かにこの年代の少女には恥ずかしいことだろう。
「悠斗君は……その……精通はきてますか?」
性別が反対なら、いや女子から男子に対しても、明確なセクハラであった。
これはみのりに羞恥プレイを強いているとか、悠斗をからかっているとか、そういう冗談ではない。
悠斗の優秀な遺伝子に期待がある以上、子供を作れる年齢になっているかどうかは問題なのだ。
「……きてますよ」
みのりがあまりに恥ずかしがるので、悠斗はあえて冷静に対応した。
「ああ、俺の精子で子供を作るってことですよね? 人工授精でいいんですか?」
事務的に話す悠斗に、みのりも少し冷静さを取り戻す。が、言ってくるのはさらに過激なものであった。
「その……実際にえっちなことをしてもらう必要があるんです」
「……どうして?」
悠斗の遺伝子を取り込み、強い戦士を作る。悠斗本人はあまり気が進まないが、まあ理解は出来ることである。
しかしその方法は人工授精だと思っていた。齢13歳にしてまさか、子作りを要求されるとは思っていなかった。
「人工授精と、その、普通のやり方では、生まれてくる子供に明確な差があるんです」
みのりの説明は、データを元にしたものであった。
能力者の量産。それは共産圏の国や軍事国家など、戦力を必要な国では、絶対に必要なことであった。その手段として人工授精は最も手早く思える方法だ。
しかし実際に最初に手がけたのは、戦力を必要とするが資本主義国であるアメリカ合衆国であった。
科学のトップを行く国が、そういった実験を最初に行うのは、まあ理解出来る。しかしその研究により判明したのは、人工授精による能力者は、そもそも能力すら失った一般人か、能力者として生まれても非常に弱い能力しか持たないことであった。
母体に影響されるのか、それとも特定の遺伝子が関係しているのかなど、色々と調べられた。しかし得られた結論は次の通りである。
・能力者の胎内で育てられていない受精卵は、両親が能力者であっても、かなりの確立で能力を持たずに生まれてくる。
・能力者であっても人工授精により受精した卵子を胎内で育てると、通常妊娠によって生まれた能力者よりは、平均して30%以下の能力しか持たない。
つまり本番行為をきっちりとやらないと、強い子供が生まれないという、非常にハーレムを作らせるのには都合のいい結果であったのだ。
もちろん共産国家などは人権など全く考えない政体なので、一般人から素質を持った女性を無理やり集め、突出した男性能力者と性交させ、兵隊を増産していった。
だがこれは悪手であった。能力者というのは、一般の兵隊など、その装備を含めて相手にしても、容易に凌駕する存在である。
現代社会において農民一揆や市民活動で政府が転覆しないのは、科学によって発達した兵器による軍事力が、戦闘力を持たない民衆を無理やり抑えているからである。
しかし能力者の増産は、個人の意志に戦闘力が集まるということであり、洗脳の上手くいかなかった能力者の兵士が、政権の打倒を狙うこともおかしくはなくなったのだ。
少なくとも暗殺の機会は増え、実際に倒された政権もあった。
皮肉なことにこれらの事件が起こらなかったのは、共産主義や資本主義などの思想が薄い、古くからの能力者の一族を持つ国家と、優れた能力者に対して適正な待遇を与えられるアメリカぐらいであった。
21世紀の革命は、個人の武力によるものだった。なんとも皮肉な話である。
(ハーレム展開キタ━━(゚∀゚)━━ !! )
事情を聞いた悠斗は、心の中でガッツポーズした。仕方がない。だって男の子だもの。前世持ちである彼であるが、性欲はおおよそ肉体年齢に引っ張られる。
ちなみに日本の一族の場合は、かなり爛れた状況にある。
子供を作るに適した、15歳前後の男子は、まず未亡人や、その他の理由によって妊娠が可能な複数の女性との契りを結ぶ。
そして数人の子供が出来た時点で、その男の種馬としての価値が決まる。子供の潜在能力、魔力はもちろんだが、筋肉量や骨密度などで厳密に検査がなされ、容赦のない種付け料がつけられるわけだ。
その後はひたすら夜に励むことになるが、相手を選ぶこともある程度は許される。
それにしても、こんなことをわざわざ、なぜみのりが説明するのか。普通ならそんな経験が実際にある女性や、同性の経験者の方が、スムーズに話が進むのだろうに。
(いや、むしろこれは、慣れさせているのか?)
どんなベテランにでも、最初の一歩というのはある。みのりにとって接する機会が最も多く、それでいて前提知識のない悠斗は、ひょっとしたら適当なものなのかもしれない。
だとしてもひどいセクハラである。月氏一族十三家は、男尊女卑の温床である。これが企業なら倒産しているのだろうが、その頂点に抱くのが姫巫女という女性なのだから、単純にそうとも言えないのか。
まあ、ぐるぐる目を回しているみのりだが、言いたいことは分かった。
ようするに前世の異世界でも行った、勇者の優れた血を取り込もうと、貴族がその子女を閨に送り込んできたのと同じようなものである。
前世でも最初は喜んだ悠斗であったが、すぐに食傷した。相手が求めているのが勇者としての血であって、悠斗個人の人格などはどうでも良いと思っているのが分かったからだ。
そうではなく、純粋に悠斗に好意を示してくれた女性もいたが、魔王との戦争が激化してくると、女性問題は後回しにされるのが当然であった。
なんだかなあ、と悠斗は心中で溜め息を吐く。
真っ赤な顔でまだ説明を続けるみのりに同情する、前世込みで40絡みのおっさんであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます