真夜中の駅構内

春嵐

The final

 ガラス張りのビルの隙間。複雑な駅構造のなかの、いちばん寂れたプラットホーム。


 夜。


 遂に、このときが来た。


 あのとき。あの日。全てが終わって、私の日常が始まった。そして、あと数分で終わる。


 あのとき。ホームに走ってくる電車に、なぜか、身体が吸い寄せられて。轢かれた。そして、無傷で向こう側のホームに立っていた。轢かれた感覚だけを残して。


 それから。よく分からないけどひっしに生きてきた。もともと、しにたいわけでも生きたいわけでもない。普通に生きて、ネオンの光に吸い寄せられる人みたいな感じで電車に吸い寄せられて。


 でも、あの轢かれる瞬間の、どきどきと切なさが、どうしようもなく、くせになった。しのうとしてしにきれない人の気持ちが、とてもよくわかった。理解できなかったし、理解しようともしてなかったのに。


 自分の人生が終わるという事象そのものに、爽快感がある。


 あの日と同じような時間帯。あの日と同じ感じの気温。あの日と同じホーム。


「延長戦だったのかな、人生の」


 そんなドラマか漫画、あった気がする。しんだら異世界に転生したり過去に遡ったりするやつ。


 私は違う。単純に轢かれて無傷だっただけ。轢かれるはずの座標軸が、ゲームのバグみたいにちょっとずれてしまっただけ。だから今日、もういちど、ようやく、しぬ。


 何も後悔はない。

 轢かれる前は友達も恋人もいない人生で、轢かれた後は友達も恋人もできた。たのしかった。


 どうでもいいような仕事が、たのしくなってた。


 一度しんだ気になることが、人生を楽しむトリガーになったんだろう。そんなドーピングみたいな追加人生が、私。


「はやく、電車来ないかな」


 私。手を握って、開く。緊張してない。期待感もない。


 うしろ。足音。


「どうしたの、こんなところで」


 恋人。


「あれ、なんでここに?」


「いや、恋人が家に帰ってこなかったら普通駅のホームとかなんとなく見に来るでしょ?」


「いや見に来ないと思うよ」


「そっか」


 駅のホーム。私と、彼だけ。


「たぶん、君の友達もここに来ると思うぜ」


「え?」


「探してたよ」


「なんで?」


「なんか、普通じゃなかったんじゃない、今日」


 普通に過ごしてたと、思うんだけどな。


「おれも、なんとなく、思ったよ。今の君は、普通じゃない」


「へえ」


「いまから、なにするの?」


「しぬの」


「そっか」


 15秒間の無言。


「止めたりしないんだ。恋人なのに」


「びっくりしてるけど、納得してる」


「納得?」


「いままで、君に会って、一緒にいて、楽しかった。だから、君が突然いなくなるんじゃないかって、なんとなく思ってた」


「そうなの?」


「そうなの」


 また、15秒間の無言。


「で、どうやってしぬの?」


「いや、一緒に来ないでよ。あなたしんでも誰もよろこばないよ?」


「そうだね。おれにはしぬ勇気も度胸もない。で、どうやってしぬの?」


「ここ」


「ここ?」


「電車に、こう。ジャンプして」


 恋人。笑った顔。


「そっか。じゃあ友達がこのホームにたどりつくことはないな」


「ん?」


「ここ、もう終電終わってるし。電車来ないし」


「え」


「君の友達は今ごろ、この駅内のまだ電車の来るホームを探してるな。気の毒に」


「電車、来るよ。数年前も来たもの」


「君がいうなら来るんだろうなあ」


「信じてないじゃん」


「うん」


「うん?」


 彼の顔。

 ズームになる。


「んっ」


 キス。


「外でキスしたのは初めてだな」


 とりあえず頬をひっぱたいた。無人のホームに響く、肌を打つ音。


「へへ」


 照れた彼の顔。


 そう。


 キスして、ひっぱたいて、そのあと抱きしめて、私たちはそうやって仲良くしている。


 抱きしめろ。

 勇気を出せ私。

 最後の瞬間まで、彼の腕のなかで。


 ひっぱたいた手。じんじんする。動け。私のからだ。動いて。


15秒。


「ごめんなさい」


 動かない。


 こんなに近い彼の胸に、飛び込むことが、できない。

 なんで。外だから。しのうとしてるから。どうして。


「え、なにが?」


 彼。気にしてませんみたいな顔で、頬をさすっている。見事に、私の右手の形に赤くなっていた。


「ねえ、君の友達呼んでもいいかな?」


「なんで」


「いや、ふたりでいるよりみんなでいるほうがいいんじゃないかなって」


「ごめんなさい。わたしがいま抱きつかないことに腹をたててますよね?」


「いや全然。友達もいたほうがいいかなって思っただけだけど」


「ほんとに?」


「ほんとに」


「わたしの友達の連絡先、知ってるの?」


「というか、連絡来てたし。やりとりもしてるよ。なんかときどき君が不審な動きするときとか」


「不審な動き」


「今日みたいな感じのとき」


「呼ばないでいただけると、助かります」


「そっか」


「本当はあなたに、いつものように抱きつきたいけど、なんか、からだが動かなくて。でもあなたと、いたい、です」


「え、ほんとに?」


 彼の顔。

 うれしいのか、にやけまくっている。


「君がおれと一緒にいたいって言ってくれるの、とてもレア。貴重です」


「そんなことで?」


「うれしいなあ」


 光。


 遠くから。


「あ、来た」


 立ち上がった。

 彼の胸に飛び込まないくせに、しが近づくと、敏感に動く私のからだ。


「おっ」


 彼が見てるけど。


 走った。


 電車が来る。


 それに向かって。


 飛び込んだ。


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