第12話 僕のその理由

 ギルドに帰ってくると、魔石換金所に行く。


 魔石換金所では眼鏡をかけたお姉さんが箱いっぱいに入った魔石を鑑定している。長い茶髪を三つ編みにしている。


「全部で、50万エルになります。これとこれは30層クラスの魔石ですね。もうそこまで到達したんですね。」


「ええ。」


 お兄ちゃんが換金所のお姉さんに対応している。僕は少し後ろに下がって見ている。


 章子は足についた泥が気になるようで、さっきからずっと払ったりしている。アイテムには予備の装備が無限にあるので、着替えればいいのにと思う。


「私から、ランクBへの推薦状を出しておきます。これで、早めにランクBにしておいてください。」


 眼鏡の頭良さそうなお姉さんはお兄ちゃんに書類を渡した。


「ありがとうございます。」

「いい加減敬語は止めてください。冒険者の方に敬語を使われると少しムズムズします。」


「分かりました。」

「はぁ、もういいです。」


「いや、間違えただけ、次からは気を付けるさ。」

「そうしてください。」


 お兄ちゃんと眼鏡のお姉さんはいつの間にかだいぶ仲良くなっているようである。僕は換金所に行かないことも多かったので、知らない間に仲良くなったのだろう。


「じゃあ、ありがとう、また頼む。」

「はい、またお願いします。」


 お兄ちゃんはそう言うと、受付の方に向かったので、僕はお姉さんに軽くお辞儀した後、お兄ちゃんについて行く。






「よう、ブラックブラザーズ、ランクを上げに来たのか?」


 受付のおっさんはお兄ちゃんの手に持った資料を見て声をかけてくる。ブラックブラザーズは受付のいかついおっさんが勝手に僕たちにつけた名前である。そうやって呼ぶのはこのおっさんだけである。


 しかし、僕たちのことはギルドの中でも評判になっているらしく。他の冒険者達は黒の三人組とかそんな風にうわさ話をしているようだ。


 ブラックブラザーズは少しダサいのでやめてほしいなと思う。


「ええ、お願いします。」


「ああ、ちょっと待っとけ。」


 いかついおっさんは資料を確認している。


 そういえば、このいかついおっさんは実はギルド長さんであるらしい。ギルド長さんがこんな目立つところにいるとは思わなかったので最初は驚いた。


「お前たちをBに上げるのは問題無い。だが、聞いた話によると、Aランクに匹敵する実力があるようだな。俺としてはお前たちを早く適正なAランクに上げたいんだが、それにはまだ実績が足らんようだな。」


「そうですか。俺たちはCのままでも大丈夫ですけどね。」


 冒険者ランクが上がるメリットは、ギルドからの高額な依頼を受けることができるようになること、冒険や依頼のための道具の援助を受けることができるようになること、換金所での手数料が割引されること、治療室での治療が優先されることなどである。


 正直どれも今の僕達には間に合っているので、ランクを上げる魅力はほとんどない。治療室なんて使ったことが無い。回復魔法は妹が使えるからだ。


「今までそれで通してきたのかもしれんが、こっちの都合があるんだ。高ランクの冒険者を集めればできることが増えるんだよ。」

「そうですか。」


「お前達ブラックブラザーズは、今日一日で迷宮の30階層を突破したようだな。異常な速さだ。20階層までも一日で突破しているようだな。一体どうやったんだ。」


 この世界の人は10階層ごとにしか転移できないことを考えると、僕たちは今日一日で21階層から、31階層まで行ったことになる。


 この攻略速度は僕達のメニューから行う転移とマップとお兄ちゃんの探知によることが大きいだろう。僕たちのマップには迷宮のゲートが表示されているのだ。迷うことが無い。


「そうですね。実は、俺たちは一階層ごとに転移できるんです。今日は21階層からではなく、28階層に転移してから、31階層まで行きました。」


 お兄ちゃんは僕たちの転移の力を話すことにしたらしい。


「何!?それは本当か?」


 ギルド長さんはとても驚いている。驚く顔も怖い。


「ええ。本当です。」



 僕は秘密にしておいた方が良かったんじゃないかなと思う。


「そいつは凄いなんてもんじゃないぞ、革命だ。迷宮に持ち込む物資の問題も、冒険者の疲労や治療の問題も全部解決できるじゃねぇか!それはブラックブラザーズだけか?それとも他の人間を連れて行けるのか?」

 ギルド長さんはとても興奮している。


「試したことが無いので分かりません。」


「実はな、この間、40階層の主が復活したという報告が入った。ちょうど今、討伐隊を組んでいるところだ。ブラックブラザーズにも参加させて、それを達成してもらった後、ランクAにしようと思っていた所だ。」


「知らない間にそんな計画を立ててたんですね。」


「だが、その転移能力があれば話は別だな。明日は他の人間を連れて行けるか試してくれ。人材はこっちが用意しておく。」


「分かりました。それではまた明日。」


 話が終わったようなので、僕たちは外にでて、いつもの宿屋シェーブロンに向かう。

 自分たちの部屋に入ると妹はシャワー浴びてくるといって、シャワー室に入って行く。


 部屋は4人部屋になっていて、とても広くなっている。


 僕と兄は部屋の椅子に座る。妹はシャワー室にいるから、僕たち二人きりだ。


「なぁ、転移のことは秘密にしておいても良かったんじゃないか?」


 僕は向かいのお兄ちゃんに聞く。


「うーん。俺たちは100階層に行かなきゃいけないんだ。現在の最深到達度はたった61階層だぞ。そこに至るまでに俺たちの転移能力はばれるだろう。なるべく、正直に話して、協力をしてもらった方が良いと思ったんだ。」


「ふーん。僕達のことはどれくらいまで話すつもりなの」


「そうだなー。俺たちの正体もいつかばれるかもしれないな。出身地のウラストなんちゃらについても全然知らないし。幹太は秘密にしておきたいか?」


「ばれたら、色々面倒くさいことがおきそうだなって。」


「まぁ、捕まったりはせんだろう。この街の警察はその程度じゃ動かなそうだ。俺達の目標は迷宮をクリアして、日本に帰ることだ。この世界に根を張るわけじゃない。無理に溶け込む必要は無いんだ。」


「うーん、そっかぁ。」


 確かにそうかもな。目立って、騒がれても、僕達は迷宮をクリアしたらこの世界を捨てて日本に帰ることになるのだ。面倒くさいことも全部置いてけぼりにできる。


「まぁ、幹太が不安なら、なるべく秘密にしよう。」


「いや、良いよ。兄貴がしっかり考えてるならそれで良いよ。」


「そうか。」


 僕達は少し沈黙する。





 僕はこの世界に来てだんだんと芽生え始めてきた考えをつい口に出してしまう。


「ねぇ、この世界に残るっていうのはどう?ここの世界も悪くないと思うよ。僕達ここでは、お金持ちだし、日本よりもずっといいところだよ。ここ。」


 お兄ちゃんは少し驚いて僕のことを見つめた後、すぐに表情を固める。


「…もっとよく考えろ、幹太。」

 お兄ちゃんは語調を落として言う。


 お兄ちゃんの言葉を聞いて、考える。すぐに自分が浅はかなことを言ってしまったことを後悔する。



 僕達の本当の居場所は日本なんだ。この世界じゃない。



 この世界では僕達は異物なんだ。年だってとらない、死ぬことだってない。この世界では僕達の時は永久に止まったままなんだ。


 日本には、やり残したことがたくさんある。僕達の戻る世界の時間は止まったまんまのはずだ。きっと女神様も永遠に止めておくことはできないだろう。いつまでもこの世界にいれば、強制的に送り返されることがあるかもしれない。何年後だろうか、100年後かもしれないし、1000年後かもしれない。


 そんなにこの世界に残った後に僕達は日本で今までの普通の暮らしを送ることができるだろうか。無理だろうな。きっと高校の授業にはついていけなくなるだろう。数学の公式も英単語も物理の公式も化学の理論もおおかた忘れ去るだろう。


 ここで、この世界に残るという逃げ癖のついた僕にはきっと元の日本でまともに生きることはできない。勉強の遅れを取り返すために努力することもなく。異世界での楽な記憶に思いを馳せて、現実を見ることのできない人間になる。


 お兄ちゃんは医学部のエリートだ。僕だって期待されてる。現実のエリートとしてのレールを外れてはいけない。


 早くクリアして現実世界に帰らなくては、改めて固く決意する。


「俺達の目的は女神が言っていたこの世界の迷宮をクリアすることだ。永久にクリアしないで、裏切ったら、女神から何かされるかもしれない。」


 黙り込んでしまった僕にお兄ちゃんが付け加える。


「さっきの言葉、章子の前では言うなよ。」


 さらに、兄が付け加える。


 そうだ、章子だ。僕はまた後悔する。どうして大切な妹の事を忘れていたのだろうか。



 章子はこの世界に来て、寂しそうな顔をすることがある。元の世界では、まだ母親と添い寝していたのだ。僕達、兄二人ではその穴を完全に埋めることはできなかったのだ。妹は頑張って我慢しているのだ。妹は、僕のような異世界ファンタジーを楽しめる無神経な傲慢野郎じゃない。


「ノブレス・オブリージュ。」


 僕の口から最近聞いた言葉が出る。この世界に来た初日妹が言っていた気がする。


「は?」


 お兄ちゃんは僕の言葉の意味がわかっていないようだ。


 僕の声は少しずつ大きくなる。


「章子は僕達を兄として慕ってくれている。」


「そうだな。」


 そうだ。


「頼りにされてる。」


「そうだな。」


 そうだ。


「僕達は兄としての義務を果たす。章子には、寂しい思いをさせない、絶対に日本に帰す。」


「…大げさだな。」


 妹の兄への尊敬の念を裏切るわけにはいかない。今こそ、その対価を払う時。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る