第44話 デート直前
「出かけるぞ」
週末、いつもならアパートでまったりするか、弥生が買い物に行こうとするとついてくるくらいの賢人が、ポケットにスマホと財布を入れて自分から出かけると立ち上がった。
「いってらっしゃい」
弥生はエプロン姿で台所の掃除をしていた。毎日料理をするせいか、換気扇の回りもかなり汚れてしまっている。こびりついて取れなくなる前に掃除してしまおうと、羽を外そうと背伸びをしていたところで、後ろから近づいてきた賢人のことはノーマークだった。
「おまえも行くんだよ」
「へ? 」
エプロンの腰紐を外され、頭からエプロンが外される。
「私も行くの? え? なんで?」
どこに行くか知らないが、是が非でも今日はお掃除がしたいという思いで振り向くと、超絶不機嫌な賢人の顔が間近にあり、弥生は行かないという単語を飲み込んだ。
「……はい、ただいま」
弥生は流しで手を洗い、いつものリュックを背負い、準備終了とばかりに賢人の横に行くと、賢人は小さなため息をついた。
化粧っけのないというか、素っぴんに眼鏡で、髪の毛は無造作に一つ結び、着古したTシャツにジーンズスカート(膝下丈)は、ただ買い物に出るだけでもJDとしてどうなんだと思う。
でも、これはこれで可愛いんだよな……と、弥生フィルターのかかった賢人には可愛く見えてしまうのだから、かなり重症である。
一応初デートのつもりで、賢人は弥生に言わずに色々と下調べをした。
国立公園付属の博物館で昆虫博が始まり、前売り券は先に買っておいた。バカ混みで入れないという訳ではなく、入り口でモダモダしたくなかっただけだ。弥生は絶対に自分の分は自分で払うと言うだろうし、初デートで弥生に払わせるなんて100%あり得ない。そう考えた賢人の事前策だ。
その後、公園を見回せるところにあるお洒落カフェで昼飯。昼飯後は公園を散策してもいいし、駅まで戻って駅ビルをブラブラしてもいいだろう。
弥生に似合いそうな洋服とか見繕うのもいいななんて、ニマニマしたりもした。
他の誰とだって面倒くさすぎて考えもしないが、弥生とならデートも悪くないと思える。
まぁ、弥生には何も話してないのだから、この気の抜けた格好で出掛けようとしているのだが、さすがに初デートだからもう少し気合いを入れてくれてもと、賢人はクローゼットにかかっていたワンピースを弥生に押し付けた。
勝手にクローゼットを漁った賢人に何も言うでもなく、とりあえず受けとる。このワンピースは、麗が選んでくれた小花柄の膝丈ワンピースで、清楚な感じの可愛らしい作りになっていた。普段使いというより、お出かけ仕様という感じだ。
買った時はいつ着るの? と思わなくもなかったが、麗に絶対似合うから買うべきだと主張されて、とりあえず買ってみた。今まで一度も着ることがなかった物だ。
「着替えて」
「はい……」
弥生はトイレにワンピースを持ち込むと、とりあえず着替えてみた。姿見がないから今一どんな感じかわからないが、このワンピースに一つ結びに素っぴんはおかしい気がして、髪をほどいてハーフアップに結びなおし、眉だけかいてピンクのリップを塗った。
化粧品がないこともないが(麗に買わされた)、慣れてない為に自分でするとオテモヤンみたいになってしまうのだ。
これが弥生に出来る最大限のお洒落だった。
「これでいいですか? 」
オズオズと出てきた弥生に、賢人は思わず拳をギュッと握り、視線をそらした。
いつもはダボッとしたTシャツなどを着ていることの多い弥生だが、実はスタイルは良い。本人はチビだからスタイルが悪いと思い込んでいるが、全体のバランスは悪くなかった。
つまり、賢人は可愛らしい弥生の装いをガン見しそうになり、目をそらしたのだ。
上半身は比較的タイトですっきりしていたから、弥生の細い腰や柔らかそうなバストが強調され、ピンク色の唇はプルンとして甘そうで……。
「行くぞ」
賢人のぶっきらぼうな声音に、弥生はビクンとしつつ慌ててサンダルを履く。
アパートの部屋に鍵をかけ、急いで賢人を追うと、賢人はアパートを出たところで待っていてくれた。
「遅い」
「ごめんなさい」
手にかけていたリュックに鍵をしまい、そのままリュックを背負おうとすると、賢人がギョッとした顔をしてそのリュックを奪った。
「その格好にリュックはあり得ないだろが」
「でも、他に持ってないし」
「俺が持つ」
賢人は胸が……とかブツブツ言いながら、弥生のリュックを肩にかけ、弥生に手を差し出してきた。
一瞬呆けてその手を見た弥生だったが、どんどん険しくなる賢人の顔に、弥生はまるで犬がお手をするように手を重ねた。
そーっと伺うように賢人を見上げると、眉の間の皺が取れて普通の表情に戻っていた。握りこまれるように手を繋がれ、ゆっくりとしたペースで賢人が歩き出す。
どうやら正解だったらしい。
賢人がどこへ行こうとしているのか、いまだに教えてもらっていない弥生だったが、久しぶりに手を繋いで歩いているということが嬉しくて、弥生はただ賢人の歩くままについて行った。
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