第3話 お受験します

 国立魔法学校は、試験によって入学資格が審査される、一応中学校の卒業資格も与えてくれる学校である。中高一貫で、さらに上の魔法大学まで、数年先には開校される予定である。

 悠斗が最初この学校を受験すると言った時、家族の皆は驚いたものである。

 それまで悠斗が家族の前で魔法を使うことはなかったし、検証番組などを見ていることはあっても、自分で使いたいと思っているようには見えなかったからである。

 小学生がかめはめ波の練習をするようには、悠斗は特別なことなど何もしていない。

 そんな疑問に対して悠斗は、簡単に説明をした。


 本当の目的としては、魔法学校はその入学試験において、個人の魔法の素質の有無を測定してくれる。

 その過程において、悠斗は平均的な魔法使いの力を知ることが出来るだろう。

 名目は単純に、自分に魔法の素質があるか知りたい。家族はそんな悠斗の言い訳に戸惑いながらも、反対はしなかった。

 悠斗が魔法使いの素質を持っているかがまず疑問であったし、もし素質があったとしても、危険なハンターになるほどではないだろうと常識的な判断をしたのだ。

 もちろん実際のところ、悠斗には魔法使いとしての素質がある。

 それどころか弟にもあるのだ。


 魔法使いの素質は、ある程度遺伝する。少なくともあちらの世界ではそうであった。貴族制度や神殿の権力は、魔法の血統と共にあった。だから開明的な思想は発展しても、決定的に身分制度が崩壊することはなかった。

 逆に突然変異で現れた英雄が、新たに国を興すということはあったらしい。

 異世界に勇者として召喚された前世を考えるなら、その前世の勇者の甥という血統の悠斗とその弟に、素質がない方がおかしい。

 それどころか実は母ちゃんにまであるし、祖父母にもあるのだ。もっとも魔法使いの訓練は第二次成長期までに受けておかなければ開花することがないので、弟はともかく今から母や祖父母が分かりやすい「魔法使い」となることはないだろう。

 だがそれも異世界での常識であったのだが。




 悠斗は12歳になるまで、親しい友人を作らなかった。

 早熟な小学生同士が恋人になるこのご時勢に、彼はきわめて硬派であり、友人との距離もきわめて無難なものとしていた。

 なにしろ二度目の人生だ。早熟であるのは当たり前で、周囲に合わせるのは逆に気恥ずかしい。

 もちろん多少は空気を読んでお遊戯をするのだが、それはあくまで常識的な範囲内である。

 もしも大切な友人が出来たとき、家族以外にそれらまで守れると思うほど、悠斗は楽観的ではない。

 よって魔法学校での生活も、人並みのものではなくコネ作り、あるいは体制側への所属を考えてすることになるだろう。


 そして入学試験の時がやってきた。

「なんでお前、こんなところにいるんだ?」

 そんな声をかけてきたのは、同じ学校の同学年であった山田であった。

 山田は小学校からの知り合いであったが、悠斗と友好的であったことはない。

 彼はそれほどの素質があるわけではないが、珍しい民間の自然発生魔法使いであり、よく手から炎を出していた。

 それを使って同級生や下級生を脅していた。もちろん本格的に怪我でもさせたら、普通の喧嘩などよりよほど重い罰を受けるのだが、目の前に示された魔法は、それだけでも暴力と同じ効果がある。

 そんな山田を、悠斗は事あるごとに叩きのめしていた。

 魔法を使って傷害事件になれば、小学生でもタダでは済まないのを知っていたのと、単純にそんな魔法を使ったところで悠斗は何も怖くなかったので。


 よって山田は一方的に悠斗を敵視していたが、入学試験で知った顔を見たことで、少し安心もしたのだろう。

 普段とはありえない笑顔で、悠斗に声をかける。

「お前って喧嘩は強いけど、魔法なんて使えないよな? なんでだ?」

 正確には使うまでもない、というのが正解なのだが。

 しかし悠斗も、わざわざ声をかけてきた知人を拒絶するほど、山田に対して隔意はない。

「試験では潜在能力を測定してくれるんだろ? せっかくだからやってもらおうと思ったんだ」

「魔法使いなんて、そんなに都合よくいるわけじゃねえぞ。試験にかかる金だってただじゃないんだ」

 山田はどちらかというとこちらを嘲笑するような、しかし安堵もしている口調で言った。

「だから、ダメ元だ」


 悠斗の目的は、試験で自分の力を計ることではない。

 周囲の魔法使いの力を計ることであり、そして既に学校にいる魔法使いの雛たちの力を計ることだ。

「まあ、頑張れよ」

 山田は気楽な感じでそう言って、まだ何かと話しかけてくる。やはり自分一人というのは心細かったのだろう。

 普段は選ばれた魔法使いという歪んだプライドを持っているが、ここにいるのは既に魔法の素質を開花させた者か、その自信がある者だ。

 悠斗のような記念受験もそれなりにいるのだろうが、山田は魔法使いと一般人の見分けがつくほど熟練した魔法使いではない。


 悠斗もまた、魔法学校の試験会場で疑問を覚えていた。

 試験会場にいる受験者と、試験の手伝いをしている魔法使いの生徒の間に、あまりにも力の差がありすぎる。

 それだけ学校で教えられる授業が優れているのかとも思うが、どうもそれとは違う気もする。

(これは……つまり推薦なりスカウトなりで、既に受かっている人間がいるということなのか?)

 代々魔法を継承する一族などがいるのなら、その訓練法は自己流の山田などよりも、よほど優れて魔法使いを育成しているはずである。

 受験はあくまでも取りこぼしを見つけるものであって、既におおまかな選別は済んでいるということか。


 だが悠斗がそう判断し切れない点がある。

 受験生の中に、明らかに己の魔力を抑えた、制御能力に優れた人間が少しいるのだ。

 それもまた、ちゃんと外部からの受け入れがありますよというパフォーマンスなのかもしれないが。

 とりあえず悠斗は、最初の試験である筆記試験に臨むのであった。




 魔法学校の入学試験における重要度は、やはり魔法の才能ということになる。魔力をどれだけ持っているかということと、その制御力だ。

 だがあまりにも筆記試験の成績が悪いと、高度な魔法の理論を理解出来ない。そしてドロップアウトした後に出来上がるのが、中途半端に魔法を使える粗暴な人間である。

 よって平均より少し上の学力がなければ、まずここで落とされることとなる。

 悠斗は無難に乗り切った。実のところ前世で習った部分と現在では、歴史教育などに再発見された部分なども多くて、意外と大変だったのだが。


 次が運動能力の測定テストである。だがこれで落とされる者はまずいないらしい。

 ただ将来的に戦闘することを考えると、ある程度の肉体能力は必要だろう。もっとも入学してからそれを鍛えるというのもあるだろうが。

 50メートル走やソフトボール投げといった、普通の学校でも行うテストである。悠斗はこれを、魔法使いでない一般人の限界程度の数値で収めた。

 だが後の受験者を見ていると、明らかに身体能力がおかしい者がいる。身体強化に魔法を使える者たちだろう。別に禁止はされていないので、問題にもならないのだが。

(50メートル走を5秒台で走ってもいいのか。やっぱり魔法は非常識だな)


 ちなみに山田は悠斗より2秒遅いタイムでこの試験を終えていた。




 最後に残ったのが、魔力の測定テストである。

「へっ、まあこれに関しちゃ、お前に負けるわけねえけどな」

 わざわざ口に出して言うほど、山田は悠斗を意識している。


 魔力測定は、特殊な金属の板に両手を乗せ、そこから測定者の魔力を計測するというものである。

 試験と言うより、単なる検査のようなものだ。これで数値が低い場合、さすがに試験に通ることはない。

 三列に並んで測定していくのだが、どうやら一般人は3から10までというのが平均らしい。

「おっしゃ125!」

 悠斗の少し前で測定した山田が大きな声を上げている。まあ常人の10倍以上であるので、確かに珍しくはあるのだろう。

 悠斗の測定する限りにおいても、おおよそ100を超えるぐらいが魔法使いとしての最低値だろう。


 そう、最低値なのだ。

 たとえば母や弟などは、1000以上の魔力を持っている。


 そして悠斗の二つ前で、測定に臨む少女。

 すらりとした大人びた体躯に、ちょこんとしたポニーテールという姿の少女は、明らかにそれより強い。

 体の動かし方からしてただものではない。おそらく彼女は、生まれつき魔法使いの家系に生まれた者だ。

 身の内には膨大な魔力を秘めていながら、それを完全に制御して外に洩らさないようにしている。悠斗の解析系の魔法でなければ、それは分からなかっただろう。

 彼女が金属板に触れた時に、わずか一瞬その魔力が放出された。

 わざわざ口にしないので周囲がざわめくことはなかったが、山田を基準とした場合、彼女の魔力は3000を超えていた。全く本気を出さずに。


 さて、問題である。

 悠斗はここで本気を出すべきか、出さざるべきか。

 本気を出せば、間違いなく注目される。そしてその注目度は、単なる未熟な魔法使いという範疇を超えたものになるだろう。

 受験生の中で、魔力を制御している物は数人いるが、どうやら全力を出しても悠斗に及ぶ者は一人もいない。

 そんな戦力が認知されるとして、どういう扱いを受けるか。

 既に魔法使いの集団と言うか組織と言うか、血統は存在しているようである。

 それが外部の血である悠斗をどう扱うか考えれば、使い捨ての道具と思われるかもしれない。


 だが逆に規格外の力を示せば、その内部に取り込もうとするかもしれない。

 前世、異世界においても、魔法使いは貴族や王族が多く、庶民生まれの魔法使いは、女であれば妾。男であれば騎士として取り立てられることが多かった。

 もちろん勇者である悠斗は別格であったが、権力者の考えることは世界が違っても似たようなものであろう。

 悠斗にしても王家に連なる女性との、そういった関係を示唆されたことはある。

 もっとも他国からの横槍があったため、正式に結婚するということはなかった。

(でも有用性を示すことで、家族にも便宜を図ってもらえるかもしれない)


 悠斗は強い。既に12歳の段階で、ゴブリン程度なら武器なしでも100や200は片付けられる。

 だが社会的な強さとはそれとは別だ。勇者として異世界で戦っていた時も、雑魚を任せるために兵は必要であったし、それを頼むために交渉することはあった。

 地球の魔法使いの集団が、果たして世界的な規模のものなのか、それとも国家に属するものなのか、詳しいことは分からない。だがとにかく家族もろとも自分の後ろ盾となってくれる存在が必要だ。

(決めた。実力はそこそこ明らかにして、切り札は隠そう)

 悠斗は自分の前に回ってきた金属板に手を乗せる。

 体の中の魔力を少し吸い取られる感覚があった。そして一瞬の後、ある程度手加減した魔力が表示される。

 38000。

 試験を受けに来た受験生の中で、圧倒的に高い値を、それは示していた。




「魔力値38000か。測定器の故障を疑いたくなるな」

 魔法学校の一室の中で、数名の男女が会議を行っていた。

「我々一族の成人の中でも、平均以上の魔力です」

「幼児の頃から訓練していたら、さぞ面白い戦士に育ったでしょうな」

 全員の顔には表情というものが見て取れない。しかしその内面までがそうとは言えないだろう。


「さて、どう対処すべきか」

 議長の言葉に対して、反応は二つに分かれる。

 即ち、抹殺すべきか取り込むべきか。

「小鬼どもの跳梁は年々無視しがたいものとなっている。島国である日本はまだマシだが、大陸はひどいことになっているそうだな」

 使える者は使う。それが基本路線だ。

「しかし我ら一族に反抗するのであれば……」

「わずか一人で? 処分する事自体は簡単でしょう」


 子供と言えど、その力の量は既に大人の戦士に匹敵する。だが実際の戦闘に役立つかはまた別の話だ。

 そして彼らが本気になれば、どれほどの力を持っていようと、組織に個人は勝てない。

「大鬼も見かけられる現在、これを処分する選択はないでしょう」

 最初から傾きかけていた意見の一致は、既に結論を出す寸前まできていた。

「一族の血も濃くなっている。このあたりで一度、外部の血を入れる必要はあるだろう。だがその前に、少し試練を与えてみよう」

 少しだけ踏み込んだ意見が肯定されて、話し合いは終わった。

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