第10話 死の足音

 痛い。体にはしった痛みによって目が覚めた。


 脇腹を抑えながらゆっくりと起き上がると、少し遠くにいるタリスさんがこちらに雪をかき分けながら進んできた。


 「調子はどうだい、コル?」


 どれくらい眠っていたのかはわからないけれど、まだ自分はシナログの森に居た。


 「最果てで何があったんですか? 」


 巡回を終えたはずのタリスさんがシナログの森に居るという事は、北の果が動いたのだろう。


「残念だけど私が知っているのは、第3砦が落ちたという事くらいだ」


 タリスさんは心配そうに最果ての方を眺めてた。


「今から数時間前に、シュピとルーデンスそれとククリスが最果てに向かった。彼等が帰って来るまで、何も詳しいことはわからないだろうね。コル、動けるならフズヤグに戻ろう。応急処置はされていたけど、医者に見てもらったほうがいい」


 翌日タリスさんと共にフズヤグを目指した。



「北の果を代表して来ました。シュピル・フリューゲルです。後ろのはルーデンス・タンチェカと」


「ククリスか。お前ら3人の噂は聞いてる」


 第3区画の総責任者である、ファガストは北の果から来た3人を臨時拠点の集会所に向かい入れた。


「我々も今しがた波を乗り越えて、何が起こったのかを把握している最中だ。生き残りの言い訳をお前さん方もまあ一緒に聞いてくれ」


 ファがストは3人を引き連れて、椅子に拘束してある生き残りの元へと案内した。


「もう一度頭から説明しろ」


 取り調べ役のニクスはファガストが入って来たのを確認し、唯一生き残ったヘスクに再度説明を求めた。


「何度も言ってるだろ!!  俺たちは砦の前線で不浄石と戦っていた。波を1つ乗り切りきったが、セスクの傷が深く、前線を交代してもらおうと3人で砦に帰還していた途中だった」


 無事に大規模な波の中を生還したのに椅子に拘束されている事が、ヘスクには不満でたまらず声を荒げる他になかった。


「使えんとは聞いていたが、波1つ程度でへばるとは」


 取り調べ役にファガストも参加すした。


「砦が見えて来たあたりで、後ろから誰かが歩いて来る音がした。足音に初めに気づいたのはセスクだった。何か音がすると怯えていた。だが俺たち2人には聞こえなかった」


「なぜセスタは怯えていた? 不浄石相手に恐怖を感じる男には見えなかったが?」


「俺も知らねえよ!! 昨日迄は普通だったさ。波との戦闘で手当をしなければ死にかねない傷を負ってたからかもな」


 ファガストは首をかしげたがヘスクに話を続けさせた。


「………そうか。続けろ」


 「セスクが一人でも戻れると言ったんで、俺たちは不浄石かもしれないと考えて、念ためセスクが指差す方へ確認に向かった。互いに確認できる位置で捜索していたが、気づいた時にはガルタがいなかった。直ぐにガルタの叫び声が聞こえて俺は声のする方ヘ走った」


 ヘスクの口から言葉が出なくなり下を向いてうなだれた。


「どうした、それで何を見た?」


 ゆっくりと顔を上げたヘスクの顔には一瞬だけ恐怖の色が見えたのを、ファガストは見逃さなかった。


「人がいた。ガルタはそいつに殺された」

「その人物の顔を見たか?」


「……あぁ。あの男の顔を、俺が忘れるはずがねえ。シルバ。シルバ・クロイツだ」

「馬鹿が何度も嘘を付くな。シルバは死んだはずだ」


 ニクスがヘスクに詰め寄り、胸ぐらを掴み上げ、その目に嘘がないか再度確かめるが、ヘスクの目に嘘をついている様子はなかった。


「俺は確かに見たんだ。死んだはずのシルバ・クロイツを!! 奴が苦しむガルタをバルゴットに変えちまったんだ!! 」


「ニクス、離してやれ」


 ファガストの命令に従いニクスはしぶしぶ手を離した。


「何度も試していますが、嘘をついているようには見えません」

「ご苦労。ヘスク、仮にその人物がシルバだとして、お前はそれからどうした?」


「…………俺はその後。……逃げた。星食い石を含む不浄石の群れがどこからともかく湧いて来やがったんだ。俺は戦ったら危険だと判断して直ぐに砦に向かって走った」


 ヘスクは非難されるのではないかとファガストの顔色を伺いながら話を進める。


「未知の敵だ。お前の逃げた判断を私は責めない。お前をそのことで最果てから送り返すこともない。それで、砦にはたどり着けたのか?」


 ヘスクは少し安心しながら話を続けた。


「砦に戻った時には既に戦闘が始まっていた。そこら中、星食い石と不浄石だらけだった。俺は生き残るために逃げた。とにかく不浄石がいない方へ走った」


「なぜ砦の味方の救助を行わなかった!!」


ニクスはヘスクに再度詰め寄る。



「あんな量、勝てる訳がないだろうが!? 上級クラスが何体いたと思ってるんだ」

「何だと!! 貴様はそれでも巡回者か!! 恥を知れ!!」


 ニクスはヘスクの頬を叩いた。


「ニクス!! 」


 ファガストの怒声のこもった一言は集まっていた者を沈黙させた。


「すみません」


 ヘスクは床につばを吐きニクスを睨んだ。


「熱くなっているところ悪いが、戻ったぞファガスト。何かわかったか?」

「それなりにな。早かったなハロルド。周囲の状況はどうだ?」


 赤いマフラーを外しながらハロルドは見てきた事を話始めた。


「辺りに砦が破られる程の不浄石の群れが移動した痕跡はない。少し波の規模は大きかったようだが、ゲラルドの指揮なら上級クラスが何体居ても問題なかったはずだ」


「では、どう砦は破られたと推測する?」


「砦は内部から破壊された可能性が高い」

「爆破されたか?」

「爆破ではないと思う。焼けた痕跡はなかった。裏切りはなかったと思いたい」


「そうだな」


「前線で防衛にあたっていた巡回者はヘスクを覗いて全員が行方不明だ。血の跡はあっても遺体がない。砦での連中は砦の下敷きになって死んだやつが多い。それから浄化石がどの遺体からもなくなっていた」


「ゲラルトの遺体は確認できたか?」


「兄貴とアル、それとイニットの遺体は確認できなかった」


「…………そうか。ヘスクの拘束を外してやれ。逃げたらまた拘束しろ、ニクス」


「ようやく自由かよ」

「そんな訳がないだろう」


 ニクスはヘスクの拘束を一部外したが腕の施錠は外さなかった。

 

「まずは急ぎ砦を再建する。北の果から新たに人手が必要だ。ハロルド、本部にもそのこととヘスクの見たことを連絡しておけ。内地に未確認の敵が紛れ込んだかもしれん。死が近づいて来ていると警告してやれ。詳細は任せる」


「わかった」


「ランスタッド、砦の再建はお前に任せる。必要な資材と人数をまとめてハロルドに渡せ」


「直ちに」


「ヴァス、休んどる奴らに防衛の用意をさせろ。直ぐに不浄石が来るぞ」


「任せておけ、一匹たりとも通しはせんとも」


「マルコ、北の果から来た3人を頼む。わしは第1と第2に出向いて人を借りて来る」


「かしこまりました。行ってらしゃいませ」


「これからは最果てだけを警戒するだけではいかんかもしれん。ここ数年やはり何かかがおかしい。皆気をつけろ」


 

 部下に支持を出しファガストは集会所を後にした。



「最果てより急伝!! 第三砦崩壊、北の果てに星喰い石二体の出現を確認した模様です」


 若い祭司は赤い封筒をもち息を切らして宮殿に駆け込んできた。


「北の果てで対処するでしょう。大事にする必要はありません。下がりなさい」

「っは」


 手紙を受け取ることもなく大祭司の守護者を務めるエストは若い祭司を下がらせる。


「死石≪クロイツ≫の誕生と言い、最果ての巡回者はなにをやているのやら」


 砦が破られたことなど、教団が抱えている問題をしっている彼にとって、大した問題ではなかった。


「アンジェラ様は?」

「地下の泉で祈られております」


 彼女の書斎に次期大祭司の候補であるアンジェラの姿はなかった。

 エストは大祭司の宮殿を出て神殿へと向かう。


 アンジェラは泉に半身を沈め静かに祈っていた。


「砦が破られたのですね」

「はい、北の果てが時期に対処するでしょう」


 エストが来たことを察したアンジェラは、目をつむったまま知りようのない砦が破られたという情報をエストに告げる。


「力が弱まっています。数年後にはこの星は命を落とすでしょう」

「新たな星を見つけてまいります」


 泉から上がったアンジェラはエストから着替えと体を拭く布を受け取る。


「失礼します」


 エストはアンジェラが着替えるために泉から退出した。


 ――――現在の大祭司クレール様は81歳とご高齢である。通例なら次の大祭司は年功序列で選ばれるが、今回は星の導きで若い者から次の大祭司を選ぶことになった。クレール様のお孫様のノエス様が有力候補だが……。


 エストは宮殿に戻りながら今後の身の振り方と星の生末を案じていた。


 ――――私としてはアンジェラ様が良いと思うのだが、皆はそうは言うまい。


 エストは宮殿に戻り、仕事部屋に戻り部下に新たな星の確保の計画を尋ねる。


「新たな星はいつ頃用意できる」


「っは、現在第二区画が死石の討伐を検討中とのことであります」

「どれを狩るつもりだ」

「我々が把握しております段階では、クロイツ、リベリクス、バーミリオンのうちから一体ということであります」


「若い順か。それでもかまわん急がせろ。今の星はもうもたない」

「っは」


 部下は慌ただしく筆を走らせ始めた。


 ――――かつて、我々を死から解放してくれると期待されていた、最果ての先から帰って来た男の弟子たちは今は死石となっている。その弟子も死石となった。


 人類は後退しているとエストは考えていた。エストは巡回者たちに期待をしない。ここ100年誰も最果てより先に進んだ者がいないからだ。


 ――――最果てを攻略はしたがその先に進まなかった理由はなんだ。


 自身の部屋より、遠い最果ての先のことを思う。


 ――――我々を救う希望の光はまだ来ないのか。


  いつか星が目覚めるとエストは信じていた。


「我々が死に絶えることだけは絶対に避けなければ」










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