第10話 鬼殺しの少女
「で、幕末にはまた外国と交流が強くなるでしょ? ここからがまたややこしい話になるんだけど、結局幕府を解体させ、新政府を作ったわけよ」
「そう聞くと月氏十三家は、日本を裏から操る巨大な組織に感じるな」
悠斗は寒気を感じたように首をすくめたが、春希はそんな様子も気にせず、溜め息をついた。
「どちらかというと、時代の情勢に振り回され続けただけよ。うちの一族からは、政治家は出ていないしね」
能力者というのは、どうも政治などの社会的な作業には向いていないようだ。そもそも普通人とは感覚が異なるので、それを支配するというのも難しいのが実際らしい。
なんだかんだ言いつつ、日本の魔法使いの歴史はある程度分かった。
おそらく学校ではさらに詳しく教えられるのだろう。そして学校に入った時点で、自分が魔法使いだと判明している。
情報を得るための入学であったが、その代償に戦力を提供する必要はありそうだ。
(早まったかな……)
手に入れた情報は、おそらく表には出てこないものもあったであろう。しかしこの程度のものならば、自分は安全な所からモンスター退治を見ていても良かった気がする。
だがそんな想いと同時に、胸を締め付けるものがある。
(もう遅い、か)
戦わないことを、悠斗は恐れている。
前世でも同じようなことがあった。戦いは避けるべきであるが、大切な存在を守るためには避けるべきではない。
既にこの四人には、友人とは言わないまでも知人とぐらいは呼べるレベルの絆が出来ている。それでも見捨てる時は見捨てるドライさを悠斗は持っているが、最初から関わらなければ守る対象も少なくて済んだのだ。
悠斗が内心で己の選択を悔やんでいる間も、一行は森の中を進んでいた。
そしてまたゴブリンの集団と遭遇する。弓や杖をもった個体を含む8匹だ。
亜種や上位種と呼ばれるゴブリンがいたが、特に危険なものではない。実際に危なげなく、春希たちは7匹を仕留めた。
「さ、それじゃあ援護してあげるから、仕留めなさい」
春希が悠斗を促した。わざわざ1匹だけ当てなかったのは、そういう意図があったらしい。
「俺が一人で?」
「ゴブリンなんて最弱の魔物よ。群れるなら別だけどね。とりあえず生き物を殺すことに慣れないと」
ああ、それは確かに言える事だ。
転生する前のあちらの世界で、悠斗は最初に魔物を殺すことに抵抗を覚えた。しかもそれが人型の魔物、ゴブリンであったことが拍車をかけた。
いくら哀れでも、ゴブリンの子は殺せ。向こうの世界で教わる傭兵や兵士の心得である。
ただでさえ虫程度しか殺したことのない現代の日本人には、かなりハードルの高いものであった。しかしそれをやらなければ、勇者としては何の役にも立たない。
ゴブリンは所詮知能の低い猿の進化型だ。むしろ猿よりひどい害獣である。しかし魔族には人間以上の知能を持ち、人間とほぼ同じ容姿をした種族もいた。
また魔族に支配され、同じ人間同士で争わなければいけないことさえあった。悠斗は奇跡的にも、現代日本人の感覚をある程度保ったままで、それに成功した。
それを思うと、自然とゴブリンを抹殺していた母の異様さが際立つのだが……。
まあ、そんな悠斗である。既にこの人生でもゴブリンは殺しているのだが、それを春希は知らないらしい。オーガの件は知っていると思ったのだが、どうやら渡されている情報が制限されているらしい。
情報がどこまで共有されているのか分からないが、十三家にも分かれているのだから、意外と組織内での情報の隠蔽も普通なのかもしれない。
ますます月氏十三家に関わる必要が出てくる悠斗であった。
悠斗は手にした肉厚の剣を構えた。
普通の中学一年生なら、支えるだけでも辛い重さである。だがそこは肉体強化の魔法と闘技の出番である。悠斗の剣先が揺らぐことはない。
春希の矢が残ったゴブリンの退路を断つ。ゴブリンは前に出て悠斗と戦う選択肢しかない。
「ほら、魔法かけてあげるから」
春希は小さく呟いた後、物理防御の魔法を付与した。唱えていたのは詠唱ではなく、何か精神集中のためのものであったようだが。
そして悠斗は大地に刺した大剣から手を離し、懐から投石紐を取り出した。
同じように石を取り出すと、素早く振り回す。投擲された石は狙いも見事に、ゴブリンの頭を強打した。
その場で調達した布で投擲をする悠斗が、ちゃんとした道具を使えば、それが命中しやすいのは当然のことである。
即死ではなかったらしくピクピクと動いているゴブリンに、悠斗は今度こそ剣を持って近づく。
振り下ろした剣は見事にゴブリンの首を切断していた。
その悠斗の様子に、他の者はそれぞれの感想を抱いたようだった。
「……どうしてわざわざ魔法かけてあげたのに、遠距離攻撃するわけ?」
「いや、だって危ないだろ?」
「平然と止めをさしたのは高評価」
春希と弓はコメントを出すが、みのりは顔を引きつらせ、アルは何やら考え込んでいる。
それでもこれで、悠斗が魔物を殺せることは証明出来たわけだ。
「それじゃあ今日はこの辺で――」
言いかけた春希だが、森の奥に視線を向ける。
「何か来る」
弓が言うが、悠斗はもっと前から気付いていた。
ゴブリン相手にわざと苦戦してみても良かったのだが、他の四人が不測の事態に対処するには、雑魚でも他の要因を排除しておかなければいけないと思ったのだ。
バキバキと木々が倒れ、密集した下生えを突破して、一行の前に現れた存在。
それはゴブリンなど及びも付かない、上位種ですら歯が立たない存在、オーガであった。
「ただのオーガじゃない! 上位種のオーガ!」
珍しく弓が大声で注意を促す。四人は戦闘態勢を取るが、その緊張感はそれまでとは比べ物にならない。しかし悠斗は慌てない。素数を数えるまでもない。
オーガはその勢いのままこちらに向かってくるが、それは攻撃のためではない。
オーガは逃げるためにこちらへやってきたのだ。
オーガの切り拓いた空間をするすると抜けて、こちらに向かってくる人間がいる。
弓の盾が展開される直前、オーガは肩口から袈裟切りに斬られた。
ゴブリンなどよりよほど耐久力のある、明らかに強靭な肉体を切り裂いたのは、太刀であった。
倒れたオーガの向こう側には、太刀を振り抜いた姿勢のまま、残心を解いていない少女が一人いた。
「御剣……」
春希が呟くが、かすかな言葉の震えは目の前の少女に圧倒されたような雰囲気を含んでいる。
腰まであるウェーブのかかった髪を適当にまとめた、黒い服装に身を包んだ少女。
切れ長の目には強い光があり、まさに刃のような美しさを秘めている。
だがどこか怪しい。背はすらりと高く、その年齢にしては異質な、魔性のようなものを発散していた。
少女はこちらを確認すると、その太刀を消した。霊銘神剣だ。つまり月氏の一族。
「逃げた方向に人がいたので急いだのですが、その必要もなかったようですね」
年頃は同じか少し上のようであるが、一族の中での立場は低いのか、春希に対して丁寧に声をかけてくる。
「いえ、こちらは初陣の素人を抱えていたので、助かりました」
春希の言葉も丁寧なものだ。立場は上なのかもしれないが、この少女は明らかに春希たちより強い。
「素人?」
そう呟いた少女の視線が、悠斗を射るように見る。
「とてもそうは見えませんが」
「ああ、まあ、ゴブリンを躊躇なく殺せるぐらいには、ね」
春希は言葉を選び選び話しているようであった。
悠斗は剣を持ちながらも、それからすぐに手を離せるようにしていた。
少女はおそらく本人でさえ無意識の威圧感をまとっている。あちらの世界ではよく見た、やたらと戦いの経験を積んだ戦士の雰囲気だ。
だいたいそういうやつらは犬死にするか、足を引っ張るか、こちらにつっかかってきたものだが。
しかし少女は視線こそ無遠慮なものの、そこまで無茶なことはしないようであった。
むしろ、もっと何か危険なものを悠斗は感じた。
「これが素人とは、とても思えませんが。まあ、いいでしょう。それより森が活性化しています。足手まといがいるなら、早めの撤退をオススメしますよ」
それでは、と手を振って、少女は入り口の方へ去っていった。
その姿が消えてしばらくしてからも、春希たちの臨戦態勢は解かれることがなかった。
「今の子は、やっぱり一族の子なのか?」
悠斗の問いに合わせて、その緊張を解く。春希は息を整えながらも、少し考え込んでから言った。
月氏十三家は能力者の集団であるが、その全てが強大な戦闘力を持っているというわけではない。
たとえば月氏の宗家の巫女姫などは、象徴としての意味以外に、予言の能力を持っていることが多い。春希も戦闘力は高いが、ここに属する。
また霊銘神剣や、その他の魔法道具を作ることに長じた家もある。
戦闘力ではなく人の精神を操るような能力に長けた家もあれば、儀式魔法を専門とする家もあるのだ。
その中でも戦闘に特化した家はあり、先ほどの少女はその一員であるという。
「御剣雅香。十三家の中でも戦闘に特化した九鬼(くかみ)家という家があるんだけど、彼女はその分家の御剣家の人間なのよ。九鬼家の人間は、男性に特に強力な戦士が生まれて、特に当代の当主とその弟は、十三家のツートップと言われているの」
「彼女は女だったけど?」
「あれは史上初の例外。もう少し成長したら、一族はスリートップになると言われているほどの使い手よ。絶対に敵に回したくない人間ね」
春希の反応から見て、その言葉に嘘はないのだろう。
「そんなに突出した使い手がいるってことは、九鬼家ってのはかなり有力な家なのか?」
「あ~、世の中そんなに上手いことばかりじゃなくてね」
春希は珍しく言いよどんだが、それでも決定的な情報を出してきた。
「九鬼家の男子は短命なのよ。50歳まで生きた本当に九鬼家直系の男子は、少なくとも記録上存在しない」
それではまるで、呪いではないか。それにしても「本当に」とは。養子や母体の不倫を除くということだろう。ならば男性血統に存在する遺伝子異常になるのか。
十三家に限らず能力者というのは、実は長命であるというのは最近知られた事実である。
特に長命なのは300歳を超えると言われ、生物学的なアプローチもされているという。人道的な見地から、遺伝子の提供などに留まっているらしいが。他の国では怪しい。
「男子の直系にしか発現しないから、今後の遺伝子解析で、その弱点もなくなるかもしれないけどね」
春希はそう言ったが、悠斗は強さと引き換えの呪いという可能性が高いと思う。
もちろん遺伝子的な問題もあるのかもしれない。能力者の子供は、能力者であることが多いのだから。
「さてと、まあ忠告も受けたし、今日は帰りましょうか」
春希が言うのと同時に、オーガから討伐証明や、薬剤に使える臓器などを摘出した三人は頷いた。
これもやらせるつもりだったのかと悠斗は思ったが、ゴブリンならともかくオーガは使える箇所が多い魔物らしい。
それを無造作に捨てていったあの少女は、ただ殺すことが目的だったのだろう。
進路を変えて、入り口へ向かう途中で、悠斗は考えていた。
他の四人はそれを、精神的な疲れと見て、話しかけてくることも少なかった。
さっきの少女と戦って勝てるだろうかと、悠斗は考えていた。
おそらくは勝てる。手数は何枚もあるし、本当に最後の切り札を使えば、話に出てきたツートップとやらとも、少なくとも敵対しても逃げることは出来るだろう。
それにしてもリスクの大きすぎる勝負になるだろうが。
(やっぱりまだ情報が足りない)
日本の平和を影から守る一族。そしてその中の派閥。正直あちらの世界の魔王軍をも上回る戦力に思える。
仲間たちが心配してくれているのとは別の方向で、悠斗は精神的な疲労を感じていた。
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