第12話 死石
「開門」
「比べるとやはり差は圧倒的か」
第一砦セントレア、最果ての中央にそびえたつ壁。ファガストの守っていた第三砦スグスとは規模が3倍ほど違った。
「久しいな、ファガスト。最果ての石碑にたどり着いた時以来か? 遠征からとんぼ返りと聞いておる。残念だったの」
背もたれに背を預け椅子に姿勢を崩して座ったままの城主は、ややめんどくさそうにファガストを迎え入れた。
「遠征などまた行けばいい。それよりお前さんの弟子に会ったぞ、スオガオ」
長い通路を抜け階段を何段も上がり、スオガオの部屋についたファガストは、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「ん? あぁ、ククリスのことか。元気でやっていそうだったか?」
「わからんな。言葉も交わしておらん。弟子のことはアッシュリアに丸投げか?」
ファガストは自分の部屋とは違いずいぶんと整理されたスオガオの部屋を見回しながら答えた。
「その言い方はなかろう、ファガスト。それもこれも原因はおぬしが第一区画の総責任者を私に押し付けたせいだぞ? それに巡回者をやめた私に弟子は不要。何も教えてやることはない」
「その節は、悪かったのぉ。それよりなにも教えんのは、ちぃとばかし厳しすぎるのではないか? 」
「おぬしに弟子のことをとやかく言われとうないわい。それと何を今さら謝っておる。許してやらんからな。それで要件はなんだ? 最果てまで共に巡回し、たどり着いた仲だ、聞いてやらんこともないぞ。だいたい察しはついておるが」
スオガオは背もたれから背中を放し、机に肘を立て指を組み、ファガストをみつめた。
「人出が欲しい、最果てで手の空いとるもんなら誰でもいい。何人か派遣してもらえんか? ……数人で構わんのだが」
「なんじゃ人手かぁ。死石≪クロイツ≫の調査かと思うたではないか。悪いが第一からは人は出せん。巡回と調査が忙しい。第二から人を呼べ」
「そう言われると思うて、第二からようさん人を借りたわい」
「ならばわざわざ第一に足を運ばんでも良かったのではないか? 要件をはよう言わんか、私も暇ではないのだぞ」
「生きとるうちにお前さんと話す機会ももうそうないと思おてな」
胸ポケットから葉巻を取り出す。
「吸うてよいか?」
「よせ、部屋に匂いが付く」
ファガストはしぶしぶ葉巻を胸ポケットに戻した。
「イッサカルの弟子がそう簡単に死ぬまい」
「『誰もが平等に死にゆく世界に永遠はない』、わが師も死んだ。わしもいつかは死ぬ」
「『死を越えるために我々は死に、か細い希望の糸を紡ぐのだ』、砦で誰か友でも死んだかファガスト?」
二人の師がよく口にした言葉を交わす。互いによく知った中であり、その言葉の重さを二人はよく理解していた。
「師が偉大過ぎると弟子には時折辛い。……先日ゲラルドが死んだ。遺体は確認できんかったが死んでおる。石に繋がりが切れた感じがある。シルバといい共に最果てに着いた若い集が先に死んでいくのは少し堪える。師に幾度となく助けられたこの命だが、わしはだれも救えておらん。遠征に出ては殺すばかり」
己の無力さを感じながら自らの角ばった手のひらをファガストは見つめた。
「ファガスト、もしやおぬし今回の件で第三区画の総責任者を降りるつもりか?」
「教団がこのまま第三区画をほっておくまい。砦が再建される頃には息のかかった者をわしの代わりに据えるだろうな」
二人はしばし沈黙する。
「石碑にたどり着いた巡回者はまだ何人生きている?」
「残っておるのはハロルド、ヨークス、エメリア、バーンだけじゃな」
「星が死に初めて500年。終わりが見えぬ我らの使命に、失望していく者も少なくない」
「ファガスト本気で引退するつもりか? 何を考えておる?」
スオガオは、珍しく弱気な言葉を吐くファガストの思考が読めなかった。
「引退前にひと暴れしたくてな。死石≪リベリクス≫を壊しに行かんかスオガオ? わしも最後に希望の糸を紡ぎたくてな。死石≪リベリクス≫を破壊せねば、誰もわしら以外に石碑へ到達できまい。師の置き土産にしては、少しばかり今の若造どもには重すぎる」
「クハハハ、やはり老いたとはいえおぬしはそうでなくてはな。よかろう私も手を貸そうとも。と言っても弟子にすべてを託した身、もう昔のようには戦えぬがな。他の者にも声を掛けよう。決行はいつにする?」
「1年後。リベリクスの年、柘榴の月、白の星の日。場所は旧ロダート渓谷そこで師の亡霊を屠る」
「よいな。久々に血が騒いでおる。その月は必ず予定を置けておこう」
最果てを攻略した二人は、現役だったころを思い出しながらその後もしばらく今後について語り合っていた。
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